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愛人と婚約者と

 公爵夫人の寝室に戻ってみると、まあ驚いた。初日に入った時とそっくりそのまんま、淡いブルーグリーンのドレスが置かれていたのだ。白のバラ模様のあしらった上品なドレスである。


 鏡の前でドレスを胸にあててみると、やはりサイズが大きかった。誰か違うひとのために作られたものなのだ。


 一瞬ダイアンのものではないかと思った。だけど彼女は背の高いほうではない。


 翌日、マルゴと一瞬に裾直しをしてドレスを着てみる。

 着替えの最中さいちゅうにマクシミリアンが入ってきた。鏡の中でバチリと目が合う。


 慌ててガウンの前を手で合わせると彼の方を振り向いた。


「今はタイミングが悪かったかな」

 マクシミリアンが目を逸らして言う。


「いいえ。何か用事があるのでしょう?ここにいてください」


 マルゴが手際よく着替えを完成させてゆく。背中に彼の視線を感じた。鏡の中で顔がバラ色に染まってゆく。


「私たちの婚約のことだ」

 公爵は切り出した。

「婚礼はしばらく後に延期したい」


 きっと本当は婚約を解消したいのだ。不思議はない。私は噂の悪女なのだし、彼にはダイアンという恋人がいる。

 予想していたことなのに、胸に苦い失望が広がっていった。昨日のことは、何もなかったことにするのだろうか。やっとお互いを理解し始めたというのに。


「きっとそうすべきね。毒を盛ろうとした女と結婚するにはもっと慎重にならないと」


 公爵は笑った。少しだけ哀しそうに見える。失望をふくんだ笑いだ。


「君も慎重にならないと。伯爵には私から伝える」


「父は手強いわ」


 二人でクスクスと笑う。目が合った。くすぐったいような。


「君の父上だからな」


「夕食を一緒に食べても?」

 思い切ってたずねてみた。


「ああ。来るといい。君は婚約者だ。ダイアンも一緒にいるが……」

「二人の邪魔にならなければ……」


「いや、邪魔になんからならない。ぜひ来てくれ」

 公爵がすかさず言った。


 断れるのなら断ったのだけど。


 夕食には遅れて到着した。赤い絹のテーブルクロスに銀食器、弦楽器のみやびやかな演奏。


 すでに食事は始まっている。ダイアンは私の到着に気づかないふりをして、公爵に甘い声で話しかけていた。


 私が席に着くと、彼女はブルーグリーンのドレスに鋭い視線を走らせる。


「あら素敵なドレスね、エディス様」


「ダイアン様も」


 今日は白いフリルのあしらわれたドレスを着ていた。ウェディングドレスに見えないこともない。


 公爵はいつもより明らかに無口だった。婚約者と愛人と一緒に食卓についている、というカオスな状況に閉口しているのだろうか。



 夜がふけてから眠れずに、塔の上にのぼって雪景色を見た。マントの頭巾の下から吐く息が白い。寒かった。


 遠くで氷河がきらきらと光るのが見える。月の光をあびて青白い。


「公爵は、マックスはあなたと結婚はしても愛することはないわ」


 振り向くとダイアンが涼しい顔をして立っていた。薄いネグリジェ一枚だけの服装である。


「あなたを愛してるから?」


「そうよ」

 傲慢な口調だった。

「マックスと私はずっと前から愛し合ってるの。あなたが現れるずっと前から」


「でもあなたと結婚することはないわ」

 言葉が口をついて出る。


 言ってから後悔した。挑発にもひとしい行為だ。たとえ、公爵が「聖女」のダイアンと結婚することがないのが真実だとしても。


 ダイアンの目つきが豹変した。恐ろしい怨念おんねんのこもった目である。

「気をつけなさいよ。このふしだらな女が。余計なことに首を突っ込んで死なないことね」


 私は何も言わずにその場を去った。つまらない嫉妬で、塔の上から突き落とされてはたまらない。私はこの世界で生きていたいのだ。

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