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処刑の取り消し?

 塔の部屋に閉じ込められて待つだけ。公爵に殺されるのも時間の問題だろう。


 小さな窓から外を眺めているのも退屈だったから、食事や衣服を運んでくる下男に書物をお願いした。最初は美しい画集一冊から。海やりんごの園にたたずむ少女や、草原の中の羊の群れと羊飼いとか。雪と荒野とからすばかりのこの地方にはない風景である。


 画集を見つくしてしまったら、貴婦人のドレスや靴、家具についての本を十冊ばかりお願いした。下男は渋い顔をする。塔の上まで重たい書物を運んでくるのは大変なのだ。


 私はそれでも本の注文をやめなかった。むしろ、一日に運ぶ量をどんどん増やしていった。


「また運ばせるんですか」

 マルグリットは床から顔の高さまで積み上げられた本を当惑顔で見ている。


 私が数冊をのぞいて、まともに本を読んでいないことを知っているのだ。


「計画があるの」

 心得た顔で答える。


 下男はそのうち文句を言い出した。

「エディス、こんな運べねえよ。おらにだって他に仕事があるんだ。もう少し減らしてくれないか」


「本以外に喜びがないっていうのに?ねえ、私、あともう少しで死ぬのよ。お願いよ、今私に冷たくしたら、後悔するでしょ」


 優しい下男は、もうすぐ死ぬという女の頼みを拒否できなかった。


 というわけで、いつのまにか塔の部屋を出て、図書館に出入りするようになっていたのだ。な抜け出しては、図書館で目当ての本を探す。下男が居眠りしている間に城外へとおりてゆく。


 真夜中でも村の旅籠には人がいた。女将さんもその娘も散々おしゃべりをしては、スープなどを出してくれる。


 私が公爵に閉じ込められているのだと言うと、村人たちは同情してくれた。


「ところで知ってる?この前、氷河がとけたのよ。ダムが決壊してね、大騒ぎだったわ。もちろんもう固まって放牧地以外は元通りだけど」

 娘がこんがりきつね色に焼けたトーストを運んできて言う。こってりとしたバターと甘い苺ジャムを塗って、私に渡してくれた。


「まあ大変だったのね。でも、それなら〈黒い女〉の呪いもとけたかもしれないけど」


「どうかしら。〈黒い女〉は公爵家の守護霊でもあるのよ。単なる言い伝えだけどね。

先代の公爵夫人は結婚生活に耐えられずに、恋人と駆け落ちしてしまった。だけど、その恋人にも捨てられ、行き場をなくして帰ってきたの。公爵は奥様を寒い雪の中に閉め出した。それで、奥様は死んでしまったの。高貴な生まれの奥様には、死ぬしかなかったのよ」


 悲劇的な話だった。マクシミリアンの父親は血も涙もない人だったのだろうか。


「奥様の非業の死はまだ幼かったマクシミリアン様にも、忘れられないものになったのでしょうね。まるで呪いが子どもへと乗り移ってしまったみたいだわ」

 女将さんが横から言う。


「血塗られた歴史よ」

 娘は飲み残しの麦酒を飲みながら言った。


  

 そんなことを繰り返していたある日、図書館に戻ると鍵がかかっていた。下男がいつも置いている、窓の下のあかりも見えない。


 寝室でマクシミリアンが待っていた。マルゴと下男がうつむいて立っている。


「使用人を買収するとは」

 公爵は怒ってはいなかった。してやられた、という顔だ。


「買収じゃないわ。彼は私に同情しただけ。主人を裏切ろうなんてしてないわ」

 あわてて下男をかばった。お人好しの男が私の勝手な計画に巻き込まれて処刑されるなんて、あってはならない。

 

 公爵は私を軽々と持ち上げると、塔の一番下の部屋へと連れていった。ホコリ臭い、真っ暗な部屋である。隅の方にホウキと穴だらけの絨毯があった。


 私はドギマギしながら彼を見つめる。


「なぜあんなことをした?」

 公爵がたずねた。


「秘密を探りたかったのよ。あなたは〈黒い女〉も一族の過去も恐れている」


「そんなことはない」

 彼は強く否定する。


「そうでなければ偽物の聖女なんて恋人にしないわ。賢いあなたが〈黒い女〉の呪いのことでは愚かな判断をしているなんて」


「父と母のことで何を知っている?」

 激しく詰め寄ってくる。


 私は彼の勢いが怖かった。


「知らないわ、世間で言われていることしか」

 静かに答える。


「父はひどい夫だった。母を虐待したんだ。それなのに、逃げ出して戻ってきた母を氷河に突き落とし、殺した。お前にこの苦悩がわかるか?父は俺の目の前で母を殺したんだ。俺には母を守ってやることはできなかった。そのせいで、〈黒い女〉が俺を呪ってくる。母の涙と悲鳴が頭を離れない。わかるか?」


 マクシミリアンは泣き崩れた。


「お母様が亡くなったのはあなたのせいじゃないわ」


 暗闇の中、彼の手がドレスのすそを探るのがわかる。私はしゃがんで彼の手をとった。胸元に彼の涙がこぼれる。


「知ってるか。氷河でお前が会った男は俺だったんだ。お前が飛び降りるんじゃないかって不安になって、声をかけた。あの晩、君が母のことを口にした時、心を通じ合えると思った……。なぜ君が俺を殺そうとしたんだ?君を殺さないといけない」

 

 彼は苦しんでいた。強迫観念にとりつかれて。孤独と猜疑心の呪いにかけられて。


「私のことを、殺す必要はないのよ。あなたはお父様じゃない。私のことを赦すこともできる」


 公爵は私を突き放した。私は地べたに手をついて彼を見上げる。


「城のもとの部屋に戻れ。城の外には出るなよ」

 彼はぶっきらぼうにそう言うと、私を一人残してどこかへ行ってしまった。


 これって、処刑宣告が取り消されたことでいいのだろうか。


 呆然としながらそう考えた。

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