ぼられているって分かっていても推しのオフィシャルカフェに行きたいんだよ!
「やっと見つけたよ。わたしのプリンセス」
くっ!
ゾワゾワする。
こういうのは苦手なんだよ。
自分の容姿が優れている事を分かっている陽キャは無理なんだよ!
「……? どうかしたのかな? ああ。そうか。わたしが直々に迎えに来たから驚いているんだね。さあ、城に行こう。君は今からこの国の王太子妃だよ?」
は?
わたしの気持ちも聞かずに勝手な事ばかり言って。
世界中の令嬢が王子の事を好きだと思ったら大間違いなんだよ!
自分中心に世界が回っているとでも思っているの!?
この結婚……
絶対に認めるわけにはいかないよ!
こんなんじゃ幸せになんてなれないんだから。
「嫌です」
しっかり断ろう。
身分の差なんてもうどうだっていいよ。
「何を言っているのかな? ああ。恥ずかしいんだね。こんなに素敵なわたしが自ら迎えに来たから」
「は?」
あ、思わず口から出ちゃった。
「ははは。本当に恥ずかしがりやさんなんだね」
どこまで能天気なの?
あり得ない。
物語の王子様ってこんな感じなの?
幼い頃に読んだ時はもっと素敵に見えたのに。
いや、違うね。
わたしが幼い頃の純粋な気持ちを忘れちゃっているんだ。
そうだよ。
今のわたしの好みは、前の世界の二次元の彼氏ゲームに出てくるあの推し一択なんだから。
こんな子供向けの王子様にときめいたりなんてしないんだ。
今のわたしには刺激が足りな過ぎるんだよ。
推し以外の他の誰かを好きになるなんてあり得ない。
わたしの理想。
わたしの推し。
わたしの全て。
「ごめんなさい」
「え?」
王子がキラキラの笑顔で首を傾げている。
「わたし……あなたの事を好きにはなれません」
「……え?」
「心から……全身全霊で愛している人がいるんです!」
「……わたし以外に?」
「……はい。だから……ごめんなさい」
「そうか。わたし以外に好きな者が……では……不敬罪でこの者を捕らえよ!」
え?
どうなっているの?
さっきまでわたしの事が好きだって言っていたよね?
こうしてわたしは地下牢に囚われた。
もう意味が分からない。
まさか……
このままずっと地下牢に……?
でも……
ひんやり涼しくて仕事もしなくていいんだよね。
朝晩パンもくれるし。
これってわたしの理想じゃない?
キラキラの主役にならずに済んでずっとゴロゴロしていても義母達にいびられない。
……本当にそうなのかな?
本当にこれでいいの?
このままこの地下牢で一生を終えたら……
推しのオフィシャルカフェ……
同日開催のグッズ販売……
そこでしか買えない特別仕様のグッズ……
本当に行かなくていいの?
電車とバスを四時間乗り継いで行くはずだった推しのオフィシャルカフェに行かなくていいの!?
ダメだよ……
わたしは行くの!
お母さんと一緒に行くんだよ!
そして推しをイメージしたココアを飲んでワッフルを食べるの!
やたら高いココアを飲んでワッフルを食べるの!
ぼられているのが分かっていても食べるの!
お母さん……
待っていてね。
お母さんを独りでオフィシャルカフェには行かせないよ。
わたしも一緒に行くからね。
「やれやれ。もう少しで王太子妃になれるはずだったのに……哀れだねぇ」
いつの間にか来ていた魔法使いが鉄格子越しに話しかけてきた。
「だって……やっぱりわたしは……元の世界に帰りたいから」
「元の世界?」
「わたし……本当はこの身体の持ち主じゃないの」
「……え? うーん……なるほど。だから昨日までと全くの別人のようになっていたんだねぇ」
「信じてくれるの?」
「もちろんさ。やっている事が違い過ぎるからねぇ。本物だったら自分の顔をあんな風に殴ったりはしないだろう?」
「あなたはすごい魔法使いなんだよね? わたしを元の世界に戻せないかな?」
「うーん……と言うよりお前はどうやってその身体に入ったんだい?」
「え? それが……全然分からなくて」
「お前がその身体から出たらその身体の本当の主人は戻ってくるのかい?」
「……それも全然分からないけど」
「はあ……分からない事ばかりなんだねぇ」
「……お母さん」
「え?」
「お母さんが待っているの。わたしを待っているの」
「母親が?」
「……うん。ずっと家に居たがるわたしを心配してくれる優しいお母さんが……だから……どうしても帰りたいの。帰らないといけないの」
そして一緒にオフィシャルカフェに行くの。
「母親……はあ。仕方ないねぇ。わたしにも子がいるからそんな事を言われたら放っておけないよ」
「……え?」
「お前を元の身体に戻せるように術をかけてみる……でも今までやった事が無いから上手くいくかは分からない。それでも良いかい?」
「……! うん! ありがとう! でも、この身体はどうなるの? まさかわたしのせいでずっと地下牢に……」
「大丈夫さ。その身体はわたしがもらうからねぇ」
「え?」
「最初からこうすれば良かったんだ。わたしがその身体を使えばわたし自身が贅沢三昧できるんだからねぇ」
「それはそうだけど……本当の持ち主はどこに居るんだろう?」
「さあねぇ。でも居ないんだからわたしが使っても良いだろう? 後の事はわたしが上手くやっておくからお前は母親の元にお帰り」
「おばあさん……ありがとう。わたし……元の世界に帰れたらお母さんにいっぱい親孝行するよ」
「そうかい。帰れたらだけどねぇ。よし。じゃあ、やるよ?」
目が開けられないほどの光に包まれると意識が遠のく。
おばあさん……
ありがとう。
強欲なんて思ってごめんなさい。
こうして目が覚めるとフカフカのベットに横たわっている……?
ここは……
わたしの家じゃないよ?
外だし。
ん?
誰かがわたしにキスをした?
ちょっと……
ファーストキスなのに……
一体誰が!?
って……
喉の奥から何かが上がってきたよ?
ん?
この味は……
リンゴ?
目の前には白タイツにカボチャパンツの見知らぬ男が立っている。
それと小さい人が七人?
まさか……
今度はあの童話の主役になっているんじゃないよね!?
魔法使いのおばあさん!
帰りたいのは、ここじゃなかったあぁぁぁぁああ!
ここから先はまた別の物語……
わたし……元の世界に帰って推しのオフィシャルカフェに行けるのかな?
物語の世界から抜け出せるのかな?
方法は分からないけど……
お母さん……
絶対に帰るからね。
なんとか帰る方法を見つけるからね。
だから、一緒にオフィシャルカフェに行っていっぱいぼられようね。