何をしてもかわいく見えるなんて……物語の補正力って怖い
「ああ! もう面倒だ! 空間移動させるしかない!」
魔法使いが空間移動って言った?
すごい。
さすが童話の世界だ。
そんな事までできるんだね。
って!
そうじゃないよ!
このままじゃ未来の王妃にされちゃうよ。
なんとかしないと。
「魔法で綺麗に化粧したから王子をしっかり魅了しておいで」
くっ!
この強欲魔法使いめ!
なんとしてでもドレスとガラスの靴代を支払わせるつもりだね。
なんとかしないと……
なんとか……
ああ!
舞踏会の会場にいつの間にか空間移動してきている!?
あの魔法使いは本当にすごい力を持っているんだね。
「まあ……なんて美しい令嬢。素敵ね」
……!?
周りにいる人達が、明らかにわたしを見て言っている。
しまった。
なんとかしないと王子に見初められちゃうよ。
靴のサイズさえ合えば誰でも良いような男と結婚とか意味が分からないし。
どうしたら……
そうだ!
髪をぐちゃぐちゃにして顔をゴシゴシ擦れば……
ふふふ。
窓ガラスに映る自分の姿ににやけちゃうよ。
アイメイクで目の周りが真っ黒になって、口紅がはみ出してとんでもない顔になっている。
髪型も何かと戦った後みたいになっているし。
これで王子に見初められる事は無くなったね。
さっきまでわたしに見とれていた人達が一斉に目を逸らし始めた。
大成功だよ!
「おお……なんと美しい令嬢だ」
……!?
この声は……
まさかわたしに向けられているの!?
……うぅ。
絵本に出てくるような白タイツにカボチャパンツ……
これは、実際に見ると現代人のわたしには少しきついね。
しかもこの状態のわたしを見て美しいなんて。
美的センスがぶち壊れているよ。
周りにいる人達もドン引きしている。
この国の未来が心配になってきたけど、まさかこれが物語の補正力?
「美しい人……ぜひわたしとダンスを……」
ダンス!?
無理無理!
そんなのした事がないんだから!
ゴーン
ゴーン
ゴーン……
これは、まさか……
十二時の鐘の音?
物語の通りならこの鐘が終わったら元の姿に戻るはず。
そうだよ。
ボロボロの普段着の姿に戻れば、さすがの王子も目が覚めるはず。
「……おお! これは……なんと可憐な」
……!?
ダメだよ!
物語の主役なら絶対にかわいいに決まっているんだ。
ボロを着ていてもかわいいのが主役なんだよ。
結局王子はわたしの容姿や性格が好きなんじゃなくて、物語の通りに動いているんだね。
だとしたらわたしは未来の王妃になるしかないのかな?
元の世界に戻る方法は無いの?
て言うより、わたしはどうしてこの世界に来たんだろう?
もし元の世界に帰れたらお母さんと一緒に推しのオフィシャルカフェに行けるのに。
お母さんを独りで行かせずに済むのに。
「なんの騒ぎかしら」
……!?
義母達の話し声が聞こえる。
まずい。
この姿を見られたらもっといびられちゃうよ。
慌てて会場から逃げ出すと長い階段を駆け下りる。
これがあの物語でガラスの靴を置いて行った階段か。
ジャストサイズのガラスの靴が簡単に脱げたなんてあり得るの?
て言うよりあんなハイヒールが脱げたなら絶対足首を痛めているよね?
まさか本物はわざと片方脱いで置いて行ったんじゃ……
そうだとしても、片方はハイヒールを履いて片方は裸足なんて、どんな風に走り続けたんだろうね。
あれ?
カボチャの馬車は!?
物語だと階段の下でわたしを待っているはずなのに。
あ。
そうだった。
わたしは空間移動して来たんだった。
まさか……
歩いて帰るの?
とにかくこのまま走り続けてこのお城から出るんだよ!
「あ!」
嘘でしょ!?
靴が片方脱げちゃった。
一足しかなくて一回も洗っていないペラッペラのきったない靴を置いて行って匂いでも嗅がれたりしたら……
絶対にダメ!
脱げた靴を右手に、もう片方の靴を左手に持つと猛スピードで城門を走り抜ける。
はぁ……
はぁ……
かなり走って来たよ。
これで王子がペラッペラの靴を持ってわたしを捜しに来る事は無くなったね。
と思っていたのに……
翌日、王子が若い令嬢のいる邸宅を順番に訪ねているって義母達が騒いでいるんだけど!?
靴も無いのにどうやって捜しているの?
そうだ……
素顔を見られていたんだった。
しかも一着しかないこのボロボロの服……
一目見ればわたしだってすぐにバレちゃうよ。
隠れていよう。
王太子妃にだけはなりたくないんだ。
わたしはひっそりと暮らしたいんだから。
キラキラの集団の真ん中にいるなんて陰キャのわたしには耐えられないんだよ。
「ここにも居なかったか……」
王子が呟きながら安定のカボチャパンツ姿で白馬に乗ると次の邸宅に向かう。
はぁ……
助かった。
「なーんてね」
……!?
いつの間にか王子がわたしの背後に!?
さっき違う方に向かっていなかった?
どうなっているの?
しかも陰キャのわたしには眩し過ぎるキラキラの笑顔。
正直きつい……