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9.千々に乱れる

 生徒会室で、前世を思い出してから初めてエレナ様と話した日以来、私と殿下の間にある溝がまた少し深まった。

 と、いうより私が一方的に気まずさを感じて、殿下を避けてしまっている。

 夕食や朝食も、なるべく部屋でとらせてもらっている。学園の行きと帰りは、どうしても一緒の馬車に乗ることになるが、寝たふりをしたり、今日の授業の予習が間に合っていない、と教科書を広げていたり、極力、会話をしないようにしている。

 アレクシス殿下が話しかけてくることはあるが、程よい相槌、鉄壁の淑女の微笑みで躱している。


 ……近づきすぎだったのだ。監視目的なのだろうが、アレクシス殿下が王城に、と言ってくれて、優しく声をかけてくれて、自分でも気づかないうちに浮かれていたのかもしれない。

 ヒロインであるエレナ様と既に仲が深まっている今、私は邪魔者、むしろ危険人物くらいに思われているだろう。

 もうアレクシス殿下とエレナ様に、執着もしていなければ関心もなくした――と、思わせなければいけない。

 全ては……そう、自分の身を守るため。


 生徒会の活動日でも、必要最低限の会話以外はしないようにしている。と言っても、生徒会長である殿下が直接、雑用をこなす私に指導してくれる機会はそうそう無いので、これは自然にそうなっている。

 もう、なるべく、親しくしない方がいい。

 そう思って、早く、殿下を説得して王城からも出たいのだが、その話を持ち出すと、今度は殿下の方がはぐらかす。


 今では、ヒロインを害そうなどと思ってはいないが、それだって、自信がない。物語(ストーリー)の強制力が働いたら? 私は、ヒロインを疎ましく思う気持ちを、本当に昇華できているのか? エレナ様が、瞳の発現をしなければ、エレナ様が、いなくなりさえすれば――あの頃の気持ちは、本当に消えた?

 せっかく前世の自分が、醜い感情に支配されていたマリアンナを掬い上げたのに、これ以上殿下やエレナ様と関わって、あの頃の自分に逆戻りするのが、怖い。

 洗脳のように父に言い聞かされていたとはいえ、最終的に私は私の意思で実行に移したのだ。


 結局私は、アレクシス殿下とどうなりたかったのか。

 今となっては、それもよく分からなくなっていた。

 流されて至ってしまったこの現状が、息苦しい。

 いや、息苦しいのは、アレクシス殿下とエレナ様が楽しそうに雑談をする光景が、気にしないようにしていても、どうしても視界に入ってしまうから――?

 殿下を避ける理由は、自分の身を守るため。

 それが全て、ではないのかもしれない。

 鏡やガラスにふと映る、自分の赤い瞳。触れたら熱を帯びていそうなその瞳を見る度に思い出す、あの言葉。

 ――君の婚約者にはなれない。

 ……やっぱり結局、全部、この赤い瞳のせいだ。

 

 そんな折、先生に、身内の者が面会に来ている、と呼ばれた。

 行ってみると、そこには父の従僕であるジョンがいた。


「どうしたの、急に。……お父様かお継母様に、何かあったの?」


 実家を出てから、一度お継母様からの手紙もジョンが届けてくれたが、そのときは王城に届けてくれたはずだ。何か緊急の事態か、と身構える。


「いえ、学校まで押しかけてすみません、お嬢様。それが、お嬢様の魔石をもらってこいと仰せつかりまして……」

「魔石? 前のものがまだ無くなる時期ではないはずだけれど」


 貴族の家は、灯りや湯浴み、浄水など生活のあらゆる場面で魔法が使われている。それは、都度使うのではなく、魔力を貯めた魔石を使用している。魔力の強さをアピールしたい貴族などは、夜でも煌々と塀周りを照らしている。

 ちなみに、攻撃・防御・治癒に関しては、それを習得している者にしか魔石も扱えない。

 魔石は、買うことも可能だが、貴族ならば自分で賄えない魔力は過ぎた力、買うのは恥ずかしい、という風潮がある。そのため、大抵は自分達の魔力で賄う。我が家は、もちろん私の魔石をつかっている。


「はぁ……。それが、奥様のご友人が、自分の家で開く夜会で見栄を張って灯りを増やして、魔石の魔力がなくなって困っているらしくて。密かに奥様に助けを求めて、奥様が譲ってしまったそうなのです」


 魔石は、一気に供給できるものではなく、空の魔石を所持していると日々負担にならない程度の魔力が、少しずつ勝手に吸われていく。これには非常に時間がかかり、一年かかる者もいるそうで、大抵は家族皆で常に供給する魔石を持っている。これを一気にやろうとすると、魔力のほとんどを持っていかれる。一気に魔力を無くすと、最悪の場合は廃人同然になることもあるらしい。


「なるほどね。お母様は、頼まれたらなかなか断れない性格だものね。……まだ溜まりきってないけれど、そこそこ保つと思うわ」


 私は、ゴソゴソと制服の内ポケットから小袋を取り出し、その中から、燃え盛る炎をそのまま閉じ込めたような赤色をした石を取り出した。私の拳より一回り小さいくらいのその石は、手の平にちょうど収まる大きさだ。


「はい。これ、よろしくね」


 ジョンの手に、それを乗せる。


「三ヶ月でこの大きさ、相変わらずすごいですね。帰り道、気をつけないとな……」


 この一個で、大変な値打ちなのだ。特に、私の作る魔石は効き目が良くかつ長持ちする、らしい。

 実家の商いが急に傾いた為に奉公に出された彼は、我が家に来てまだほんの数か月ほどだが、貴重な魔石を持って帰る大役を任されるほど執事長からの信頼を既に得ているようだ。あの執事長がそんなに早く認めるなんて、よっぽど勤勉に働いているのだろう。


「ふふ、そうね。気をつけて帰ってね」


 密度の高い、似たような力の魔石が集まると、共鳴を起こし、道具を通して魔力が暴走してしまい、火事などを引き起こすこともあるので、同じ人物が供給した魔石の予備などは一所に持っておけないのだ。特に、私の作る魔石は、魔石のくせに我が強いのか、二つだけでも勝手に暴走を起こそうとしてくる。魔石は作り主に似るのか?いや、私はそう簡単に暴走をしたりしない、はずだ。


 ジョンを見送っていると、後ろから、ぽん、と肩を叩かれた。

 びっくりして振り返ると、金髪に、キラキラと傾きかけた夕日の光が反射している、アレクシス殿下だ。


「探したよ。帰ろう」

「ええ、お手間おかけして申し訳ありません、殿下」


 私は、いつもと同じ笑みを浮かべて、殿下の一歩後ろから着いていく。


「とうとう、明日だね」


 殿下が、振り返らず、立ち止まらないまま、言った。


「……ええ、いよいよ、です」


 明日は、生徒会も活動休止日を返上して準備してきた、魔法展覧会。

 馬車の待機場に向かう二人の間に、沈黙が降りる。

 いつの間にか、私と殿下の距離は、殿下が一人くらいなら寝そべれそうなほど、開いている。


「マリアンナ」


 その沈黙を破ったのは、やはりアレクシス殿下だった。


「……はい」

「明日明後日の展覧会が終わったら、話があるんだ。時間、もらってもいいかな……?」


 殿下が、立ち止まった。空いた距離を保ったまま、私も立ち止まる。


「……はい。分かりましたわ」


 断罪されるほどのことをしたとは思わないし、明日も明後日もするつもりはない。

 でも、殿下は、エレナ様のために、私とはけじめをつけるおつもりなのかもしれない。

 王城に帰ったら、荷物をまとめておこう、と考えながら、歩き始めた殿下の後ろを、とぼとぼとついていく。


 少し進んだところで、再びアレクシス殿下の歩みが止まった。


「アレクシス殿下……?」


 殿下は、くるりと振り向き、空いた距離を埋める。

 そして、私の右手を、殿下の左手で繋いだ。


「……殿下なんて付けないでよ、マリー」

「え……? 殿下……?!」

「マリーに殿下、なんて呼ばれたくないんだ、お願い」

「え……? あ……!? れくしす……様……?」


 様とかもいらないんだけどな、とぼやきながら、繋いだ手を離さないまま、また歩き始める。


「……ごめんね。でも、絶対守るから……」


 繋いだ手の感触の恥ずかしさと、アレクシス様の気持ちが分からず混乱していた私の耳には、小さく呟いた殿下の最後の言葉は届いていなかった。




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