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8.ヒロインの幼馴染

 こぼれんばかりの、アメジストのぱっちりと大きな瞳がこちらを見つめている。


「……マリアンナ・ロッテンクローです。お役に立てるか分かりませんが、今日からお手伝いさせていただきます」


 なんとか持ち直し、平静を装い、言い直してから扉を閉める。

 貴族の令嬢として、内心の動揺は極力出さないようにしつけられている。止まっていたのはわずかな間のはずだ。端からみれば、緊張から少し詰まってしまっただけだ、と思ってくれただろう。


「マリアンナさまぁ、マリアンナ様も、今日から生徒会に参加するのですかぁ?やったぁ、仲間がいて嬉しいですぅ」


 アレクシス殿下が私に視線を向け、話しかけようとしたようだったが、それに先んじて物語(ストーリー)の中のヒロイン、エレナ・リントン男爵令嬢が甘ったるい口調で無邪気に私の手をとった。前世で最後に読んだその物語に本当に則っているならば、彼女がヒロインで、私は悪役令嬢であり、相反する存在だ。


 エレナ様が発した言葉と無邪気な振る舞いに、にわかに生徒会室に緊張した空気が走る。

 学園内でも目立つ(マリアンナ)の以前の振る舞いで、同じく何かと注目を集めるエレナ・リントンを(マリアンナ)が良く思っていないことは、ほとんどの生徒は察している。物語の悪役令嬢に負けず劣らずエレナ様を嫌厭し、それを隠そうともしていなかった。生徒会の方々は、私がいつヒステリックに怒りだすのかと冷や冷やしているのだろう。


「……まぁ、エレナ様もお声かけがあったのですね。私も、エレナ様がいて心強いですわ」


 エレナ様も、私と同様にアレクシス殿下に誘われたのだろう。二人になった婚約者候補を、今のところは平等に扱っている、まだどちらにも肩入れはしていない、と周りに示す為に。それは、アレクシス殿下がまだ、私を婚約者候補の一人としてくれている、ということでもある。


「アレクさまぁ、マリアンナ様にも、優しく教えてあげてくださいねぇ?」


 エレナ様は、今度はアレクシス殿下にちょこちょこと駆け寄り、袖の一部を摘まんで言った。


 ――さっき、私()、今日から参加するのか、と問いかけていた。つまり、エレナ様も今日から参加している、ということよね? となれば、生徒会のお手伝いとしては、エレナ様は私と同じスタートラインで、内輪の中には入っていないはず。

 アレクシス殿下がもう身内であるかのようなその物言いと愛称呼びからすると、ヒロイン(エレナ)は順調に、個人的にヒーロー(アレクシス)との距離を縮めているようだ。


 ……そうなると殿下は、婚約者候補二名を平等にする為というより、私の監視と同時に、ヒロインもそばに置いておきたかっただけではないのだろうか? と勘ぐってしまう。

 あの殿下の、そんな専横を見たことは今まで一度もないが、ヒロインへの想いからなせる業なのかもしれない。

 チクリと痛んだ心に蓋をして、笑みを崩さないように意識する。


「……ああ、そうだね。皆も、二人を歓迎しているよ」


 アレクシス殿下は、いつもの柔和な笑顔で私とエレナ様に言った。


「エレナ、ちょっとは大人しくしてろよ。申し訳ありません、ロッテンクロー伯爵令嬢」


 そういってエレナ様の腕を引き、私に軽く頭を下げたのは、紫黒色の髪が落ち着いた印象を与える、体格のいい青年だ。


「いえ、エレナ様が歓迎してくださって嬉しいですわ。ええと……」

「マイク、なぁに、もう。あ、マリアンナ様、マイクはぁ、生徒会の書記ですよぉ」


 一緒の日に生徒会の仲間入りを果たした彼女が、面々を紹介してくるのだろうか?


「あ、書記のマイク・レイガーです。こいつ……エレナとは昔からの腐れ縁で、……おい、もうその辺にしとけって」


 私に名乗った後は、小声でエレナ様に向けて諌める。


「よろしくお願いいたします。あの、レイガー商会のご子息なのですよね?」


 レイガー商会は、貴族向けの服飾から平民向けの服や日用品、雑貨まで手広く扱っている、この国でもトップを争う大商会だ。確か、三男が一学年上にいると聞いた。


「あ、そうです! 自分みたいな身分の者まで把握されているんですか? まあ自分は、騎士科を専攻してるんで、商売にはあまり携わっていないんですけど、光栄です!」

「私も、レイガー商会の品にはよくお世話になっていますもの。……レイガー様は、エレナ様と昔からのお知り合いなのですか?」


 マイク・レイガー……。マリアンナとしては存在は知っていたいけれど、物語の中に登場したっけ……? ヒロインの幼馴染みたいなポジションなんて、出てきそうなのに。


「はい、幼馴染みたいなものですね。こいつが今の家に移るまでは、目と鼻の先に住んでたんで」

「そうなのですね、どうりで仲がよろしそうですね」


 『こいつが今の家』……? あれ、エレナ様は今現在、寮住まいではないの? ……あれ、だとしたら、何でアレクシス殿下は私の入寮に反対したんだ……?


「それにしても、あのロッテンクロー伯爵令嬢が、うちの商会の品にご満足いただけているなら嬉しいんですけど」

「ええ、もちろんですわ。レイガー商会の『アンの雑貨』なんて特に、品を置く台や窓まで全部可愛いから、お店に入るだけでも楽しいもの」


 寮の件は気になるけれど、今はとりあえず置いておこう。本当に、周りが畏怖して迷惑だろうから、っていう配慮をしただけかもしれないし。


「ロッテンクロー伯爵令嬢が、『アンの雑貨』に行かれるのですか? あの店は、母のお気に入りを集めている店なんです。母が聞いたら喜びますよ」


 『アンの雑貨』という店は、低価格の雑貨を中心に置いている、敷居の低い店だ。たまに高価な物も置いてあるが、それは店内の装飾の意味も成しているので、売れることはほとんどない。普通の貴族は足を向けない店だ。

 しかし、私は店内の飾り付けや陳列された品々や雰囲気が気取らず落ち着いていて、かつ私好みの可愛い物が多いのでよく通っていた。それができたのは、私が貴族令嬢ではあるが、あまり襲われる心配も襲われてどうにかなる心配もあまり必要なかったことにある。強いから。

 ちなみに、レイガー様は商会の三男で、将来は家業を手伝わず、騎士を目指すらしい。

 最近は、お父様の圧やヒロインへの嫌がらせの為の作戦を練るのに忙しくて行けていなかったが。


「マリアンナでかまいません。後輩ですもの、ここでは敬語もおやめになってください」

「そうかな? そう言ってもらえると助かるな、マリア……」

「マリアンナ! 他のメンバーも紹介するよ!!」


 マイク様と私の間に、和やかな空気が流れたが、お喋りが過ぎたのかアレクシス殿下が強引に間に割って入った。そして、次はエレナ様ではなくアレクシス殿下の紹介で、他の生徒会メンバーにも挨拶をする。


「……やっぱりマリアンナ嬢、くらいにしておくよ、お気に召さないみたいだから」


 小さな声でマイク様が苦笑しながらこっそり私にそう言ったが、いまいち、何のお気に召さなかったのかは分からない。

 その日は、私とエレナ様は資料の整理の仕方から教わった。それをしながら、どこに何があるのかを覚えていく。


「きゃっ! いたぁい!」


 資料を本棚の然るべき場所に戻していると、エレナ様の悲鳴が聞こえて振り返る。

 ぺたんと床に座り込んだエレナ様の周りには、女の子が一人で持つには少々多い量の資料が散らばっている。


「どうした?」


 生徒会室と隣接する資料室へ、直接行き来できる扉から殿下が顔を出す。


「あっちに山積みになった本を持ってきなさいってマリアンナ様がおっしゃったのでぇ、頑張ろうと思ったらぁ、マリアンナ様が……あっごめんなさい。……いたっ……」


 私が何なのだ、私が。勝手にこけただけじゃないか。しかも、持ってきなさい、でもなく、あっちの山から片付けましょうか、と言ったつもりだった。一回で持って来いとも言っていない。

 教わりながら一緒にやっていた先輩は、ちょうど違う本棚の列の向こうにいて、何があったのかは見ていないようだ。


「足をひねっているのか。医務室へ、誰かに連れて行ってもらおう」

「あ、自分が……」


 エレナ様の幼馴染だというレイガー様が名乗り出るが、エレナ様が糖度の高そうな声で遮る。


「アレクさまぁ、連れてってくださるのですかぁ? 迷惑をおかけして、ごめんなさぁい……」


 エレナ様は、アレクシス殿下に向けて両手を広げた。何を要求しているのか……。


「……。」

「アレク様ぁ、いたぁい……! 転移魔法ができたら、すぐ自分で行くんですけどぉ……」


 エレナ様の大きな瞳が、みるみる潤んでいく。

 それにしても、物語のエレナ様はここまで間延びした口調で甘えていただろうか? 活字で読むのと実際見聞きするのとギャップが大きい。正直、失敗した実写化映画みたいだ。

 エレナ様の言う転移魔法は、上級魔法の中でも上位クラスで、かなり難しい。学生でできるのはほんの一握りで、レイガー様も、おそらくはできないだろう。

 そして、アレクシス殿下は、それを既に取得している。


「……ああ、可哀想に。しっかりつかまって」


 アレクシス殿下は、優しい笑みを浮かべて、大事そうにエレナ様を抱き上げて、姿を消した。


 さっきまでエレナ様が座り込んでいた床を見ながら、まだお父様に、優しいお父様が残っていた頃に観た歌劇を思い出した。

 敵国に囚われた姫を助ける騎士。

 乙女心がくすぐられて、憧れた。アレクシス殿下と私みたいかも、なんて恥ずかしくて誰にも口に出して言えなかったけれど、屋敷に帰ってベッドの中で、夢を見て。

 ――でも、私はその姫ではない。

 私は、敵国の傲慢な王女(悪役令嬢)だもの。

 だって、アレクシス殿下がちらりとこちらに向けた視線に疑惑が浮かんでいたのは、きっと気のせいではない。

 私は、散らばった資料の一つを拾う。

 窓から、まだ夏が去ったばかりなのに、気の早い冬の冷たい風が吹きこみ、ちちち、と鳥のさえずる声が聞こえた。

 それをしまうべき場所を探して、のろのろと歩き始めたが、なかなか見つからなかった。


ありがとうございます。よろしければブックマークや評価等していただけたら嬉しいです。


誤字報告をくださった方、ありがとうございました。

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