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7.生徒会

 翌朝目覚めると、いつもと違う天井が目に入った。


「そっか、王城に来ているんだった……」


 目が覚めていくらもしないうちに侍女が来て身支度をしてくれ、朝食は客室でとり、廊下へ出る。

 支度は城でも滞りなく終わったが、問題は学園への道にまだ自信がないということだ。別の馬車を用意してもらうしかないのか。乗馬を習っておけばよかったかもしれない。あ、でも乗馬での登校は認められてないのだった。……ん? そもそも道を覚えてないと乗馬できても迷子は変わらないわ。


「あの、アレクシス殿下に、今日だけでも馬車を用意してもらえないかお願いしたいのだけれど、どちらにいらっしゃるかしら?」


 ピタリと私のそばで控えてくれている侍女に取り次ぎを頼む。何はともあれ、一人で今日はまだ行けそうにない。


「……ああ、それで頼む。……おはよう、マリアンナ。私ならここだ。マリアンナも支度ができたのなら、そろそろ行こうか?」


 そこへ、ちょうど制服姿のアレクシス殿下が、窓から降り注ぐ朝日の光を浴びながら現れた。

 誰かと話しながら来ていたように聞こえたが、既にもう相手の姿は見えない。

 殿下はきっと、学生の身分ながら公務もあって、歩く時間すら惜しいほど忙しいのだろう。

 だからこそ、危険人物(悩みの種)である私を自分の手中で監視しておく方が手間が省ける、と考えているのかもしれない。


 自分の考えに、少しだけ気分が落ちてしまう。


「おはようございます。ええ、御者席の隅でもかまわないので、今朝はご一緒してもよろしいでしょうか? まだ、一人で歩いて行けるほど道を覚えられていなくて……」

「歩いて? 道を覚えたら、まさか一人で歩いて行こうと思っているの? これからは生徒会でも一緒なのだから、一緒に行って、一緒に帰ろう。歩いたら一時間はかかるよ」

「そこまで甘えるわけにはいきませんわ。大丈夫です、一時間くらい」


 そうか、一時間くらいでいいのか。前世の日本で、山間部に住んでいたことのある友達が、小学生のとき学校に通うのにそれくらいかかっていた、と聞いたことがある。

 最初は辛いかもしれないが、続けていれば体力も持久力もきっとつく。


「……マリアンナは、豪気なところもあるのだね。付き合いが長いのに、新しいマリアンナを発見できたよ」

「そうですか?元々の性格というより、必要に迫られると、豪気にも大胆にもなるものなのです、きっと」

「でも、困ったな。マリアンナが一人で歩いて行くのは心配だ。……よし、私も明日からは歩いていく。道は私に任せてくれていいよ」

「な!!? ……にをご冗談を……! 殿下が歩いて行かれると、護衛も、お付きの方も歩いていくことになるでしょう!?」


 今年度で卒業し成人を迎える殿下の笑顔は、本気か冗談か分からない。


「ああ、皆には申し訳ないが付き合ってもらうしかないな……マリアンナが一緒に馬車に乗ってくれないのならば……」


 そこまでして私を一緒の馬車に乗せようとしているのは、私に良からぬことをさせないためか……殿下の生来の、優しさか。

 アレクシス殿下は元々自分の周りの人々や使用人に対し物腰柔らかく、幼馴染でもある私には昔から何かにつけて自分より優先してくれるような子どもだった。成長するにつれてただ甘いだけではない面も垣間見るようにはなった気はするが、私に対しては変わらない優しさで接してくれた。だから、純粋に、昔馴染みで、あくまでも客という立場にある私を知らぬふりで放っておくことできないのだ、とも思う。


 私は、『物語』に引っ張られすぎて、被害妄想のような考え方に偏って、殿下の優しい性格を捻じ曲げて見てしまっているのかな……。


 「……わかりました。お邪魔でないのならば、同乗させてください」


 なんだかのせられた気もするが、今はありがたく乗っておこう。一応、いつ放り出されてもいいように、道はなるべく覚えておこう。

 話しながら歩いていると、いつの間にか馬車の前まで着いていて、前庭にある噴水の水が朝日を反射して煌めている。


 少し落ちていた気分が上がったのは、今日がよく晴れていたから、噴水も殿下の金髪もきらきらと輝いて綺麗だったからであって、毎日少しでも殿下と二人で一緒にいられるから、ではない。

 そう誰に向けてか分からない言い訳を心の中で唱えながら、馬車に乗り込んだ。


◇◆◇


 学校に着き、馬車から降りると、周りにいた人たちがざわざわとなった。


――みて。アレクシス殿下とマリアンナ様よ。

――お美しいわ。並ばれると、より一層ね。まるで、女神様が遣わされる一対の天使のよう。


――今、マリアンナ様、王家の馬車で殿下と一緒にいらっしゃっていたわね。

――本当ね。どういうこと? もしかして、マリアンナ様も、城に?

――まぁ、城に押しかけていらっしゃるのかしら?もう婚約者も同然、と思ってらっしゃるのね。

――それは……エレナ様が、お気の毒だわ。


 久しぶりに殿下と私が並んでいることで、色めき立つ声もちらほら聞こえるようだが、それよりも、私が殿下に我がままを言ったのだろうと眉をひそめている方が大半のようだ。全部聞こえた訳ではないので、私の(被害)妄想で補完しているが。


 無理もない、絵姿は飛ぶように売れる殿下と、同じ馬車で登場だもの。

 彼女たちは、多分、もう一人の婚約者候補のエレナ様の肩を持っているわけではないのだ。ただ、殿下と並び立つ者の粗を見つけて何か言いたいだけ。分かって欲しい人にだけ分かってもらえれば、今は気にすることはない。


 しかし、分かって欲しい人だけに……とは言っても、『分かって欲しい人』の一般的な代表格――『友達』の存在がマリアンナにはいない。

 何故、十六年生きていて、『友達』ができなかったのか。

 唯一の王太子妃候補だからとまだ持たぬ権力を笠に着て、傍若無人に周りを振り回したから――なんて理由ではない。


 ただ、この真っ赤な血のような瞳が畏怖の感情を与える、という単純な理由からだ。魔力を持つ子は特に、本能に植え付けられているかのように怯える。さすがにもう子供の頃ほど、悲鳴を上げられたり露骨に逃げられたりはしないが、未だに、同年代の令嬢たちとは距離を置いたお付き合いしかできていないのだ。


 ――前世にもいたような、友達が欲しい。相談したりされたり、お昼休みにお喋りしたり、学校帰りに城下街をウィンドウショッピングしてカフェに行けるようなお友達が欲しいわ。

 幼い頃は、色持ちという点では似たような立場にいるアレクシス殿下と友達と言えたかもしれないが、今は気の置けない会話はしづらい雰囲気になってしまった。

 そう考えると、マリアンナにとって継母のカリサは友達のような存在でもあったのだな、と他人事のように思った。


 挨拶と、休み時間中、出入り口にたむろしていた生徒たちに「入ってもいいかしら?」と言ってモーゼのように道を開けさせた以外、クラスメイトの誰とも話さず迎えた放課後。

 私、マリアンナは生徒会室の扉を目の前にしていた。


 アレクシス殿下とは極力関わらず、帰りの時間まで粛々と真面目に取り組む。

 一人くらいいるであろう女の子の役員の子と、できれば、怯えさせないことが出来たなら、お友達になる。

 二つの目標を心の中で復唱し、ノックをする。


「失礼いたします。マリアンナ……」


 扉を開け、部屋の中へ体を向けてまず名乗ろうとしたところで、言葉が途切れる。


 春に咲く愛らしい花を思わせるピンク色の髪を、自身の瞳と同じ系統の色のリボンでサイドにまとめている少女が、こちらに振り返ったからだ。


 息を呑み、一般的な茶褐色ではない、その少女の瞳を見つめた。

 アレクシス殿下以外の、こんなに濃い色の瞳とはっきり目が合ったのは、このときが初めてだった。


 ――少女のリボンは薄めの紫色をしており、その双眸は、アメジストのごとく煌めき瞬いていた。



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― 新着の感想 ―
[良い点] >私は、『物語』に引っ張られすぎて、被害妄想のような考え方に偏って、殿下の優しい性格を捻じ曲げて見てしまっているのかな……。 内省ができるヒロインめちゃくちゃまともだな… 思い込みのまま…
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