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6.見返り

 本当に、私のことなど迎えに来るのだろうか。

 王太子たる自覚を持つアレクシス殿下は、不用意な発言や、実現するつもりのない約束はきっとしない。

 しかしそれでなくとも、アレクシス殿下は、学園の生徒会長を務めている。放課後も多忙なはずだ。


「だけど、ヒロイン……エレナ様は、面白くないんだろうなぁ……はぁ」


 思わずため息が漏れる。そして、あんまりヒロインヒロイン言っていると、ヒロイン様、と呼び掛けてしまいそうだ。きちんと、普段からエレナ様と呼んでおこう。

 今頃、殿下はエレナ様に、私を城に住まわせることになった経緯と思惑を、必死になって話しているかもしれない。


 大切な(エレナ)に危害を向けさせないよう、監視をする為だ――とかね。


「あ、でも、あのときは、私と殿下以外に誰もいなかったから、後で私がどうこう言っても、きっと周りは、殿下を必死に繋ぎ止めようとしている悪役令嬢の世迷言にしか聞こえないよな。……あれ、もしかして、王城に、とかはその場しのぎで、遠回しにお父様への説得を断られた……?」


 そんな無責任な発言をする人ではないと知っているのに、一回考えてしまうと、そうとしか思えなくなってきてしまう。そっと帰って、別の案を練り直した方がいいのだろうか。


「マリアンナ、お待たせ。さあ、一緒に城へ帰ろう」


 鞄を持って、そわそわしていたところで、殿下が現れ、あっという間に馬車に乗せられた。王家の馬車は、風の魔法石が仕込まれており、車輪が地面からごくわずかに浮いていて、乗り心地は抜群だ。


「殿下、生徒会はよろしかったのですか?」

「ああ、今日は招集日ではないからね。行かなくても、問題はない」


 でも、生徒会は定期の招集日以外にもよく集まっていて、殿下も公務があるとき以外はだいたい生徒会にいたような気がするのだが、本当に良かったのだろうか。

 明日からは、別々に馬車の用意がされているのかな?わざわざマリアンナ用に馬車を用意してもらうのは申し訳ない。うーん、一人で歩いて通えるかな?

 よし、一応一人でも往復できるように、道順を覚えておこう。

 曲がり角や、目印になるようなお店、公園や広場などを覚えようと、必死に窓から外を眺めていた私を、殿下が城に着くまでずっと見つめていたことには、私はこのとき気がついていなかった。


 案内された客室に入り、侍女に着替えを手伝ってもらった。私付きの侍女などいらない、着替えも湯浴みも一人で十分だ、と主張したが、聞き入れてもらえなかった。あくまで、客として、伯爵令嬢として招かれていて、招く側の沽券に関わる。それに、侍女たちの仕事を放棄させることになるので、あまり強くもいえなかった。

 しかし、このように寝室が別にあるような広々とした、埃一つない立派な部屋は、居候としては、身の置きどころがない。きっと家賃も払えやしない。


「お継母様、大丈夫かしら……」


 きっと、心配してくれているだろう。突然帰ってこなくなった私のことで、お父様に八つ当たりされていないと良いのだけれど。


「マリアンナ、入ってもいいかな?」


 カーテンの隙間から日の落ちたばかりの空を覗いて家族を思っていると、扉の方から、ノックの後にアレクシス殿下の声が聞こえた。

 どうぞ、と返すと、かっちりとした制服から上半身はシャツのみの軽装になった殿下が現れた。


「今日はまだ、部屋もきちんと整ってないから、私の部屋で一緒に夕食をとろう。父上たちも一緒にとりたがってるんだけれど、前はよく会っていたとはいえ、久しぶりだから身構えるだろう? 今日はいきなりだから、二人だけにしてもらったんだ」


 昔は、しばしば城へ泊まりに行って、家族の一員のように夕食や朝食をご一緒させてもらった。我が国の王家の皆様は家族仲が良く、なるべく一緒にとるのが習慣化していて、和気あいあいとした食事は家族の一員になれたかのような錯覚をしていたものだ。寂しいが、もう二度とあの温かな空間には戻れないだろう。


「……お気遣い、ありがとうございます。でも、私は一人でもかまわないので、殿下はどうぞいつも通り皆様と一緒に……」

「もう用意してもらっているんだ。今更、やっぱりやめたなんて使用人の手間になってしまうよ。さあ行こう」


 殿下に少し強引に手を取られ、エスコートされて客室を出る。

 エスコートをして一緒に食事をしてくれるくらいには、まだ嫌われてはいないらしい。気を遣って家族と別々にさせてしまったのは申し訳ないが、明日からの事も話さなければならないから、都合が良かったかもしれない。

 夕食は、一品一品の食材は高級だが、量や品数は、必要以上に多く出るわけではなく、十分に食べ切れる量だ。王城とはいっても、賓客を招いての晩餐会でもない限り、無駄に多い食事は出ない、と聞いたことがある。

 デザートのクリームブリュレを味わっているときに、私から切り出した。


「殿下、私、身に過ぎるご厚意にこのまま甘えるわけにはいきません。伯爵令嬢としての扱いは必要ないので、使用人の部屋をお借りして、城で働かせていただけませんか?下働きでも、何でもしますわ」

「何を言っているんだい? 私たちは、君を家族のように思っているんだ。そんなに遠慮しないで、淋しくなってしまうよ」


 悲しそうに眉尻を下げて言われても、困る。


「それは……恐れ多いですわ。私は、婚約者候補の一人、でしかないのです。……他の方に……申し訳が立ちません」


 かつん、とスプーンがお皿に当たる。殿下が、そのように音を立てるなんて、子供の頃でも珍しかったのに。


「……そうか。それは、そうだな」

「……ええ。だから……やはり……」

「いや、それならば、生徒会を手伝ってもらおう。ちょうど、人手が足りなかったんだ。マリアンナ、君の成績ならば申し分ない」

「え? しかし生徒会の皆様は、報酬などないでしょう?」


 生徒会の活動は、労働ではない。


「今は、城では人員募集はしていない。そして生徒会では、人手を欲している。しかし、王太子のいる生徒会に、見返りを求めず、かつ有能な人物を……というと、これはまた難しい。マリアンナ、君が手伝ってくれたら、私は城で働いてもらうより、ずっと助かるよ?」


 忙しい殿下の役に立てるのならば、見返りなどいらない。

 そう思うのは、父の洗脳から覚めた私だ。

 そして、前世を思い出す前の、昨日までを省みる。


 『未来の王太子妃』という立場に固執し、邪魔者の排除に必死だった姿。

 それは、身勝手に甘い汁を求めて殿下に群がるような人達と、何が違うのだろう。


「私が見返りを求めないと……信じてくれるの、ですか?」


 アレクシス殿下は、立ち上がって近寄り、私の手を取る。


「もちろん。君が僕に、もたらしてくれるものを考えたら、見返りなんてあってないようなものだよ」


 私が、殿下にもたらすもの。


 アレクシス殿下に……アレクに、もたらせるもの。私の強大で苛烈な、兵器ともなりえる魔力のことですか、それとも――と、聞き返す私の声は、音となって殿下の耳に届くことは、ついぞなかった。



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