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5.小さな君との思い出(アレクシス視点)

「おはつに、おめに、かかります。まりあんな、ろっくんてろーです」


 ロッテンクロー伯爵から紹介された、二つ年下の、緊張で震える六歳の女の子。

 初めて会った、将来の結婚相手になるであろう女の子だ。


「ま、マリアンナ、ろっくん、ではなく、ロッテンクローだよ?」


 おぼつかない淑女の礼と、普段使わない挨拶が終わってほっとしたのだろうか、肝心な自分の名前を間違えたらしい。

 小声で、ロッテンクロー伯爵に諭されている。丸聞こえだが。


「まりー、ろ、ってんろ……?」

「ああ、すみません、アレクシス殿下。いつもは、自分の名前が言えないなんてことないのですが……」


 太陽を何も通さずこの目で見ることができたならば、このように燃えるような赤なのかもしれない。

 目の前の少女の瞳に囚われて呆けてしまっている間に、可愛らしく目尻が少しツンと上がった、ぱっちりとした瞳が見る見るうちに潤んでいく。


 ……可愛い。


「う、ご、ごめんな、さ……」


 涙声も可愛い……いや、そんな場合ではない。それに気になる子を泣かせてしまうタイプの子どもでもないはずだ、自分は。

ハッと我にかえる。


「いや、ロッテンクロー伯爵、だいじょうぶだよ。ていねいな、あいさつをありがとう、マリアンナ嬢」


 八歳にして、表向きの笑顔は習得していたが、この小さな女の子が安心できるようにことさら心がけて笑みを浮かべる。


「伯爵、マリアンナ嬢に、庭園を案内してもいいかな?」


 マリアンナ嬢は、ホッとしたのか、涙は引っ込んでいて、パチパチと瞬いてこちらを見ている。


「は、それは光栄です、が、娘は、随分緊張しまっていて、その……」


 自身も緊張しているのか生来の性格か、おろおろと伯爵が心配しているのは、娘がなにか粗相をしてしまわないか、ということだろう。


「大丈夫だよ、この場ではまだ、ぼくたちは、ただの子供同士だ。一緒に行こう? マリアンナ嬢」


 手を差し伸べると、おずおずと小さな手を乗せてくれた。

 その温かい手を、ぎゅっと握る。

 その小さな手を引きながら、庭園へと出る。ちょうど薔薇が見頃を迎えており、赤とピンクを中心に、綺麗に配色されている。薔薇の生垣は、マリアンナ嬢より背が高い。すぐ迷子になってしまいそうで、手は離さずに案内する。


「マリー、この真っ赤な薔薇は、君の瞳みたいだね。いや、君の方が、きらきらしているかな?」


 さきほど、マリーと自分で名乗っていたので、普段は家族からそう呼ばれているのだろう。その愛称で呼んだ方が、緊張もほぐれるだろう。


「あの……で、でんか」

「アレクでいいよ。むずかしいことばづかいも、いらない。お家で話すみたいに、話して」

「……いいの……?アレク……」


 はにかみながら言うマリー。なんと可愛い生き物だろうか。


「もちろんだよ。だってぼく、君にずっと会いたかったんだ」


 もう一人の、色持ちの瞳。一般的な瞳である茶色の瞳の人たちには、どこか、王族故とはまた違う理由で線引きをされているような気がしていた。


「あ、でも……」


 マリーは、繋いでいた手を抜いて、両手で自分の両目を隠した。


「マリーの、め、こわい。ち……? みたい、って」


 その稚い姿に似合わない、どこか引き攣れたような声で小さく呟いた。


 攻撃的な魔法属性を表すかのように、激しい紅の瞳。それは、ぼくのそれよりもずっと、見る人に恐れを感じさせ、血の色のように映っているということなのだろうか。

 特に、マリーと同じくらいの年頃の子どもは、恐怖を隠そうとはしない。泣いてしまったりすることだってあるはずだ。しかし誰も、それは責められないことだ。


 しかし、『血のよう』と揶揄するのは、大人だろう。それをまだ幼いマリアンナの耳に入る所で言うなど、まだ分からないとでも思ったのか。僕からしたら、こんなに稚い少女の前で奇異の目を向け、心無い言葉をまき散らす大人の方が恐ろしいというのに。


「こわくないよ。さっきも言ったでしょ? この薔薇の花みたいに綺麗だよ。それに、ほら、ぼくを見てごらん?」


 マリーの目線の高さまで合わせてかがみ、頭をぽんぽん、となでる。

 自分と同じ色持ちの、自分より年下で、自分より訳も分からず周りから畏怖され、自らも怯える女の子。


 自分が守らなければならない。

 この女の子を守る為に、自分はこの力を持って生まれてきたに違いない。


 人とは違う自分の瞳を覆い隠してしまう小さな女の子を見て、そう強く思った。

 そっと、マリーが手に隙間を開けて、指の間からこちらを伺った。


「ほら、色は違うけど、ぼくも一緒だよ」


 しっかりと、マリーと目を合わせていった。


「ほんとだ……。おそろい……?」

「あはは。そうだね。僕とマリーはおそろいだよ」

「アレクと、マリー、おそろい!」


 マリーは、今度は手を叩いて、弾ける笑顔で飛び跳ねた。

 

 恐れと緊張が完全に解けたマリーは、そこからは打って変わって、はしゃぎだした。

 庭園を鞠が転がるように走り回り、こけるのではないかとすごく冷や冷やした。あんなに小さな足なのに全力で走って、よく、もつれないものだ。

 危ないから走ってはいけないよ、と言いそうになったが、おそらく同年代の子供たちとはあまり遊んだことはないマリーがとても楽しそうだったので、その一言は飲み込んだ。

 ……ぼくもそれは一緒で、一緒になってはしゃいでしまったのもあるが。


 何より、無邪気にはしゃぐマリーはとても、可愛い。

 たくさん走り回ったので、庭園の池に臨む東屋で休憩をすることにした。

 侍女たちが、オレンジの果汁入りの水を用意してくれる。

 そこで、ぼくは小さな小さなラピスラズリに似た石を取り出し、手の平の上に置いてマリーに差し出した。


「マリー、これ、まだすごく小さいのだけれど、もらってくれるかな?」


 マリーは、目を丸くしてきょとんとしている。


「これ、なあに? アレク」

「ぼくがつくった魔石だよ。大切な人と交換するものだって母上が言ってた」

「こうかん?大切な人?マリーもアレクとこうかんしたい! マリーは、何をあげるの?」

「マリーも、これをつくってぼくにあげるんだ」

「じゃあ、マリー、これ、もらえない……。つくれないもん」


 マリーは、小さな口を尖らせて、魔石を返そうとするから、ぼくはその手を魔石ごと両手で包み込んで言った。


「ああ。だから、もっと大きくなって、お互い大きい魔石をつくれるようになったら、交換しよう。その約束の印として、マリーがこれを持っていて」

「マリーも、つくれるようになる?」

「ああ、絶対なる。そうしたら、交換しようね。約束だ」

「やくそく……」


 呟きながら、小さな手のひらにちょこんと乗る、さらに小さい粒のような魔石をぱちぱちと瞬かせて見るマリー。

「そう。とわに、愛を……えっと、……ずっと、ずっとマリーを大好きだよっていう印の約束」

「うん! マリーも、アレクが大すきよ! やくそく! マリーと、アレクの、やくそく!」


 マリーは、ぼくと交換することが嬉しいのか、『約束をすること』が楽しいのか、ぴょんぴょんと跳ねまわった。


 ――男の子のお友達ならば良いけれど、女の子には、簡単にあげてはだめよ。生涯を通して大切な人と交換するの。


 そう母上は言っていた。一生のなかで、ぼくの、いちばん大切なひと。たぶん……いや、ぜったい、それは、君なんだ。



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