49.それぞれの距離感
あの騒動の後、ドールベン侯爵の企みにかかわっていた人たちが芋づる式に捕縛され、王家の血脈も伝わる大貴族の悪逆に、世間は騒然となった。
そして、侯爵は国家転覆を目論んだ謀反人として極刑が決まり、キイナという女性は、一生出られない牢獄での強制労働が決まったらしい。
長い間苦しめられていた諸悪の根源だからと言って、単純にそうなって良かった、とは到底思えず、後味の悪い顛末だった。
「えっあれっ殿下もいる……っ……らっしゃるのですね」
「やっと落ち着いてきたからね。久しぶりに愛する婚約者とお茶でも……って思ったんだけれど?」
「そんな、邪魔な奴らいてる~みたいな顔しないでくださいよ」
「それは失礼、思わず相手の表情に合わせてしまって」
「またまたあ」
「おいエレナ、あんまり失礼な口をきくなよ……」
騒動から二週間ほど経ち、事後処理や裏付けの調査など、後始末に追われていたアレクシスもやっと落ち着いてきたらしい。
今は城のサンルームで、エレナとマイクとお茶をしていたところに、アレクシスが時間が取れたから、とやって来てエレナと舌戦を繰り広げ、エレナがマイクに窘められて終息したところである。
「エレナはやっぱり、仲いいのね……アレクと」
さすが物語のヒーローとヒロインである。今更二人の仲を邪推はしないけれど、なんというか兄と妹のような、姉と弟のような親しさがある気がする。会話が、ラリーの早い球技みたいで面白い。
「「どこが!」」
息もぴったりである。
「どこがって、エレナおまえそれはさすがに」
「すみません、なんか勢いで」
アレクシスは、エレナとマイクのやり取りを無視して、私の隣に隙間を空けずに座った。
「ねえマリー、どこに行っていたの? やっと時間が取れたからマリーとお茶でも、と思ったらいなくて、まだ余裕のある仕事の分まで進めちゃったよ」
「ごめんなさい! 卒業パーティのドレスを見に行っていたの、エレナとマイクと」
それも終わり、お茶でもして帰ってという流れになり今に至る。
そう、アレクシスも卒業間近なのである。
「え……! 準備しちゃったの…!?」
驚愕を顔に浮かべ、こちらに向けて目を見開くアレクシス。
「エレナの分だけね。エレナが自分とマイクだけじゃ不安だから、一緒に見繕って欲しいって言われたの」
そう言うと、アレクシスはホッとしたように息を吐いた。
「なんだ、良かった。楽しみを奪われたかと思ったよ。もちろん贈らせてもらうから、楽しみにしていて」
「いいの? 色味やデザインはアレクと相談してから、とは思っていたけど」
「もちろん! 言っただろう? 僕の楽しみでもあるからね。君を着飾らせるのは」
「わあ、話しながらすごく自然に肩組んだ」
エレナの呟きで、私の肩にアレクシスの手が回されていることに初めて気づいた。
「エレナ嬢もマイクにしてもらったら」
「なっで、殿下っ!」
「よ……余計なお世話でございますわぁ……!」
真っ赤になったマイクとエレナ。いつまで経っても初心な二人。
「あれ……? ……エレナ嬢は、マイクに相談しながらドレス選んでいるんだろう……?」
アレクシスがきょとんとして、私の耳元で小さな声で尋ねてきた。
「そうなの。エレナは気が付いたらマイクに意見を求めていて、マイクもマイクで自分の好みとかカフスボタンの色とか合わせようとしているのに、『付き合ってない!』って言い張ってるの。まあ時間の問題ね」
「……そうか」
「……なに、ボソボソ話しているの」
顔を赤くさせているエレナは、ジト目でも可愛い。
「ああ、なんでもないよ。……そうだ、エレナ嬢、言い忘れていたよ。マリアンナの父君の咄嗟の治癒、ありがとう。見事だった。……僕からもお礼を言うよ」
あのとき、お父様の背中には短剣が深々と刺さっていた。エレナがいなかったら、血を流しすぎて危なかったと聞いている。
「お礼なら、マリアンナからたくさん言われました。後遺症もなくて良かったです、本当に……」
治癒は一歩間違えば、悪化したり後遺症が残ったり、魔力量だけではどうにもならない、繊細で高度な技術が必要な分野である。エレナはあの学内夜会以降、王立の治療院で研鑚を積んでいた。その努力の成果だ。
「せっかくマリアンナ嬢が逃がしてくれたのに、俺が騎士団と一緒に戻るのに自分もついて行くって聞かなかったのは困ったけどな」
「そのお陰で助かったんだからいいでしょ」
「結果論だろ……まあ、俺のいないところでは絶対無茶するなよ」
「はあい」
この二人が恋人同士じゃないなんて、誰が信じるのだろう……と思うけれど、これ以上言及するのは野暮だ。
エレナが救ってくれたお父様は、現在王立の治療院に入院している。怪我の方はエレナの治癒のお陰もありほとんど快癒しているが、お父様は、お継母様の洗脳下にあったので、長期的な治療が必要だ。
今は私もまだ距離を置いているが、徐々に会う頻度も増やしていきたいと思っている。
もう、たった二人の親子なのだから。
……たった二人の。
当然の結果といえばそうなのかもしれないが、お父様とお継母様は結局、離縁の道を選んだ。
ありがとうございます。
残り2話の予定です。最後までお付き合いいただけますと幸いです。




