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48.炎の鎮めかた

「あ、れく……こな……いで……」


 アレクの声がしたような気がした。

 だめ、きちゃだめ、アレクだけは、傷つけたくない……!


 しかしその心とは裏腹に、私はアレクシスの香りに包まれた。

 前後も分からないような意識の中で、残ったその感覚だけでアレクシスに抱きしめられていると悟り、手放しかけた理性を必死に手繰り寄せ鎮めようとするが、それが上手くいっているのかも分からない。


「マリアンナ、もう大丈夫だから、僕がいるから、もういいよ」

「だ、だめ、アレクも燃えちゃ……」

「大丈夫だよ、マリアンナに負けないくらい、僕には、守る力があるから……っく……」

「わ、私がいるから……お母様が……! お父様も……アレクも傷つけてしまう……」

「それは……っ違う……よ、マリアンナは、ずっと、守っていた……っ」

「違わない……! 私には、守る力なんてない……っ傷つける、っしか……」

「マリー、そんなに……っ……うっ……くそ……!」


 アレクシスの、一層苦しそうな声が聞こえたとき、さっきアレクシスが現れたとき一瞬現れた青い輝きが、今度は私とアレクシスの二人を包んだ。


 ひんやりとした感触に包まれ、炎が少しずつ和らいでいく。

 その次の瞬間、私はアレクシスにより一層強く抱きしめられ、唇をふさがれた。

 

「ん……!?」


 覚えている限り、実は前世も含めまだ一回しか経験のない、しかも前より深いキス。


 な、ななななになに何!!?

 ま、待って、ここには、お父様もお継母様も、おまけのギャラリーもたくさんいるのにぃ……!


 しかし、アレクシスは止まってくれず、私も力が入らない。そのうち、私はくたりと腰が抜けてしまい、アレクシスに完全に支えられる形となった。


「止まったね」


 一瞬、何のことかと思ったが、そういえば、熱くない……と自身を見ると、いつの間にか炎が消えている。


「な……っアレク……!」

「小さい頃、初めて会ったときに渡した魔石を持っていてくれて助かったよ。あれがないと正直、危なかった」


 そう言うアレクシスは、よく見ると服は焦げ破れ、所々肌が見え痛々しい火傷をしていて、顔も煤けている。


「アレク、私の炎で……!」


 私の炎が、大事な人を傷つけてしまった。


「今は、それより伯爵の応急手当と、侯爵を捕らえることが先だ」

「は……っ! おい、どうにかしろ! 何のためにお前らの一族を雇い続けてやったと思っているんだ! お前たちもだ!」


 呆けたように成り行きを見ていたドールベン侯爵が、アレクシスの言葉に我に返ったように喚いた。


「無駄だ、もうすぐ騎士たちも来る。大人しくつかまれ」


 侯爵の命令に、動きかけた私兵もいたが、アレクシスの一言で、王太子に剣を向けることの意味を考える冷静さを取り戻したのか、誰も動かない。


「お姉様、マリアンナ様に殿下を殺すよう言って」

「な、そんな恐ろしいこと……!」

「できないの? じゃ見捨てる? 自分が生んだ子供の方を」


 キイナという女性と、お継母様がボソボソと喋っている。そして、お継母様が私に近づいてきた。


「マ、マリアンナ……と、隣にいる、男は、あなたを傷つける人なの……だ、だから、だから……」

「それ以上喋ると、庇えなくなるぞ」


 途中で詰まったお継母様に、アレクシスが静かに忠告した。


「お姉様!」


 キイナの大喝に、お継母様は肩を震わせた。


「だ……だから……殿下を……」

「お継母様、もう止めて。もう私の目も見られてないじゃない」


 お継母様は、ハッとしたように、彷徨っていた目線を私に合わせた。


「私が、アレクシスを傷つけることはないわ。アレクを傷つけると言うならば……王太子の婚約者として……力を、行使します。……たとえ、お継母様でも」

「マリアンナ、マリアンナがすることはない。僕が」

「アレクは満身創痍でしょう。そんなボロボロで何言っているの。それに私には……アレクを、守る義務があるわ」

「それで言うと、僕はマリアンナを守る天命がある」

「アレクシス! ……私はあなたの背中に隠れる妹じゃなくて、隣に並ぶ妃になりたいの。お願い、私にも守らせて。隣で、アレクも私を守っていて」

「……分かった。今は、マリアンナに任せるよ」


 アレクシスは、それでも私の後ろにぴったりとくっついて、口を閉じた。


「……何しているのお姉様、早くして。じゃないと私たちも危ないのよ、役立たず!」


 そう言って、キイナは攻撃魔法の呪文を唱え始めた。

 アレクシスが防御魔法を展開していないことから、アレクシスはおそらく魔力がほぼ切れた状態なのだろう。私の魔力も既にかなり削られ、それに加えて精神的なショックと苦痛、それを利用したお継母様による洗脳。その状態から立ち直りきる前に、私たちの力を手に入れたいのだろう。とうとうキイナ自身が仕掛けてきた。その様子から、キイナも並みより多い魔力を有し高度な技術も持っていると窺える。

 でも……!


「ちょっと黙ってて」


 私は、それを遮断するように、彼女の周りに火の壁を作る。


「指一つ、唇一寸でも動かしたら火傷します。無理に突破しようとしたら……命の保証はできません」


 かなり削られていても、それは私の全快の状態からするとであって、今の魔力でも彼女の魔力に劣るとは思わない。お継母様はずっとキイナという人に脅されているようなので、彼女には騎士がくるまで静かにしていてもらう。


 私は、完全に立ち直れてはいなかったけれど、精いっぱいの虚勢を張って研鑚を積んだ緻密なコントロールを維持する。彼女が動かない限り、決して傷つけないように。


「……お継母様」

「マリアンナ……ご、ごめんな、さ……っ」


 お継母様は、最後まで言い切れずに、嗚咽を漏らして泣き崩れた。


「ありがとうございました、お継母様」

「え……?」


 私がお礼を言うと、ひっくひっく、としゃくりあげながら、驚いたように顔をあげた。


「私も、いつまでも母親の腕の中で泣いている子どもではいられないから……親離れ、します。でも、お継母様がどういう意図で嫁いでこられていたとしても……私は、お継母様に今まで支えられました。それは、変わりない事実ですから」

「マリアンナ……ごめんなさい……!」


 顔を地面に伏せて謝るお継母様の身を起こそうと、私は足を踏み出す。


「ふざけるな……ふざけるなふざけるなあああ!!」


 咆哮のような声に、そうだった! いたんだった! と侯爵の方を見ると、侯爵が私兵の剣を奪い、こちらへ突進してきた。


 ――かきん!


 咄嗟の事に魔法も展開できずにいると、誰かが私を庇うように覆いかぶさった。

 

「お継母様……!?」


 その影は、さっきまで伏して謝っていたお継母様だった。私を庇って怪我をしていないか、と身体をずらしてお継母様の背後を見ると、侯爵の剣が届く前にアレクシスが佩いていた剣でいなし、あっという間に昏倒させたようで、侯爵は倒れていた。


「アレクシス殿下!」

「マリアンナ!!」


 とそのとき、大量の足音と、マイクとエレナの声が聞こえてきた。


「エレナ? エレナも戻ってきたの!? せっかく逃がしたのに……ってそんな場合じゃないわ! エレナ、お父様を助けて……!」


 お父様は、未だ短剣が刺さったまま、血を流して倒れている。


「……! は、はい……! 殿下、よろしいですね?」

「ああ、すぐ頼む」


 エレナはすぐにお父様の元に座り込み、傷口に手をあてる。


「マイク、手伝って。私が言ったらゆっくり短剣を抜いて」


 エレナが治療にあたっている間に、マイクと一緒に来た騎士団の人たちが、次々と侯爵や、私兵たちを捕らえていく。


「……その人は、念のため、魔法制御をつけてください」


 そう騎士の人に伝えてキイナという人の火の壁をとくと、騎士の人はぎょっとしながらも、言う通りに捕らえてくれた。

 そして、お継母様も。


「図々しいお願いとは承知の上で申し上げます。ドールベン侯爵にどこかで、夫……元、夫と息子が人質に取られているのです。どうか、どうか二人を助けてください! 私は、どんな罪も償います……!」


 お継母様は、連行される前に、必死でアレクシスに懇願した。

 お継母様のその願いで動機を知ったと共に、お継母様の心にいるのはお父様ではなく、今も変わらずその人なのだろう、と察せられた。お父様の心では、未だにお母様の存在が大きいのと同じように。


「……必ず見つけよう。彼らも被害者だ」

「ありがとう……ありがとうございます……! 必ずお願いいたします……!」


 こうして、長い放課後も終わり、私たちはやっと、帰路に就いたのだった。

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