47.約束のあかし(アレクシス視点)
「何……?」
僕は自分のいない王都にマリアンナやエレナ嬢と、ドールベン侯爵を共に残しておくことが不安だったので、侯爵本人にぜひ案内してもらいたい、と言い添えていた。
王太子直々の依頼を何の連絡もなく、息子にその役割を交代しているのは通常では考えられない不敬である。
「……王族に咎められるのは、もう痛くも痒くもない、と……」
「……殿下、これは……」
「……マリアンナ……」
嫌な予感がする。
「戻るぞ。転移魔法を使う」
「しかし、このあたりに完成された固定転移地はありません」
「自分の転移魔法がある」
「しかし、ここから王都までとなるとかなりの魔力を消費します!」
「ああ、だからお前は一人でゆっくり帰ってこい」
「いくら殿下でも無茶ですよ! マリアンナ様ならばお強いですから、侯爵ごときに簡単には捕まりませんよ、慎重にいきましょう」
「いや……なんだか嫌な予感がする」
それに、確かにマリアンナは強いけれど。
「マリーは人を傷つけると、きっとその人以上にマリー自身の心が傷つく。マリーに力を振るわせたくない」
皮肉なものだ。自分の力と、マリアンナの力が逆だったらいいのに、と幾度となく神を恨んだものだ。何故、優しい彼女に人を傷つける能力を与えたのだ。人を守る能力など、自分なんかより彼女の方がよっぽど合っているのに。
確かに冷静に考えれば、馬に魔法をかけて加速させ途中から転移魔法を使う方が良策なのだろう。おそらく僕の魔力を以てしても、王都までの転移は魔力もギリギリ足りるだろう、というところだ。
だが、先ほどから、胸騒ぎが止まらない。
マリアンナに、何か……。
マリアンナに渡した自分の魔石の気配を探る。
転移魔法は、どこへでも行けるわけではない。
あらかじめ、自分の魔法を刻み込んでおいた場所か、自分の魔石のところへならば転移できるのだ。
目を瞑って集中し、膨大な魔力を練り、マリアンナに渡した魔石への転移を試みる。
「殿下、無茶な」
痛いほどの眩い青の光に包まれ、ユアンの声が途切れる。一瞬の浮遊感と、一気に大量の魔力が抜けたことによる虚脱感と眩暈に耐えて踏ん張り、目を開ける。
「アレクシス殿下……!?」
しかし転移した先にいたのは、マリアンナ——ではなく、やたらボロボロなマイクとエレナ嬢だった。
辺りを見回すと、どこかの屋敷のようだがマリアンナの姿は見当たらない。
「ここは……!? マリアンナはどうした!」
魔力の大量消費は体にも負担がかかる。その負荷と焦りに、口調がきつくなる。
マリアンナが、何もなくあの首飾りを手放すはずがない。やはり、マリアンナの身に何かが起こっている。
「マリアンナ……っ! マリアンナが一人で残っているんです! 助けに行ってください!」
「……どういうことだ、どこにいる」
「エレナがマリアンナ嬢といるときに、マリアンナ嬢のご両親が学園に訪ねてきて、その隙にエレナを攫われてしまいました。マリアンナ嬢が、前に住んでいた屋敷に囚われているのでは、と言うので奪還に行きましたが、マリアンナ嬢はエレナと俺を逃がして、一人残られました。……殿下の守りの魔石をエレナに渡して。申し訳ございません。……とりあえず、一番近い信頼できる所が実家だったので、ここにエレナを預けて戻るところです」
「前に住んでいた屋敷……馬は出せるか」
「はい!」
――アレクシス……!
そのとき、マリアンナの悲痛な声が聞こえた気がした。
「……っ! 殿下! あれ!」
エレナ嬢の叫ぶような声で窓の方に目を向けると、遠くから火柱が上っているのが見えた。
「あれは……マリアンナの炎……!」
あんなに火柱が立っているのに周りにも広がらず、煙も出ていない。火魔法の特徴だ。
――あんな火柱、今まで見たことがない。あれ以上激しさを増すと、マリアンナもどうなるか分からない……!
馬なんかでは、間に合わない。しかし、ロッテンクロー伯爵の前の屋敷には魔力を刻み込んではいないし、魔石はエレナ嬢に……。となるとやはり馬で急ぐしか……。
いや……待て。
よく探ると、微かにあの火柱の中に、僕の小さな魔石の気配が感じられる。
――これは……幼い頃に、初めて会ったマリアンナに渡した……約束の魔石。
マッチの火のような、すぐに消えてしまいそうな気配を頼りに、転移魔法を練りあげる。
あと一回転移魔法を使えば、魔力が尽きるかもしれない。そうしたら、マリアンナを守る魔力が無くなる。
それでも。
傷つきながらも、戦う君を守りたいんだ。
「――マリアンナ!!」
僕はもう一度、光と浮遊感に包まれた。




