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45.止められない

「目を……くり抜く……!? 何を言っているの……? 正気の沙汰じゃない……」


 確かに私たちの瞳は、強い魔力の証だ。しかし、こんな小さな目玉に膨大な魔力が蓄えられているとは、到底思えない。

 と冷静に考える私も私だが、そんな与太話をまともに信じているのだろうか……?


「私はいたって正気だよ? ああ、その一族の末裔がこの女だ」


 侯爵の後ろに立つ黒いローブの人は、どうやら女性だったらしい。あの人が禁忌魔法を研究していた一族の末裔……?


「……私が、そんな真似をさせると思うの……? その子はともかく、私は無理なんじゃない?」


 私の力を知っている上でソファから腰も浮かさず滔々と語る侯爵は薄気味悪いが、余裕があるように見えるよう嫣然と微笑む。

 その子、と言ったタイミングに合わせ、エレナたちがいる方を窺った。

 お継母様は、震えている。ドールベン侯爵の手下と言っていたが、人に危害を加えることに関しては慣れていないと見受けられる。


「ははは! そうか! 友は見捨てる選択をしたか! さすが最凶の令嬢と謳われるだけある! 愉快だなあ……」


 それでいい。悪役令嬢は自分だけ助かろうとしている、エレナなんて目もくれない、と思わせ油断を誘う。


 私は、繊細な魔法は苦手だ。

 だけど前世を思い出して紆余曲折を経て、アレクシスの隣に立つ、と決めてからはコツコツと様々な魔法の精度をあげてきた。


 その中の一つにある、人を傷つけない炎。


 しかし、これをどうやってエレナに伝えるか……。

 私とエレナにしか通じない、と言えば一つしかない。でも、私もエレナもこの世界で生まれ育ったから、今まで触れてこなかった。

 今でも、操れるだろうか。


「そろそろお喋りはおしまいだ。おい、魔力制御装置をつけて捕らえろ!」


 ドールベン侯爵が、後ろの黒いローブの女性に命令を下した。


 ――今は、悩んでいる時間はないわ。


『縄、窓、もやす! 庭、走って!』


 久しぶりに発したそれは、助詞も上手に発音ができない、たどたどしい日本語だった。

 舌が今の言語に慣れている為に怪しい発音の日本語だったが、エレナをちらりと見ると、確かに理性を保った目で僅かに頷いた。なんとか伝わったらしい。

 拘束さえ無くなれば、この様子のエレナならきっと、震えているお継母様くらいは振りほどけるだろう。お継母様は、震える手でうっかり短剣がエレナに当たらないようにしているのか、首から十分な隙間があるように見える。


 後は、繊細なコントロールを必要とする魔法。

 多少無防備になってもいい、と一旦目を閉じて集中力を高める。エレナを縛る縄と、庭に面する窓だけを燃やすイメージをする。窓は、欠片も残さないよう気を付けなければならない。縄は、エレナを傷つけないよう細心の注意を。


 目を開き、まずエレナの縄だけを瞬き一つで燃やし、次に窓を跡形もなく燃やし尽くす。魔力によって作られた炎は、物質にだけ影響を及ぼして、あっという間に人ひとり通れるスペースができた。

 エレナは、自分の足の縄が消滅するや否や、まだ燃え尽きない間に走り出した。通る直前に窓も消えたが、私がどれくらいで燃やせるか分からないのに、無謀である。信頼は嬉しいけれど。


「エレナ!」


 すかさず、マイクが茂みから飛び出し、エレナを受け止めた。


「なに!? おい、捕らえろ! 二人ともだ!」


 部屋にいた私兵が動きだし、黒いローブの人が呪文を唱えだした。おそらくお抱えの魔法師なのだろう。


「させない!」


 私は、エレナとマイクの前に壁を作るように、詠唱破棄で炎を繰り出す。

 私は、胸の首飾りを外しながら、炎に向かって走り出した。

 自分にも魔法をかけなければ、私の炎は私さえも焦がす。気を付けながらその壁を越えて、アレクシスにもらった首飾りをエレナの制服のポケットにねじ込んだ。


「逃げて! 早く!」

「何を……でもマリアンナは……っ」


 炎の壁の向こうから、悲痛なエレナの叫びが聞こえる。


「この家、私んちなの! 里帰りしただけだから心配いらない!」


 エレナは、どう言ってもきっと私を心配するだろうから、あえて冗談っぽく突き放す。

「マイク、連れて行って!」

「くっ……後で、戻ってくる!」


 魔石の気配が、遠のいていく。見張りはいるだろうが、私の魔石も使えばマイクならば切り抜けられるはずだ。それに、エレナはアレクシスの守りの魔石が守ってくれるはず。この国一番の、守りの使い手なのだ。


「なんだ……逃がすな! おい! カリサ! やめさせんか! 何のためにいるのだお前は!」


 初めて侯爵がソファから腰をあげて、お継母様に対して怒鳴り散らす。しかしお継母様は、震えて一歩も動けていない。


「何をやっているの」


 とそのとき、一言も発していなかった黒いローブの女性が、お継母様に向かって温度のない声で言った。

 お継母様はその声に、肩を揺らして反応しその女性の方を向いた。


「……キイナ……」


 お継母様がその女性を見て、そう呟いた。

 ……お継母様は、元々あちらの陣営だったのか。


「さすが、狂炎の魔力ね。母親を殺されるだけあるわ」

「お母様は……事故よ。変なことを言わないで」


 キイナと呼ばれた女性が独り言のように呟いたことに、私は弱々しく反論した。


「お姉様、話してしまいなさいって言ったのにこの娘知らないじゃない。……マリアンナさん、あなたの母親は事故死という処理をされているけれど、真実は違う。禍々しい赤の瞳を……あなたを生んだから、襲われて死んだの。強すぎる赤の瞳は女神を汚すと信じている人たちにね」

「そんな……嘘……」


 私のせいで……? お母様が…?

 嘘だ、嘘だ……!


「ほら、お姉様、出番よ。お義兄様とレオがどうなってもいいの? 早くやめさせなさい、役立たずね、相変わらず」


 その言葉に、お継母様はハッとした顔をして、私の方へ歩いてきた。


「お継母様……?」

「……マリアンナ、やめてちょうだい、火をとめて」

「お継母様、ねえ、お継母様……」

「マリアンナ、お願いよ、ねえ。大丈夫よ、お継母様がいるから、あなたは無理しないでいいの。ずっと言っていたでしょう? お継母様がいるわ。無理しないでいいの、あなたは何も悪くないの、だから、マリアンナ」


 お継母様の優しい声が、脳に甘く響いていく。

 その声は、お父様の恐ろしい怒鳴り声のあと私を救ってくれた、優しく甘い声。いつも、私を救い上げてくれた声。

 何も考えなくていい。この声に、従っていればいい。

 そう、脳が魔力に語りかけてきて、炎はだんだん、弱まっていく。


「そうよ、いい子ね、マリアンナ。それでいいのよ」


 そうして、マリアンナの炎は完全に消えた。


「なんだ、最低限の洗脳はできていたの。主、命令を」


 黒いローブ—お継母様からキイナ、と呼ばれた女性は、淡々とした声で侯爵に命令を促す。


「……ああ、仕方ない。赤の瞳だけでも手に入れろ。そうすれば、あのアレクシスすら凌ぐこともできるに違いない! あとは、ゆっくりあの小僧のものも抉り出そう」


 侯爵が、何かを言っている。動かなければ、炎を出さなければ。アレクシス、アレクシスと言ったわ、私がここで、食い止めなければいけないのに。


「殺して、お姉様」

「キイナ……そんな……」

「早く。レオを殺されたい?」


 お継母様が、私に近づいてくる。

 逃げなければ。

 何故?

 いつだって、私の心を守ってくれた、悲しみに寄り添ってくれたお継母様よ? ゆだねていいの。

 お継母様は、敵の――

 そんなわけないじゃない。お継母様は、私の味方なはずでしょう?


 思考が、まとまらない。

 何かがおかしいと分かるのに。


 涙で滲む私の視界で、お継母様が近づいてくる。

 その手には、短剣が握られている。

 私には、何もない。

 その短剣が、大きく振りかぶられて――


「なんで、お継母様――」


 と、そのとき、目の前が真っ暗になった。

 何かが、誰かが、私に覆い被さっている。


「おお……マリアンナ、……泣いているのかい……?」


 この香りは、知っている。幼い頃何度も何度も、包まれ、抱きしめられ、守ってくれた香り。


「お……父様……?」


 お父様が、どう、と音を立てて倒れこんだ。

 その背中には、短剣が刺さっている。


「お、お父様、お父様……!」

「どうした、お父様、だよ……泣かないで、おくれ……マリー……」


 困ったように、慰めてくれるお父様。

 自分の方が泣き出しそうな顔をしているから、私はだんだんおかしくなって、悲しかった気持ちが消えていった、あの頃の、お父様。


 そのお父様から、たくさんの血が流れ出ている。


「いや、いや……! お父様……!」


 何で、何で、お父様が……!

 混乱と、怒りと、自分でも分からない激情がこみあげてきて、身体が熱くなっていく。

 どんどん、熱は上がり、止められない。


「なに……!? あ、と、とめろ! とめろ!」

「あ、あ、旦那様、マリアンナ、マリアンナ……!」


 全ての雑音が憎らしくなって、止められなくて、


「……あの魔力……このままじゃ、赤の娘ごと燃えてしまうわね。もったいない……」

「なに!? 許されんぞ! ここまできて! 早くあいつを殺して、目を……!」

「せめてあの王太子の、守りの魔石を持っていたらよかったんですけど、あの紫の娘に渡してしまったようですわ、残念」


 私がいるから、こんなことが起きるんだ。

 私がいなければ、お母様は。

 私さえ、消えてしまえば。

 この炎に、包まれてしまえば。

 アレク、アレクシス……! ごめんなさい……


 私が、その炎に身をゆだねようとしたとき。

 

 腰の左側から、心地よい清涼感が微かに広がった。

 小さなその青い輝きは、制服の左ポケットから飛び出し、その光が大きくなっていく。

 瞬く間にその光は、人の形になっていった。


「――マリアンナ!!」


 それは、乾いた心にもたらされた、一滴の水のように、誰の言葉も届かなかった私の耳に響いた。


「あ、れく……こな……いで……」


 でも、だめなの、止められない。

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