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44.ずっと何を言っている

 表にまわって屋敷を見上げると、それは記憶よりも一回り小さく見えた。

 門番はおらず、庭も元々植えていた草花に加え、雑草がそこかしこに生えている。


 ――手が回っていないのね。お父様が手放したくなくて、叔父さんたちに住まわせるから……。


 継ぐ爵位はなく、国の騎士団に所属している叔父だが、この屋敷を管理するほどの多くの使用人を雇う余裕はなく手が足りていないのだろう。

 住むのは辛いが、完全に手放すことはできない。

 父は、どちらも選択できずに、逃げるように今の屋敷に引っ越したのだ。


 誰も守っていない門をくぐり、ノッカーを敲く。

 しかし、しばらく待っても誰も出てこない。

 そーっと……開けようと思ったが、騒いだ方がいいのだと思い出し、ガチャリと音を立てながら扉を開ける。

 そこには、出て行ったときと何一つ変わらない光景があった。

 いや、入ってよくよく見てみると、隅っこの埃がたまっていたり絨毯が汚れ色あせていたりと、手入れは行き届いていない様子だが人が住んでいる気配はある。


 ――お母様……


 引っ越して以来、一度もここに帰ってきたことはなかった。今にも奥からお母様が、おかえりなさい、と出てくる気がして感傷に浸りそうになるが、そんな場合ではない、と頭を振って感傷を吹き飛ばす。


「……ごめんください!」


 自分なりに、大きい声を張り上げて言ってみたものの、あまり響いた様子もなく、誰か出てくる気配はしない。

 もう一度言っても、やはり誰も出てこない。すると一番近くにあるサロンから、ごとん、と物音がしたのでそっちへ足を向ける。


「おじさま? おばさま……?」


 ノックをしてから、そろそろと開ける。

 その部屋は、お客様が来た時にまず案内する部屋だ。

 その部屋の奥で、家主のようにゆったりとソファに座っていたのは、なんと私たちの中で話題の人物、ドールベン侯爵だった。その後ろには、黒いローブを頭からすっぽりと身に包み、男か女かも判別できない人物が立っている。


「マリアンナ……」


 名前を呼ばれ、状況ものみ込めないまま声のした方へ振り向くと、隅っこの方でお父様とお継母様が震えるようにして立っていた。そして、その傍らにエレナが手と足を縄で縛られ、猿ぐつわをされて、床に座らされている。

 お父様とお継母様は縛られてはいないが、その周りには、ドールベン侯爵の私兵だろうか、武装した人たちが見張っていて、周りを改めて見回してみるとやはり兵が十数人いる。


「よし、見張りに戻れ」


そのうちの数人は、侯爵の命令でサロンを出て行った。


「おや、マリアンナ嬢、こんなところで会うとは奇遇ですな」

「な、なんで……エ、エレナ……!」

 

 エレナは、今にも倒れそうなほど顔が青白いが、必死に恐怖と戦っているのだろう、大丈夫、と伝えるように私としっかり目を合わせてくれた。侯爵のことは、この際いい。エレナを助けなければ…!


「カリサ!」


 侯爵がお継母様の名前を鋭く呼ぶと、真っ青な顔をしたお継母様は、エレナの傍らで跪き、短剣を取り出し震える手でエレナの首元へやった。


「……お継母様……?」

「近づかない方がよろしいぞ。貴女の継母が、お友達の首を裂くところを見たくなければね……ああそれとも自分の育ての母を見捨てて、焼き払いますか?」


 足を組んだまま、指一本動かすことなく侯爵は私を脅してくる。だが、私は目の前の光景を信じたくなくて、言われたことも理解ができない。


「お継母様、やめて……?言ったでしょう? その子、大事な友達なの……」

「…………」


 パニックを起こしているのか、息も荒くなっているお継母様は、震えながらもその短剣は下ろさない。


「ははっ無駄ですよ? 彼女は私の言いなりですからねぇ…! 上手く貴女だけをこの場に引っ張り出したのも彼女ですよ? ……そうだ、褒めてやらねばなあ? 時間ばかりかけて失敗した役立たずにしては、となああ!! カリサ!」


 お母様、と繰り返し言われたのは、わざとだったのか。そして、私はまんまとおびき出された……。


「お継母様、わざと……? お父様も……?」

「はははっ! 知らぬは子どもばかりだ!そして貴女は、のこのこと、一人ぼっちでやってきた! 誰にも頼れず! アレクシスにすら見捨てられたんだろうて!」

「アレクは、違う!」

「実の母親も、狂炎の瞳の悪魔を生んだせいで殺されたしなあ? 実質、貴女が殺したようなものだろう? 可哀そうなものだ、災厄を生んでしまったばっかりに!」

「え……? 母親?」


 何を言っているのか、理解が出来ない。心が、脳に考えるな、と指示を出している。


「ああ……ああああ…!!」


 お父様が、頭をかかえて崩れ、泣き出した。

 ドールベン侯爵の言っていることに、反応したように。


 私は、息を大きく吸い込んで、はきだす。今は、心を乱される場合ではないのだ。

 惑わされてはいけない。ドールベン侯爵なんかに、心を乱されてはいけない。

 どうにかこの状況を打開して、エレナを救い出さないといけない。

 今は余計なことを考えるな、暗示をかけるように心の中で唱える。

 そして、ドールベン侯爵と会話をしながらも、不自然にならないよう気を付けつつ場を見渡しながら策を考える。


「何がしたいの……? エレナや私を捕まえたって、あなたが王になれるわけじゃないわ」

「それが、なれるのさ! マリアンナ嬢もご存じだろう?私の祖父は先々代国王の兄だった! つまり、正統なる王は、私なのだよ! 本来の正しいあり方に戻るだけだ……!」


 確かに、先々代の王兄が、王位を継いだ弟と同じ王妃から生まれたにも関わらず、ドールベン侯爵に婿入りした経緯がある。

 しかし、それは。


「それは、魔力優位の原則があるから……」


 先々代は、兄より弟の方が圧倒的に魔力量が多かった。その為、兄自ら継承権を放棄し臣に下った、と習った。


「それだ! それなのだよ! つまり、魔力を得ることさえできたら、私は正統なる王なのだ! ははは!」


 恍惚と語る侯爵だが、エレナと私を捕まえたところで、魔力の譲渡など、聞いたことがない。


「……私は、あなたの為に力を振るったりなんてしない」


 そうはっきりと宣言してもニタニタとこちらを見る侯爵が不気味で、ゾッと鳥肌が立つ。


「ああいいさ。私が君たちの宝の持ち腐れな魔力をいただいて、有効活用してあげるよ」

「……そんな方法、あるはずないわ」

「あるのさ! ……今の若者は知らないだろうなあ? 昔、密かに失われた禁忌魔法を研究する機関があったことを……貴族の間でもほんの一握りしか知らなかったその機関は忌々しい先々代国王によって廃止され、禁忌魔法は永遠に失われた、とされている。……しかし、その話には続きがあってなあ? その機関に代々勤めていた者たちを王兄は憐れんで婿入り先に連れていった。もちろん、ただの使用人として。……しかし、その一族は諦めてはいなかった。密かに研究を続けていたのだ!」

「禁忌魔法…? まさか…」


 侯爵の演説の途中、マイクに渡した私の魔石が異なる魔力の流入を検知し、私にその魔石を持つマイクの居場所を教えてくれる。


 ――庭につながる、窓の方からだわ…!


「そうさ! 魔力の譲渡はできるのさ! その燃えるような瞳、私が王になるためにくり抜かせてもらおうか……!」


 ……!? ずっと何を言っているんだ、このおじさん……!?

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