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41.いや別に喧嘩じゃないし

「……こんなときに、そんな冗談、笑えないよ……?」


 嫌な予感が、ひたひたと心を侵食している。


「……最初は、伯爵と、ドールベン侯爵の繋がりを調べていたんだけれど、末端の者まで調べても関わりは見つからなかったんだ。だが、ユアンに潜入してもらって、執事長の話も聞くうち……カリサ殿に、不審な動きが見つかった。……伯爵を疑う時点で、カリサ殿も調べておくべきだったんだろうね。ただ、マリーも心を許していたから……いや、言い訳だな」


 アレクシスの、確信を得ているような話ぶりに、予感が現実味を帯びていく。

 それでも、私はそれを認めることが出来ないでいた。


「やめてよ、お継母様がお父様に何をしたっていうの? そんなことして、何になるの……?」

「マリアンナを、操れるようにしたかったんだと思う。……ドールベン侯爵に命令されて。父君によって追い詰められ、孤独に陥るマリアンナの……唯一の、味方になることによって」


 私が感情的に声を荒げても、アレクシスは淡々と説明を続ける。それが余計、曇りのない目で見ているのはアレクシスの方だ、と示している。


「でも……そうよ、お継母様は、いつも私を庇って……」


 くれた?

 ……慰めてはくれた。お父様の襲来の後、必ず部屋を訪ねてきてくれて、傍にいてくれた。

 お父様を諫めてくれる、と言って……でも駄目だった、っていう話を、後で聞いて……。

 私が怒鳴られているときは?

 私が怒鳴られているときに、お継母様が庇ってくれたことはあった……?


「そんなはず……」


「カリサ殿の、元夫のアドラム子爵は、ドールベン侯爵の分家の家系なんだ」

「それだけで、疑うの?」

「いや、侯爵の執事との接触が確認された」

「でも……っ」


 否定をする言葉が見つからない。


「……それを私に黙って調べていたのね。手紙も、押収して……」

「もう話そうと思っていた。本当だ」

「……ちょっと、頭を冷やすね。ごめんなさいアレク、遅くに突然訪ねてしまって」


 今は一人になりたい。一人で落ち着いて、考えたい。


「マリー、本当に話そうと思っていたんだ。もう、包み隠さずに。……それがマリーにとって辛い事実でも」

「アレクの中では、もう疑いじゃなくて、事実なのね。お継母様のことは……」

「……うん。脅されている可能性も踏まえて、ほぼ確実だと思っているよ」

「そう……。分かったわ。……帰りましょう、アナ」


 アナに声をかけると、アナはアレクシスに、何か言いたげにしていたが、結局、深く一礼をするだけに止めていた。


「そうだ、言い忘れていたわ。アナたちに報告をさせなかったのは私だから、咎めないでね。お願い」


「……マリアンナ!」


 扉に足を進めていると、アレクシスに後ろから呼び止められた。


「あの……おやすみ……」

「おやすみなさい、アレク」


 喧嘩別れのようにしたくない。

 そう思って、私は無理やり口角を上げて挨拶をした。



◇◆◇



「いや喧嘩ですよね? それ」


 学園の放課後。

 今日は、アレクシスは公務があり学園を休んでいて、生徒会の手伝いもない。帰りの馬車を少し待ってもらって、エレナと学園の、人のあまり来ない裏庭のベンチに並んで座っている。

 女の子同士の話がしたいから、と会話が聞こえない程度に、マイクと護衛には離れてもらった。


「うう……やっぱりそう? すぐに謝ろうと思ったんだけど、アレク、朝早く視察に出かけたみたいで」


 あれから一晩だって、私はエレナに昨日のことを話した。

 お継母様が、という詳細は伏せようと思い、アレクシスが実家からの手紙を黙って検めようとしていた、というところだけ。


「でも、それは殿下がひどいですね! 勝手に先に読んじゃうなんて」

「でも、アレクも私のことを思ってのことだったのよ。ちゃんと話してくれるつもりはあったみたいだし」


 どこまで話していいか分からないので、部分的に話したことによって、かなりアレクが悪いように伝わってしまったようで、慌てて弁解をする。


「あれれ? もしや、犬も食わない喧嘩ってやつですか?」


 エレナが、にやりといたずらな笑みで言った。

 わざと、アレクシスを悪いように言ったのか。簡単にひっかかってしまったらしい。


「そういうのじゃないわ。そもそも、喧嘩になっていたのかしら。私が、何にも役にたっていないくせに、偉そうに、何も話してくれない、って拗ねただけのような気もする……」


 アレクシスは、お継母様のことに関して確信を持っていた。

 それに対し私は、何でも話してほしい、と言っておきながら、いざその場面になると必死に否定の材料を探した。

 以前からアレクシスには、度々お継母様のことも話していた。

 だから、私の気持ちを慮って言いづらいのは、当たり前なのに。


「つまり……、お酒強いアピールして無理やり飲み会参加したのに、誰よりも早くつぶれちゃった的なこと?」

「うん……うん? そういう……ことなのかな?」


 振る舞いからして、エレナの前世は高校生とか未成年なのかなって思っていたけど、お酒呑める年齢だったのか……?


「まあ、アレクシス殿下に言えるのは、相手を思ってやっているんだ、っていう言動は、時として自己満足でしかなくて、その自己陶酔型正論で攻められるとこっちは何も反論できなくなる、っていうところですよねー。まあ、今回は本当に、マリアンナをなるべく傷つけずに伝えたかっただけだろうけど」

「……エレナって……前世何歳……?」

「何歳なんだろう。この小説以外の前世の記憶、あんまりないんだよね。一般常識とか、日本人は居酒屋のから揚げの最後の一つを誰も手を付けない、とかは分かるんだけど、自分の名前とか年齢とか家族は思い出せない」

「へぇ……そういう思い出し方もあるのね」

「そんなことより! こういうのは、時間が空けば空くほど気まずくなるし、何もなかったように振舞っても、ずっとしこりがどっかで残るものなのです! 謝りたいなら、すっぱり謝って、直してほしいところがあったら、責めずに、自分はこう思ったからこうしてほしい、ってちゃんと伝えましょう!」

「そうね、そうよね。ありがとうエレナ! ……こうやって、相談したり、愚痴ったりする友達がいる、って幸せね」

 

 エレナの、物語のヒロインを演じていた頃の言動が下手くそだったのが、つくづく不思議である。


「……えへへ、私も、こうやって繕うことなく何でも話せる友達がいて、初めて学園が楽しい、って思った!」


 えへへ、うふふ、と怪しい笑い……もとい、花も恥じらう乙女たちの鈴を転がす笑みが広がった。すみません少し言い過ぎた。うふふえへへの笑みが広がった。


「じゃあ、善は急げ! アレクシス殿下はいつ帰ってこられるの?」

「確か今日は視察先に泊まって、明日の夕方に帰城される予定と伺っているわ」

「明日かあ……そうだ! 何か労いの品……例えば手作りのお菓子とか用意して待たない!? 絶対喜ぶ!」

「え、それいい! あーでも、マリアンナに生まれてから、厨房なんて入ったことないわ」

「大丈夫! 一緒にするから! 城の厨房を借りられたら、材料もあるかな? まあ、料理人の方の邪魔にならないなら、だけど」

「あ、それなら泊まっていかない? 私の部屋に! エレナなら、突然でも許可が出ると思うわ! 明日は一緒に馬車で登校すればいいし」

「え、いいのかな!? それじゃお邪魔しちゃおうかな、寮で許可取らなきゃ」

「早速行きましょう! ああ、今日の鍛錬、早起きして朝のうちにやっておいて良かったわ」

「魔法の鍛錬?毎日やっているの? でもマリアンナ、すごく熟練していると思うんだけど」

「魔法が派手だからそう思うだけで、繊細な技術はまだまだなの。見掛け倒し。だから、どんな場面でもすぐ対応できるように、」


「マリアンナ!!!」


 突然、この場を割くように響いた怒鳴り声に、身体が固まる。


 随分時間が空いたはずなのに、一瞬であの頃に戻される。

 それは、長年しみついた恐怖。


 ――お父様だ。

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