38.可愛いに囲まれて
「お土産? お土産なんていいわ! 今度、ロザリアとも街歩きしてくれたら、それで手を打とう!」
「まあ、それはいいわね! ああ、陛下がすねるから、陛下も一緒にいいかしら?」
「父上も一緒なんて大事になるからやめてください。そもそも母上も気軽に出歩かないで!」
「……本当に私、この場にいていいの……?」
手を打とう、なんてどこで覚えたの? ロザリア様。
陛下は本当にやめていただいてください、王妃様。
なんか……言い方が……可愛い……! アレク。
震える小動物、エレナ。
「大丈夫よ、お二人とも、とてもお優しいから」
そして、私、マリアンナ。
大小様々なサイズの、歴代王族の家族肖像画が飾られている間でお茶会をしているのは、アレクシスとのデート終わりに突撃してきたロザリア様からの流れ……ではない。
デート終わりの温室で、あの後ロザリア様は、ロザリア様の家庭教師の方に引きずられて戻っていった。
ロザリア様が来る前、何か話し始めていたと思うのだけれど、お土産を買ってくるのをすっかり忘れていた私とアレクシスは、もう一度買いに行く、いやそれはお土産の本来の趣旨からずれているからもういい、でも手ぶらで帰ってきちゃって……という話題にすり替わってしまった。
結局、折衷になっているか分からない折衷案である、『今更買いには行けないから、王妃様とロザリア様をお茶会にお誘いする』という結論に至った。
お誘い、と言っても、会場は居候先の王城、準備するのは居候先の使用人の方々である。
主催とは。
「それで、お兄様はいつまでいらっしゃるの?これは、女子会なの! 男子禁制!」
「もう行くさ、仕事の前にマリーの顔を見たかっただけだ。だからロザリア、貴重な時間をお前に割かせるな」
「と、言う合間にも確実に時間は減っておりますよ」
今日も仲の良い兄妹で、何よりである。
ロザリア様も、口では文句を言いながら、アレクシスが来た時は嬉しそうにしていたし、アレクシスだって満更でもなさそうな顔をして言い返している。
「そうだった。マリー、せっかくの休みなのに、君といられないなんて」
「殿下、もう時間です」
「今日のドレス、可愛いね。水色が似合っているよ。たぶん、噴水をのぞむ庭園にいたら、聖なる泉で舞い遊ぶ妖精と間違えられるかも」
「お兄様、タイムオーバーよ、鉛筆を置きなさーい」
「そうだ、今度はそのドレスに似合いそうな日傘を贈ろうか。さすがに日傘を差した妖精はいな」
「アレク、分かったわ」
ユアンの、主を呼ぶ声にも、ロザリア様がユーモアを絡めてストップの声をかけても止まらなかったアレクシスは、私の声でとうとうストップしてくれた。
眉尻を下げて、若干わざとらしく悲しそうな顔を作って。
「マリアンナは、名残惜しくないの……?」
「まあ……同じ王城にいるわけですし……」
「そんな、僕は少しでも離れたくないのに? 分かった、もうちょっとここにいて僕の存在をマリーに」
「淋しいですわ、とっても! でも、国民のために働くアレクシス、とっても素敵! 惚れ直しそう!」
「……ほんとに?」
「うん!」
「……ほ」
「ほんと素敵、が、ほんとしつこい、になるまであと三秒」
「行く行く行きます」
早く行って。会話を重ねるごとに生温かい度が増し増しになっているから……。
「それでは皆さん、女子会を楽しんでください」
そう言ってから、最後に私の頬にキスをして、やっと去っていった。
「なかなか居座ったわねえ、あの子。あと少しでわたくしがお尻を叩くところだったわ、実際に」
比喩ではなく、本当に叩くつもりだったらしい、下段で扇を振りがぶる素振りをしている王妃様。
「お兄様、私たちがいても何も照れ隠さなくなって、つまらないわ。ねえ? お母様」
「そうね。なりふり構わなくなったわね。それはそれで愉快だけれど」
「ね、エレナ、仲の良いご家族でしょう?」
委縮して一言も発することなく、ちんまりと座っているエレナの緊張が少しでもほぐれるよう、なるべく軽い口調を意識して声をかける。
「う、うん」
「そうよあなた! よくのうのうと、マリアンナお姉さまとお話しできるわね! マリアンナお姉さまがお許しになっていても、私はまだ許していませんからね!」
「これ、やめなさい、あなたの許しは必要ないわ」
「だってお母様!」
「も、申し訳ございません……! 王妃様や、ロ、ロザリア王女殿下にも、ご、ご迷惑をおかっおかけいたしました……! そのうえ、おかっ……母の事など、お力添えいただいたおかげで、えっと、あの、本当に、ありがとうございます……!」
ロザリア様が突然、エレナに噛みついてきてびっくりしていると、それにつられたように、エレナが立ち上がってがばりと頭を下げた。
「いいのよ、マリアンナちゃんと愚息の間で納得しているなら、私たちがどうこう言う事は何もないわ」
「でも……」
エレナをなだめるように、またロザリア様を窘めるように言った王妃様だが、ロザリア様はまだ不満そうに口をとがらせている。
「いい加減になさい。その怒りは、あなたの感情でしかないわ。マリアンナのためではない。そうでしょう?」
「……はい。ごめんなさい。……エレナ・リントンさん、自分勝手な発言をしてしまってごめんなさい」
母親に叱られ、自分の母親にごめんなさいをした後、謝るのは別の人でしょう、というように睨まれたロザリア様。しかし、エレナに謝るときは、きちんと誠意をもって言っていたように思う。
私があんな風に叱られたのは、いつが最後だっただろうか。
お母様が亡くなってからは、お父様を支えなければいけない、お継母様が嫁いてこられてからは、お継母様になるべく迷惑をかけないように、と努めていた。その後は、お父様は叱るというより、怒り、ともすればヒステリーだった。
あんな風に叱ってもらったのは、きっと、まだお母様がお元気だった頃だ。
「いえ……! 殿下のお気持ちは当然です! 私も、自分勝手なことをしていたので」
「それでも、わたくしたちに、謝ってもらうようなことはないわ。ね? ロザリア」
今度は、優しい、慈愛に満ちた笑みを、ロザリア様に向ける王妃様。
「うん。マリアンナお姉さま、最近エレナ様とばかり仲良くされているから、つい、何でなのって思っちゃったの。ただのやきもちだわ」
「ロザリア様…! ロザリア様、街歩き、絶対行きましょうね!」
「本当!? お姉さま! 絶対よ!」
可愛い。私の妹(も同然)、超可愛い。
思わず、席を立って抱きしめてしまうところだった。
うん、お茶会が終わってからにしよう。




