表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/51

37.忘れてた

「……むしろ、マリアンナの様子に気づくのが遅かったんだ。ロッテンクロー伯爵夫人に手紙をもらって、そこで初めて、ドールベン侯爵の手が既に伸びている可能性も考えて、ユアンに潜入してもらった。聞くに、伯爵の様子が、僕の知る伯爵とあまりに違っていたから」


 言葉を選んでいたのか、私の問いかけに、紅茶がぬるくなるくらいの沈黙が降りていたが、やがてアレクシスが口を開き、話してくれた。


「そうだったの……じゃあ、お継母様は知っていたってこと?」

「いや、伯爵家の執事長にだけ、実は相談していたんだ。……伯爵夫人に負担をかけるのも申し訳ないからね」


 伯爵家の当主はお父様だけれど、様子がおかしかったのもお父様なので、許可をとらないのは分かる。

 しかし、お父様の次に伯爵家を差配する立場のお継母様には言ってもよかったのではないだろうか、と思ったが、アレクシスなりの気遣いなのだろう。


「お父様は……ドールベン侯爵と会っていたの……?」


 恐る恐る聞く。何かときな臭い侯爵とのつながりがあるとすれば、お父様も何か犯罪に巻き込まれてやしないだろうか。


「いや……ロッテンクロー伯爵は、ドールベン侯爵と接触はしていない」

「良かった……」


 ほっと安堵する。今は連絡も取っていないお父様だけれど、たった一人のお父様だ。


「心配……?」

「それは……やっぱり、心配。お父様も……一人置いて出てしまったお継母様も」

「まともに挨拶する時間もなかったもんね」

「まあ、それをアレクが言う?」


 私は笑って、もう一つ、今度はシナモンのクッキーをつまんだ。

 どこかずっと張り詰めていたアレクシスの空気が、和らぐ。


「本当に反省しているんだよ、自分の事にかまけていないで、もっと自分でマリアンナの話を聞いていたら…ちゃんと、話し合っていたら引きはがすように連れてこずに済んだかもしれない、って」

「ううん、アレクは、本当に忙しそうだったもの。それに、誰も想像できなかったと思うわ。お父様が、あんな風になるなんて」

「…怒号とは、程遠い人だったからね」

「ええ、お母様…亡くなったお母様が、少しは怒って、ってお父様に言うくらい。それでお父様は、悪さをした私を頑張って弱弱しく叱るんだけど、普段叱られないから、びっくりして泣いちゃったの。そしたら、『マリー、泣かないでおくれ、お父様が悪かった』って謝りだすのよ、私が悪いのに。それでまたお母様が呆れているの」


 離れてから時間が経って蘇るのは、優しい思い出ばかりだ。

 この温室でも、秋薔薇が咲いている。もう盛りも過ぎかけ、色あせている。


「……私やお継母様じゃ、お父様の悲しみは埋められなかったのよね」

「……会いたい?」


 アレクシスの問いに、私は薔薇から目を離さないまま、答える。


「家を出るときは、お継母様には悪いけど、もう二度と戻らない覚悟をした。でも、こうやってゆっくりお茶を飲んで話してると、優しいお父様ばっかり出てきて……やんなっちゃう」


 色あせた花びらが、一枚、はらりと舞い落ちた。

 私は、薔薇からアレクシスへ向き直った。


「優しいお父様には、会いたい。でも……怖い。また怒鳴られて、私、次はいよいよおかしくなっちゃうんじゃないか、って。それに、お継母様も置いて勝手に出てきて、お継母様までどうにかなっちゃっていたらどうしよう、って、そんな身勝手な事まで考えてしまうの……」

「伯爵夫人の事も、心配しているんだね」

「もちろん、お継母様こそ心配だわ。私がいなくなって、お父様に代わりに怒鳴られていたりしたら……私のせいだわ」 

「マリアンナのせいじゃないよ。それに多分……それは、心配ないと思う」


 何か根拠に基づいて言っているのが、やけに確信めいて言っているアレクシス。

 ユアンが潜入していたとはいえ、家族として何年も一緒に住んでいる私より、そこまで断言できるものなのだろうか?


「……何で? お父様が、私がいなくなって、私の代わりに、矛先をお継母様に向けることだってあるかもしれないわ」


 アレクシスは、何か思案している様子で下を向いた。


「ねえ、何か分かっているなら、教えて。お父様も大事だけれど、お継母様も、嘆いてばかりの私たちをずっと支えてくれていたの。……そうだ、私の部屋にお継母様も連れてくる事はできないかしら?」


 そうだ、今までどうして思いつかなかったのだろう。お継母様も、連れてくれば良いのだわ。


「それは……できない」

「どうして? あ、もちろん、城の魔石の供給には協力するわ。私とお継母様が暮らす分以上に。……それでも、だめ?」

「……婚約者だけならともかく、そんな特例を認めてしまうと、後世に悪例を作ってしまうからね。……それに……」

「それもそうね。私が軽率だったわ。それなら、一旦、どこか信頼できる親戚筋に頼めないかしら……」


 信頼できる親戚筋は、遠のいてしまっている。今から、手紙を出しても聞いてもらえるだろうか。


「……伯爵夫人の件は、任せてほしい」

「アレク……? でも、私のお継母様なのよ」

「……分かってる。悪いようには……」


 しないから。

 だんだん声が小さくなり、歯切れが悪くなる。

 悪いようにするかもしれない、というの……?


「アレク? ……ねえ、私に、何でも話して、って言ったよね? アレクがそう言ってくれるのと同じように、私もアレクに、何でも話してほしい、って思っているのよ」


 私の訴えに、アレクシスが、目を見開いた。


「そうか……そうだよね。また、勝手に慮って、自分の都合のいいようにするところだったね。……分かった。……実は……」


「お姉さまーー!!! 私もデート行きたかった!」


 アレクシスが重い口ぶりで話し始めた時、温室が、ばこーんと開いて、既視感のあるタックルを、座ったまま背中に受けた。


「いだっ!!!」


 そして、タックルした本人がダメージをくらっている。自らソファの背面にタックルしたのだから、多少痛いに違いない。ソファは背面までふかふかではない。


「ロザリア……おまえ、たぶん、貴族どころかそこらのペットより落ち着きがないな」

「私の悪いところであり、良いところよね! お兄様」

「その自己肯定感だけは尊敬してるよ」


 あ、そういえば。

 まともな街歩きができなかったから、ロザリア様のお土産を買い忘れてしまったわ…!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ