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36.マリアンナに寄り添うのは(アレクシス視点)

 しばらくは、公務は最低限まで抑えて、できるだけマリアンナに寄り添おう。

 そう思っていたが、事態が急変してしまった。

 今ではすっかり快復したが、マリアンナのご母堂が亡くなってほどなくして、父である国王陛下が肺の病を患い、代理の公務を務める事が増えてしまった。

 また、災難は重なるもので、隣国で内紛が起こり、政権が落ち着かないというのに、その隣国から戦を匂わせる書状が届いた。

 愚王と評判の悪かった当時の隣国の王が、援軍の要請を求める内容だったのだが、断れば交易も辞め、進軍する事もいとわない、という内容であった。

 しかし、その内容が、物議を醸した。いくら愚王といえど、内紛が起こっている状態で簡単に侵略できると思うほど、我が国を侮ってはいないはず。

 結果、その書状は偽物だということが発覚した。


 隣国は結局、政権の交代が実現し、愚王の従妹にあたる公女が女王として即位し、今に至っている。


 問題は、その偽の書状だった。

 下手をすれば、国同士の戦になるところだった。


 それを持ち込んだ使者からたどっていくと、やはりというべきか、ドールベン侯爵が疑わしかったが、決定的な証拠が見つからずに、迷宮入りとなってしまった。


 そんなゴタゴタの対応に追われ、高等部にあがってもまともに通えていないうちに、ロッテンクロー伯爵が再婚した、という話を聞いたのだ。

 あれから、まだ一年も経っていないのに。


 僕は、寝る間を削って時間をひねり出し、マリアンナに会いに行った。

 正確には、マリアンナと、その継母となった者に会い、もしマリアンナと性に合わないようならば、公私混同と言われようとも、横暴と言われようとも、連れ出してしまおうと考えていた。

 まだ落ち着ける状況ではなく、頻繁に会うこともできないから、ロッテンクロー邸に住むマリアンナの異変には気づくことができない、と思ったからだ。


 そして僕は、愚かにも、その日の帰りは、行きと同じく馬車に一人で乗り込んだのだった。


「アレクシス、忙しいのに来てくれて本当にありがとう……ゆっくり休んでね」


 玄関ホールまで見送りに来てくれたマリアンナの隣には、伯爵、そして後妻である伯爵夫人が並んでいる。


「ああ、ありがとう。……マリアンナ、何かあったら……何か、少しでも不安な事とかあったら、いつでも……僕が居なかったら、母上か、ロザリアでもいい、言ってね」


 継母となった伯爵夫人を交えて話をしてみて、邪険にしていないのはもちろん、マリアンナと友人のように話す様子が窺えた。


 無理に、母親の代わりになろうとするより、話しやすそうな雰囲気があった。聞けば、亡くなった伯爵夫人の、古い友人だとも言うし、伯爵と心の傷を慰め合えるのかもしれない。

 現に、僕は前伯爵夫人の訃報を聞いて駆けつけた時、友人として参列していた、今の伯爵夫人の胸で泣く彼女を見た。


 だから、大丈夫だと、そう、判断してしまった。


「……うん、でもアレクシス、無理しないでね」


 こんな時でも、マリアンナは人の心配をしてくれる。

 その気遣いが、その時の自分は、不安だった。マリアンナが、自分を気遣って我慢するのではないかと。


「わたくしでは、いたらない部分もあるでしょうから、何かありましたら、恐れながら必ず王家の方にご連絡いたしますわ。……力不足で、わたくしではマリアンナと一緒に、友人を偲ぶ事しかできませんから」

「私も、父としてマリアンナを支え、拠り所にならないといけないのに、自分のことにいっぱいいっぱいになってしまい……カリサには、感謝しているんです、こんな情けない父親の代わりに、マリアンナを支えてくれて……」

「お父様、お父様も大切な人を失ったのだもの。情けないなんて言わないで。抱きしめて、一緒に泣いてくれたじゃない。……おばさ、……お継母さまも」

「無理しなくていいのよ。呼び方なんて、何でもいいわ。あなたが話しやすい呼び方でいいの」


 亡くなった前妻をタブーのように扱い、よそよそしいやりとりになるのではなく、共に偲び、哀しみ、思い出を語り合う。

 そんな家族に見えたから、大丈夫だと思ってしまった。


「お継母様、なんて呼んでいいのかしら、って思っちゃったの。レオくんは、お母様と会えないのにって」

「気にしないで、息子の事は。……あの人が、立派に育ててくれると約束したのだもの。もう私の事なんて……忘れているわ」


 再婚同士の婚姻だったのか。そういえば、この夫人の出自はまだろくに知らない。一応、気にしておいた方がいいかもしれない。


「……マリアンナ! 滅多な事を言うのではない! カリサの家族は、もう私たちなのだ!」

「お父様……? ……はい、ごめんなさい」


 その時、初めて伯爵が声を荒げるところを見た。普段の話す雰囲気からはかけ離れている為、かなり驚いたのを覚えている。

 マリアンナの様子から見ても、それは滅多にない事だったのだと分かる。

 やはり、まだ完全には立ち直っていない、という事なのだろうか……?


「殿下、そろそろ……」


 そこで、時間がきてしまった。


 その後、隣国への対応や、国王陛下の代理業務等に追われ、まだ脳みそのキャパシティーも狭かった自分は、あのとき感じた引っ掛かりは、片隅に溶けて消えてしまった。


 そして、季節は巡っていき、国王陛下が公務に完全復帰し、隣国の情勢も安定してきて、まともに学園に通えるようになった頃には、既に高等部の最高学年になっていた。


 その間、なかなか会う事はできなかったけれど、手紙はなるべくまめに書くようにしていた。


《アレク、忙しいのに、お手紙ありがとう。マリアンナは元気です。アレクシス様の方が心配だわ。きちんと眠れている?マリアンナは、この前お継母様と、お父様と、植物園に行きました。》


《アレクシス様、お返事がまだなのに、手紙を送ってしまってごめんなさい。ご迷惑だろう、と言われたのだけれど、どうしても心配で、ペンをとってしまいました。だめね、アレクシス様は、今、私なんて気にかける暇はないというのに。》


《アレクシス殿下、私もいよいよ高等部へ進学いたしました。しかし、アレクシス殿下のお姿は見えません。でも、ご心配なさらないでください。マリアンナは王太子妃修行を続けていますわ。かの方には、負けるはずがありません。》



 だんだんと、呼び方が変わり、文章も固くなっていったことは気になったが、年頃になり、大人になっている証拠だ、と母に諭された。

 そして、マリアンナの継母であるロッテンクロー夫人から、ある手紙をもらった。

 それも、隠匿魔法を使った手紙を、王妃経由で。


《夫、ロッテンクロー伯爵は、未だに、立ち直れていないのでしょう。心配が過ぎるのか、マリアンナにきつく当たっています。前夫人の事もありますので、多少は理解できるところではございますが、看過できないほど恐ろしい声なのです。わたくしが諫めましても、逆効果のようです。わたくしも、マリアンナのケアはもちろんしていますが、アレクシス殿下においても、何卒、マリアンナをお気にかけくださいますと、幸いでございます。》


 その手紙は、夫である伯爵に知られてしまうと、ますます夫人やマリアンナへの当たりが強くなるだろうから、と密かに届けられたのだ。


 そこで、僕はやっと気づいたのだった。


 僕は、忙しさにかまけて、マリアンナが無意識のうちに出した、助けを求める声を掬い取れなかったのだ、という事に。



 その後、僕は、自分の知るロッテンクロー伯爵と、話に聞く伯爵との乖離に疑問を抱いた。

 元々、気弱な性格のように見えたのだが、心配が過ぎたくらいで、そこまで生来の性格が変わるのだろうか?

 嫌な予感がして、ドールベン侯爵の介入を疑い、探りを入れたものの、ここでも繋がりは見つからなかった。

 八方ふさがりになり、ユアンにロッテンクロー伯爵家に潜入してもらった。

 そうしてようやく、僕は真実の欠片を拾った。



 もっと早くに気づけていればマリアンナを苦しめずにすんだのに、という後悔を、きっと僕は一生手放せない。いや手放してはいけないのだ。

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