2.これはもしや『転生』というやつ
「マリアンナ、すまない。私は、君の婚約者にはなれない」
嗚呼、この時が、とうとう訪れてしまった。
未来永劫、あの人の隣にいるのは、私でなければいけないのに。
今、あの人の隣にいるのは、あの娘。やはり、消えていただかなくてはいけなかった。
憎らしい。
――憎らしくて、妬ましくて、身が焦げそうに熱い。
「――ってあっつ!!!」
手に持っていた魔石が急激に熱を持ち、咄嗟に放り投げた。
「マリアンナ様!」
髪をシニヨンにまとめたメイド姿の若い女性が、自分に駆け寄り、布を水で濡らし手に当ててくれる。
「あ、ありがとう、メアリ……」
無意識に呟いた自分の言葉で、その女性がメアリという自分付きのメイドである、ということを思い出す。
「え? いいえ……。あの、あまり赤くはなっていないようですが、薬をお持ちしますか…?」
少し動揺を見せたメアリは、おそらくお礼を言ったことにびっくりしたのだ、となんとなく考えた。
横を見れば、大きな、緻密な彫刻に縁取られた姿見。花や蔦が彫られている中、随所に、女神アリーネ様が遣わす天使様が微笑んでいらっしゃる。
その姿見の中心で、こちらを見つめ返している、窓から降り注ぐ光をきらきらと反射している見事な銀髪と、それと同じく、輝く豊かなまつ毛に守られている、真っ赤なルビーのような瞳を持つうら若い少女。瞬きをすると、鏡の中の少女も、少しつり上がった大きな瞳をぱちくりと瞬かせる。
これは……私だ。
マリアンナ・ロッテンクロー。それが私。
そして私は……茉莉、だった。
「今日は少し、力を使い過ぎたみたい。少し休むから、下がっていいわ」
メアリが心配そうにこちらを気にしながらも、静かに退室した。
それを視界の端で見送ってから、ぽすん、と三人掛けのソファに座る。
一人になった。そろそろ、例の台詞を言ってもいいだろうか。
「私……もしかして転生してる!??」
確かに、自分ではない、もう一人の記憶がある。しかし思い出しただけで、この世界で十六年間生きてきたマリアンナとしての自我が消えたわけではない。私は、マリアンナ。それは、揺るぎない。大いに影響はされそうだが、ただ異なる人生の記憶が流れ込んできただけだ。
「死んだ覚えはないんだけどな……」
前世の名前は、発音は違うが今の名前と似通っていて、『茉莉』だった。最後に覚えているのは、四年制大学を卒業し、地元の不動産会社への就職が決まって、とうとう明日から初出社、と緊張と布団に包まれて眠ったところまでだ。緊張し過ぎて心臓に負荷がかかってしまったのか? 蚤の心臓過ぎやしないか?
いや、死因はおそらく別で、死ぬ瞬間なんて覚えていたらきっとトラウマになるから、本能的に封じ込めているのかもしれない。そういうことにしておこう。
それより、今の生だ。
幸い、食うに困ることなく暮らせている。伯爵位を賜る貴族に生まれた。むしろ贅沢な層にいると言える。
ロッテンクロー家自体は、このセリア王国を動かす中枢のお歴々に食い込むこともなく、任された領地を目立つことなく細々と、されど堅実に経営していた。
そんな中、突然に生まれたのは、歴史的にみても稀にみるほどの魔力を持った、私マリアンナ、である。
そう、この世界には魔法が存在する。火、水、土、風の属性があり、それぞれ相性のいい属性がある。また、大まかなジャンルでいうと、生活魔法、攻撃魔法、防御魔法、治癒魔法についても、ほとんどの人が得意不得意がある。
そして、魔力が強ければ強いほど、その人の持つ瞳の色が濃くなる。
私が得意――というより、それしか使えない――としているのは、火の攻撃魔法だ。今代一、真っ赤な瞳をもって生を受けた。
そして、またもう一人、近年稀にみる、群青に近い濃い青の瞳と強い魔力を持った王太子、アレクシス・マッカンブルグ。同じ時代に二人もここまで強い力が発現している事は、有史以来初めてらしい。
王族の婚姻相手には、例外もあるが、なるべく強い魔力を持った者が選ばれるのが通例となっている。そのため、自然とアレクシス殿下の筆頭婚約者候補は、一番強い魔力を持つ私、マリアンナだった。
筆頭婚約者候補、となってはいるが、貴族も平民も、国民の大多数はそのまま私が王妃となるだろう、と当たりを付けていた。もちろん、私も幼い頃からずっとそう思っていた。
だが、今の私は知っている。いや、正しくは、これから起こりうる未来を――物語を、思い出した。
――私は、あの娘にその座を奪われ、命すら落とすのだ。
誤字報告をくださった方、ありがとうございました。