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19.味方

 マリアンナの手にある小さなグラスの中で、ジュースが揺れるのを見ていた、その時。


「アレクさまぁっ! エレナ、ちょっと相談があるんですぅ……。アレクさましかぁ、頼りにできる人、いなくてぇ……」


 ひと際目立つ間延びした声が聞こえてきた。エレナ様の甘く高い声は、よく通る。

 そして、可愛らしいレースをふんだんに使った、淡い水色のドレスを着たエレナ様が、アレクシス様にエスコートされて集団の輪から抜けて出る。

 そして、ホールの扉から二人連れだって出て行った。


 ──気になる。


 何の話だろう。私は何も後ろ暗いことはしていないけれど、エレナ様が何を言うかによって、マリアンナ(悪役令嬢)の運命が左右される。


 ──私は、マリアンナの味方だから。


 昨日のアレクシス様の言葉が耳に響いて、ざわめいた心を和らげ、マリアンナを少しだけ大胆にさせた。


 ――様子を、窺うだけ。


 同じ扉から出て、やはり悪役令嬢の仕事をしていると周囲に思われても困るので、少し間をおいて、あえて離れた位置にある扉からそっと出る。

 会場からロビーへ出ると、化粧室や休憩室がいくつかあり、王族には王族専用の休憩室が用意されている。

 話すとしたら、そこだろうか。しかし、王族しか利用できないはずの部屋にエレナ様を招いて二人きりで話すなど、もう婚約者をエレナ様に絞ったと周りに喧伝しているようなものだ。


 ──王族用の休憩室にはいない、ということだけ確かめよう。


 もし見つかったら、ドレスと、改めて装身具のお礼を早く伝えたくて探していた、と言えばいい。……ちょっと、言い訳が苦しいけれど。

 バレて困るようなあからさまな盗み聞きをするような真似をするつもりはないが、なるべく、かつんかつんと大きな靴音を立てないように慎重に歩いて部屋に近づく。

 ロビーには、まばらではあるが生徒がそこかしこにいる。あまりこそこそと歩いて不審に思われないよう、ある程度は堂々と歩くようにした。


 ──マリアンナは、早くアレクシス様に感謝の気持ちを直接伝えたいだけですぅ。こそこそする必要はないんですぅ。


 そう自分に言い聞かせながら、例の部屋の目の前まで来た。


 ──どうする? 堂々とノックしちゃう? その方がいいよね? 私、お礼言いに来ただけだもんね……? 中には入らず、外から用件をね? 言うんだもんね? ていうか多分誰もいないしね?


 心の声とは裏腹に、周囲を見渡し、タイミングを見計らって、さりげなく横を向いてドアの隙間に耳を近づける。


 ……盗み聞きをするように。


 ──違うわ、これは、ノックをする前に、実は近くにアレクシス様いらっしゃったりしないかな? と確認しているの!


「──ああ、安心していい──」


 ──そんな。


 途切れ途切れに聞き取れた今の声は、アレクシス様のものだ。

 昨日聞いたばかりの、マリアンナの味方と言ってくれた、優しい声。間違えるはずはない。

 これ以上聞くのが怖くて今すぐ走り去ってしまいたいが、足が床に縫い付けられたように動いてくれない。


 ――待って、エレナ様と二人きりとは限らないし、そもそもエレナ様とはもういない可能性だってあるわ。


 生徒会長であるアレクシス様は、長い時間会場から離れる訳にはいかないから、もうじき出てくるはず。どこか物陰に隠れて、出てくるところを確認してから、一旦、化粧室にでも行ってから会場に戻ろう。


 努めて冷静に考えて、ちょうど休憩室の扉からは死角になる柱の陰に向かおうとしたところで、再びアレクシス様の声が耳に入ってきた。


「──私は、味方だ──一緒に──」


 王族の休憩室の扉は分厚く、私ももう意識して聞き耳を立てていなかったため、途切れて聞こえてきた単語ではある。


 ――それでも、確かに『味方だ』とおっしゃっていた。


 アレクシス様が私だけの味方であると思うのは傲慢な考えだと思うが、それでも、自分だけに向けられた特別な言葉のように感じていた。


 ──私はきっと、アレクシス様はエレナ様ではなく、幼い頃からの繋がりがある私の味方をしてくれるって、どこかで慢心していたんだ。


 でも、アレクシス様は王族──それも、王太子。公明正大で、国民へ平等な博愛精神を持つ王太子殿下は、婚約者候補にだって平等に『味方』に決まっている。


 ──それは当たり前のことよ、マリアンナ。


 休憩室に二人きりで入っていたのか確かめるつもりでいた。だが今は、もしアレクシス様とエレナ様が二人より添って出てきたとしたら、それを見て耐えられる自信がない。


 ──お前はこの国で一番強くあらねばならない。決して人に弱みなど見せるな。


 こんなときでも、父の声が耳にこびりついて聞こえてくる。

 しかし、父の言う通り、この国最強の悪役令嬢は、弱っている姿なんて見せても、似合わないと一笑されるに違いないのだ。


「……アレクシス様だけが味方だったわけではないでしょう、マリアンナ……」


 そう自分に言い聞かせた私は、走り出してしまわないように気を付けながら、逃げるようにその場を後にした。



◇◆◇


 学内夜会には、ほとんどの生徒が参加している。


 エマもおそらく参加しているはずなので、会場に戻った私はアレクシス様とエレナ様の事を頭から打ち消すためにもエマを探して辺りを見回してみる。

 エマは、やはり演劇部の面々と固まって参加していた。パートナーはいないようだった。


「あ、」


 声をかけようとしたが、気が付かなかったのか、エマは、他の女生徒に話しかけた。


 ——目が合ったような気がしたのだけれど。


 今日の午前中の時間にいたメンバーもいるが、今、固まっているその集団の中には、私の知らない部員もいるようだ。無為に怖がらせたくもない。今は話しかけないでおいた方がいいかもしれない。


 ──ああ、でもやっぱりああやって、気の置けない友人同士で参加って、羨ましい。……聞いてくれない? 他の人には言わないでね、今ね、アレクシス様が……なんて、今、話せる友達がいたら、なんて。


 私には、遠巻きにしか集まる人はいない。珍獣……その中でも獰猛な珍獣扱いだ。

 

 ──さあ、顔を上げて。信じなきゃ。信じたい、ってなったでしょう? 大丈夫、何事も起こらないわ。




 さきほどと同じジュースを手に取る。そして、周囲にはさとられないよう、密かに深く息を吸って、気持ちを落ち着かせるように、ゆっくりとはきだしたときだった。


「マリアンナ、君に話がある」


 後ろから、アレクシス様の声がした。

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