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18.エスコートはいないけれど

 私はその時を、思っていたより落ち着いた気持ちで迎えられていた。


 今日はあまり一人になっていないし、もちろん悪事も働いていない。それは自分が一番分かっているからだ。

 しかし、私をその心境にさせてくれたのは、昨日と今日が、楽しかった、という事も大きい。

 最終的には、演劇部の方々も私への畏怖は無くなっていき、穏やかに、和気あいあいと過ごせた。皆はいつもと同じようなおしゃべりにマリアンナというゲストが交じっていただけであっても、私にとっては今までの学生生活で、一番楽しい時間だったように思う。エマは最初から遠慮があったようには見えなかったが、最初は青ざめていた他の人たちも、それなりに打ち解けてくれた……と、思う。


 今まで、幼い頃の経験から自分で壁を築いて殻に閉じこもっていた。お互い成長した今なら、私は私という一個人で、大変無害である、と理解してもらえれば、『友達』ができるかもしれない。

 あの輪にだって、入れるかもしれない。

 それに、アレクシス様も、何の好意もない異性に、あんなに素敵な物を贈ったりしないわ、きっと。


 ──と、私は、マリアンナは、昨日からの快然にそう思い上がっていた。


 あの時までは。


◇◆◇


 二日間にわたって行われた展覧会も、発表の部含め無事に終わった。

 いや、発表の部は無事かは知らないんだった。おばさまが、「マリアンナちゃんは今日も私たちと!」と、アレクシス様に許可を得たらしく、見回りすら免除になったから、二日目も王族係だった。

 あとは、学内夜会が大ホールで行われる為、昼過ぎから夜会までの空き時間は、その準備に当てられる。

 一旦屋敷や寮に帰るか、個室ではないが学園の更衣室を利用するかは自由だ。


 その空き時間、私は、教室でやり過ごす事にした。ドレスは一応、家出の際に、持ってきてはいたが、実家からの人手は今の状況では得られない。しかし、どうしてもドレスアップや髪のセットが一人ではできない。

 中途半端になるならば、このまま制服で良いか、と考えていた。特にドレスコードもなく、制服での参加可だったはず。

 特に、エスコートしてくれる相手がいるわけでもないし。


 と、考えていたが。


「失礼いたします。マリアンナ様、本日の夜会の準備に参りました」


 ノックの後、聞き覚えのある、入室の許しを問う声がした。この声は、城でよく私の身の回りの世話をしてくれる侍女で、確か名前はアナだ。

 そう、私は王城に帰ってきた。と、いうより馬車に乗せられ部屋に戻された。

「城に帰るまでが展覧会、っていうでしょう? もちろんマリアンナちゃんも一緒に帰るの! 心配しないで? ちゃんと夜会には送り出すわ!」

 とは、王妃様がその時に言った言葉だ。家に帰るまでが展覧会、はおそらく生徒の家族に向けた言葉ではないと思うが、そこを指摘するのは野暮か、とやめておいた。

  

 アナも、きっと、王妃様が手配してくださったのだろう。何から何まで、申し訳ない。


「アナ、入って。ちょうど、どうしようか考えていたところなの。助かるわ」


 入室の許可を出すと、三人の侍女が入ってきた。大げさな荷物も携えている。


「ま、待って、このドレス、私の物ではないと思うのだけれど……?」


 取り出されたのは、鮮やかなブルーのドレスだった。


「アレクシス殿下より、お預かりいたしました。今夜はできればこちらを着て参加してほしい、と言付かっております」


 私が、制服で行こうと考えることなど、アレクシス様にはお見通しということか。ドレスや侍女まで準備してもらっておいて、いつもの恰好(制服)では不敬に当たる。

 婚約者候補で目立つ存在の色持ちである(マリアンナ)がいつもの恰好では、外聞が悪いということもあるだろうが、綺麗な光沢のあるブルーのドレスを見ると……嬉しい気持ちが、じわじわこみ上げてきてしまう。


 これは、王妃様ではなく、アレクシス様が準備してくださったのだ。


「そう。それではこれにします」


 きっと、義務や同情で準備してくれたのだ……と自分に言い聞かせながら、着付けてもらい、髪は巻いてハーフアップにしてもらう。

 ドレスは、まだ学生であることを考慮してか、デコルテや背中の露出が控えめで、ウエストの切り替えからふわりと、光沢を放ちながら、濃い青から薄い青へと変わるグラデーションになっている。


 そして、昨日の夜、アレクシス様が贈ってくれた首飾りと耳飾りを取り出す。


「本当にこんなにいただいて、着けて参加していいのかしら……。エレナ様にもこういう…身に着けるものを贈られたの……?」


 そうこぼしても、アナは困ったように微笑むばかりである。

 瞬く夜空をそのまま落とし込んだように煌めくその首飾りは、普段使いもできそうな品である。本当の夜会に着けて行くには控えめなデザインだろうが、今夜のようなラフな予行夜会にはちょうど良いかもしれない。


 それに、アナと二人で顔を突き合わせて困っていても仕方ない。

 仕方ないので……身につけるしかないのである。

 仕方が、ないのである。


「素敵……」


 ……仕方ない! つけるしかない!


「とてもお似合いです、マリアンナ様」


 アナは、王城で一番よく世話をしてくれる侍女だ。彼女の淹れてくれる紅茶はとても美味しくて、その日の体調や気分、時間帯によってその時にぴったりのものを淹れてくれる。さすが城の侍女だ、とひそかに感嘆したものだ。

そんな彼女も最初は、抑えきれないのだろう私への恐怖で、ふとした拍子にびくびくした態度だったが、今では、そのような素振りはない。今も手を合わせて、私の装いを喜んでくれている。


「……ありがと」


 だから私が、にこにこと間抜けそうに、顔を赤らめてお礼を言ったのも、仕方ないのである。


◇◆◇


 学内夜会は、卒業後の成人した人たちの集まりとは違い、特に同伴者は必須ではない。展覧会で人気だった団体や、発表の部の上位者を、生徒会会長が表彰するなど、後夜祭の意味合いが強いので、あまりマナーや作法に厳しくはなく、一人で参加したり、同性の友達と連れ立って参加したりする人も多いと聞いている。私が一人で参加しても、特に不自然ではないはずだ。


 そのはず、だったのだが。


 ――何かしら?意味ありげな視線を感じる…。


 遅めに入ったので、大半の生徒は既に会場入りしていた。私は特に何かの団体やイベントに参加していないので、何か呼ばれるはずはない。結果の発表が始まるまで、飲み物でもちびちび飲んでおこう、と飲食コーナーへ向かった。

 が、いつもの畏怖、というより、気まずそうに目をそらされている気がする。


 ――なんだろう?


 さり気なく、周りを見回す。

 すると、少し離れたところに、一際目立つ人だかりができていることに気がつく。比較的、高位の貴族令嬢、令息が集まっているように思う。服装からして、そこだけ異様にキラキラしい集団だ。


 なんとなしに目をやった次の瞬間、私は息をのんだ。その集団は、微笑むアレクシス様と愛らしく笑うエレナ様を囲むように集まっていたのだ。

 その姿はまるで未来を担う若き王太子夫婦のようにも見える。


 物語の中にある光景と重なって目をそらせずにいたそのとき、誰かを探すように周囲に目をやったエレナ様が私の方を見た途端、怯えたように体を縮こませてアレクシス様の背に隠れ、目を逸らした。

 その仕草に、周囲にいた令息は、庇護欲をそそられたのか、私には非難の目を、アレクシス様には羨望の目を向けているようだった。もちろん、私に対してあからさまに難癖をつけるような無謀な真似をする者はいないが。


 それを見た私は、

『わざわざ探して目を合わせて怯えるってどういう了見?』

 ……とはそのときは思わなかった。別のことに意識が向いていた。


 ──エレナ様、サファイアの、首飾りを付けている?


 エレナ様のデコルテには、自分の首元にある首飾りと似たデザインの、ブルーの貴石がシャンデリアの灯りに反射して、輝いている。

 大きさや等級にもよるが、一般的に、私が身につけているラピスラズリよりも、エレナ様のサファイアの方が、希少価値があり、高価である。


 ──もし、アレクシス殿下が、二人の色持ち、両方に贈り物をしたのだとしたら……。


 ここ最近は、誰もが正式な婚約者発表を今か今かと待っている。周囲は、アレクシス殿下がマリアンナよりエレナを選ぶつもりだ、と思うだろう。

 二人が連れ立って歩く姿に、昨日の、模擬店からブレスレットを嬉しそうにアレクシス様に見せていた二人も重なって、胸が、つきん、と痛む。


 アレクシス様はエレナ様に昨日も今日もプレゼントしたのかもしれない。

 展覧会の思い出は、愛する人だけに。夜会用は、両方の婚約者候補に。


「でも、ラピスラズリは……」


 自分の胸元を飾る宝石に、手を当てる。

 もし、アレクシス様が覚えているのならば。

 彼を、信じることができれば。

 ラピスラズリは……。


 幼い頃から、マリアンナを大事にしてくれていたアレクを信じたい気持ちと、エレナ(ヒロイン)アレクシス殿下(ヒーロー)が惹かれるのは仕方がないのだ、という諦観の気持ちがせめぎ合う。


 そのせめぎ合いに、昨夜のアレクシス様の言葉が蘇る。


 ……やっぱり、信じたい。


 色味と、他の飲み物に比べてあまり選ばれていないところに親近感を覚えて選んだジュースに口に付けると、甘くも酸っぱい苺の味がほのかに広がった。

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