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16.買った物は

 あの後、アレクシス様と会うことはなく、一日目は無事に終わった。


 無事……、うん、無事には終わった。王妃様とロザリア様の劇は、はちゃめちゃだったけど、最終的には、拍手喝采を舞台上で浴びていた。

 帰りも、アレクシス様の馬車ではなく、そのまま王妃様とロザリア様に相乗りさせてもらい、城に帰った。


 明日はいよいよ、物語の中で悪事を働く日。──つまり、アレクシス様に失望される日だ。

 まだ私は、アレクシス様から断罪されるほど幻滅されてはいない、と思う。警戒はされているだろうけど。

 とりあえず明日は、発表の部の会場に行ってはいけない。かと言って、一緒にいてくれる友人はもちろんいない。それに、大半の生徒が会場に行くのでその時間は模擬店や催し物は、どこもほとんどしていない。

 けれど、見回りはきっと、展覧会中も何人かはした方がいいはずだ。

 だから、会場から距離があり、かつ複数の人がいるところをうろうろして、私が魔法を発動していないところを目撃されておけばいいのだ。

 会場から距離があって、人がいる……そんなところ、展覧会中にある……?救護室とかは、きっと誰かが控えていないといけないから、そこら辺かな……。


 とにかく、頑張って人のいるところにいる。物語の世界の、強制力、というものがないとも限らない。知らぬ間にえん罪をかけられて悪役令嬢になってしまわないように……。


 ……強制力が働いてしまったら、こんな小細工で対抗なんてできるものなのかしら。

「はい、どうぞ」

 アレクシス様や、ヒロインがわざわざ私の罪を作り出そうとしない限り、現状ひどいことには……いや、あのタイプの女性(エレナ)は、自分にとって不都合な相手を、自分の悲劇性で不利な立場に立たせるのが上手そうだから……。


 それにしてもやっぱり、エレナ様は物語のヒロイン・エレナと印象が多少なりとも乖離(かいり)している気がする。……そういえば今まで考えた事なかったけれど、前世の記憶を持って転生したのは私だけとは限らないのか。もしエレナ様も転生者だったとしたら、せっかくだから物語に則った、めでたしめでたしな人生を謳歌したい、と思うこともあるだろう。


 ……でも、一瞬、私に訴えるような目をしたのよね。


「悩み事かな? マリアンナ」

「ええ、あの目、なんだか放っておけないような…………え?」


 顔をあげると、白いシャツを着たアレクシス様が美しいお顔に微笑みをたたえていた。飾り気のない簡素な装いなのに、明るい髪色のせいか、自ら発光でもしているのか、輝いて見える気がする。


「え、なんで?」


 私、部屋間違えた?


「マリアンナの部屋で合ってるよ。もう寝支度まで整えているじゃないか」


 焦って部屋をきょろきょろと見回していた私に、アレクシス様がショールをそっと肩にかけてくれる。


「あ、ありがとうございます……? ……なんで……?」


 びっくりしすぎると、同じ言葉しか出てこないものだ。

 とりあえず、ショールの前をかっちり閉じるように前部分を握りこむ。

 よかった。よかった、きちんと足元胸元がぴっちり隠れる寝間着を着ていて。「念の為」とよく分からなかった言葉と共に用意してくれた侍女に感謝だ。


「今日の展覧会中、全然会えなかっただろう?母と妹の面倒を見てもらっていたのに、お礼もちゃんと言えなかったからね」


 ここに来た理由も気にはなったけれど……。


「……ん? 一応言っておくけど、ノックをして、きちんと君の許可を得てから入ったからね!? どうぞ、って言ってくれたよね!?」


 記憶にない。考え事をしていたとはいえ、無意識に返事をするものだろうか……?しかし、アレクシス様がそんな無意味な嘘をつくとも思えないし……。


「そう……でしたね……」


 許可を取った、ということにして笑っておこう。とりあえず。


「本当だからね……? そういうことにしておいてあげよう、っていう表情で微笑む君も可愛いけれど……本当に、許可を得てから……え、気のせいだったの……?」


 勘違いなら仕方ない。水に流してあげよう。


「返事をした、ということにしておきますね」

「そうしてくれると助かる。紳士の面目を保てるよ。ありがとう。……声が聞こえたと思ったんだけどなあ……?」


 首に手をやりながら傾げる姿に、少年の面影が残る年相応な可愛らしさが見られて、なんとなく可笑しく思えた。

 今日が楽しかったから、余韻が残っているのも、あるのかもしれない。


 今会ったら、勝手に気まずくなってしまうかと思ったが、意外と自然に話せている気がする。 

 やっぱり、こうやってお話しすると、どうしてもアレクシス様が私に、積極的に罪を疑うような真似をするとは思えない。

 幼馴染みたいなものだから、『アレクを信じたい』って、心のどこか片隅で、ずっと叫んでいるのだ。

 その油断が、命取りになるかもしれないのに……。


「お礼なんて、こちらが言いたいくらいです。今日ほど笑ったのは久しぶりなくらい……」


 今日は、一時、自分の置かれた状況も忘れてしまうくらい、楽しめた。

 お二方と一緒にいたときは、明日のことも考える暇もないくらい。


「……そう、君が楽しめたなら良かったよ」


 そう言ってくれたアレクシス様の笑みが、柔らかいものから、急に作られた笑みに変わった気がした。


「アレクシス様……?」


 作った笑みも、柔らかくはあるものだけれど……。遠くからみたら、羽のように柔らかく見えて、近づくと彫刻で作られていたような笑み。


「……妬けてしまうな」


 ぽつりと、小さな声で何か呟いた気がした。


「え? 申し訳ありません、今聞き取れなくて……」

「……いや、なんでもないよ。……今日は、何か買ったりした?」

「そうですね、飲み物とか……その場で消えるものしか、買ってないですわ、そういえば」


 アレクシス様は、何か買われましたか? とは、聞きたいけれど聞けない。

 本当にアレクシス様がエレナ様にブレスレットを贈ったのか気になるけれど、他意もなく、『エレナに請われて買った』と言われたら、ショックを受けそうな自分がいて怖い。


「そうか……。……私は、買ったよ」


それを聞き、胸がきゅっと痛んだ。


「それは……良いお買い物ができましたか……?」


 何を、誰の為に買ったの? とはどうしても聞けない。

 でもこの問いに、『是』の返事も嫌だなと思ってしまう。

 ……私は、いつの間にこんなに我がままになったのだろう……。


「自分ではそう思っているんだけど……マリアンナに決めてほしいんだ」


 私が……? エレナ様に贈った品が、センスの良いものだったかを判定しろと……?


 正気かな……?



「い、いや、私は、ハイ、いいと思います……」


 一瞬しか見なかったけれど、良かったんじゃない? と、つい投げやりな返事をしてしまう。


「……? まだ見てもないだろう……?」


 そう言って、後ろ手に持っていたらしいベルベットのケースを、ぱかり、と開く。


「え……?」


 そこに鎮座していたのは、銀の台座に大ぶりの瑠璃(ラピスラズリ)をあしらった首飾りと、それと対になった、ドロップ型の耳飾りだった。


「展覧会で買ったものだから、君からしたら安っぽく見えるかもしれないけれど、明日の学内夜会くらいならば、着けて行くのにちょうどいいかと思ったんだ。……マリアンナさえよかったら、明日、これを着けて欲しい」


 アレクシス様の手で煌めく、瑠璃(ラピスラズリ)──。


 エレナ様のブレスレットを見て……もし……万が一、アレクシス様が、私にも何か贈ってくれるとするならば、私の瞳()に合わせた物だと思っていた。


「私に……? ……私で、いいの……?」


 アレクシス様は、目を細めてくしゃりと笑った。


「マリーに、着けて欲しくて買った」

「あ、ありがとうございます。……嬉しい」


 ケースを受け取り、手に取って見てみる。……アレクシス様の瞳のように、吸い込まれそうな深い青……。


「今、着けてみてくれないかな……?」

「え?」

「着けているところを、一番に見たい。……明日、私が準備を手伝えるわけじゃないから……」


 その余裕が会ったら、その準備に立ち会うほど一番に、見たいのだろうか。

 ……それは、一体どういう感情なのだろう。


「私がするよ」


 自分で着けようとしたが、その疑問に囚われ、もたついた隙に、アレクシス様が首飾りをさっととった。

 そしてなんと、首飾りを着けるために、後ろに回り込むのではなく前から私のうなじを覗き込んで手を回した。

 

 そそそそっちから!!? 何で!? 横着!!?


 アレクシス様の顔が間近に迫っている。自分の息がアレクシス様にかかりそうで、息ができない。


 ……えっと、あの、ち、近いです、アレクシス様……。


 少しでも顔を動かしたら触れてしまいそうで、微動だに出来ない。


 動くな、動くなよ、私の頭。フリじゃないぞ。


 静まりかえった部屋の中で、どれくらいの時間が経ったのだろう。瞬くほどの時間なはずだけれど、やけに長く感じられる。


「……はい、着けた。……見せて」


 顔は離れたのに、まだ息がしづらい。呼吸って、どうやってしていたのだっけ。


「ありがと、ございました……」


 アレクシス様の顔が見られなくて、俯いたままお礼を言う。

 恥ずかしい。


「……とっても似合う。思った通り……いや、それ以上に綺麗だよ。僕の選んだものを着けてくれて、嬉しい。ありがとう」


 誉め言葉も恥ずかしいのだが……。


「あの、手を……」


 そう、何故か、アレクシス様が私の手を取り、そのまま賛辞を浴びせてくれる。


「突然、今の僕が言っても、信じられないかもしれないけれど……信じてほしい」


 真意が分からないその言葉に、思わず顔を少しだけ上げると、アレクシス様が私の手の甲に口づけをした。


「僕は、マリアンナの味方だからね。今日までも──明日からだって、ずっと」


 真っ赤な顔を見られるのは恥ずかしいのに、下からのぞき込むアレクシス様から、私は目をそらせずにいた。


 ──僕は、マリアンナの味方だから。

 

 信じていいのか、分からない。どこかで心変わりしたり、エレナ様に影響を受けたりしてしまうかもしれない。


 そう頭の中で冷静な部分が諭している。


 それでも、せめて今夜だけは。

 私はその一言を、こぼれてしまわないよう抱きしめて眠りについた。

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