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15.身に着けている物は

 ロザリア様の視線の先を追うと、アレクシス様がアクセサリーや小物を売る模擬店から出てくるところだった。


 模擬店、と言っても、生徒の手作り商品も多少はあるだろうが、素材の確保、デザイン、そして職人への加工の発注などを自分たちでやる、という模擬店なので、売っているものはなかなか本格的な物のようだ。

 しかも、あくまで学生主催の模擬店なので、気軽に買える値段ばかり。婚約者や恋人への贈り物はもちろん、友人同士でお揃いにして買うなど、なかなか人気らしい。


「声かけましょうよ、お姉さま!」

「でも、きっとお忙しいでしょうし……」

「ちょっと顔見るだけなら大丈夫ですわ、きっと!」


 小生意気な口をきいても、なんだかんだ兄を慕っているロザリア様に腕をとられてアレクシス様の方に足を向ける。


 私だけではなく、ロザリア様と一緒なら、鬱陶しくは思わないかも。


 そう思ってそれ以上の抵抗はしなかったが、すぐに二人ともその足を止めることになった。


「あ……」


 そわそわしていた気持ちが、一瞬で、氷水を浴びたように冷える。

 アレクシス様が出てきて少ししてから、小走りでエレナ様が追いかけてきたのだ。


「……やっぱり、お邪魔になるといけませんから、やめておきましょう? ロザリア様」

「まぁ、マリアンナお姉さまがお邪魔なんてありえませんわ! あのご令嬢こそお邪魔虫なのですっ!」


 頬を膨らませてアレクシス様の方を睨みつけるロザリア様。はしたないと自分でも思っているのか、控えめに膨らませているのがまた可愛い。

 ちくりと胸が痛むのを、その可愛らしさで紛らわせようと、なるべくロザリア様のお顔だけを見ようとするが、どうしても気になり、二人が視界に入ってくる。


 あの二人がどれだけ親しくなっているかなんて知りたくないのに。

 いや、今の親密度は把握しておくに越した事はないけれど……見たくはないのに。


 ピンク色の髪をまとめるリボンが軽く風にたなびいてる。少し色あせているそれはいつも同じ物だから、エレナ様はあのリボンに思い入れがあるのだろうな、となるべく別の事を考えるが、やはり視界に二人を入れてしまう。

 エレナ様が、アレクシス様の袖口あたりをちょこんとつかんで、もう片方のエレナ様の手首で煌めくブレスレットを嬉しそうに見せている。


 ――アレクシス様からの贈り物…?


 ……いえ、アレクシス様がエレナ様にプレゼントしたとは限らないじゃない。

 でも、あんなに嬉しそうにして…。買ってもらって、嬉しくて、つけて見せているのでしょう?

 ……そうやって勝手に決めつけて思い込むのは良くない。


 ――でもそうだとしたら…。


 二人で、選んだのだろうか。

 見たくないのに、それでも目の端で追ってしまう自分が嫌で、顔ごと視線を下に向けた。

 震えそうになる手を止めたくて、両の手をつないでお互いで抑える。


 私は、欲しいとは思っていなかったもの。

 エレナ様は、自分から愛らしくおねだりしたのかもしれない。もしそうなのだとしたら、何も自分から主張していない私が羨むのは、ただの僻み。

 きっと私も、『欲しい』と言えば、優しいアレクシス様は私にも、同じようにしてくれた。

 嫌われてはいないから。

 でも、好かれても、いない。


 ――私とアレクの間に、築けたものは、本当に何一つなかったのね。



「お姉さま……」

「二人とも、今日は女子だけで楽しみましょ? わたくし、この日のために、お仕事頑張って片付けてきたんだから! ほら、そろそろ時間よ。いきましょう? マリアンナちゃんも!」


 打合せが終わり迎えにきてくれた王妃様が、いつの間にか背後まで来ていて、私とロザリア様の背中を、ぽんぽん、と軽く叩いた。

 おそらく、さっきの一部始終を見ていたのだろう。

 王妃様に気を遣わせてしまって申し訳なく思うと同時に、義母となるはずだったおばさまの、私にも実の娘のように与えてくれる優しさが、痛んだ胸に沁みて、温かさが少しずつ、戻ってきた。


 そうだ、今の私にとって大事なことは、アレクシス様との距離を縮めることでも、ましてやエレナ様を妬むことでもない。断罪死亡エンドを避けることだ。 


 幸い今は、王妃様やロザリア様は、立場上盲目的には庇えないけれど、私を身内のように思ってくださっている。私も僭越ながら、彼女たちは家族のような親愛の情を抱いている。ありがたいし、大事にしたい。


 ……エレナ様が羨ましいという感情はない、と言い切る自信は、正直に言ってしまうと…ないけれど。


「さぁ! いくわよ! 時間は待ってくれないわ!最高のエンターテインメントを提供するには、九割の才能と、一割の舞台度胸! しかし! それに甘んじることなく、十割で満足せず、もう十二割追加するのよ! その十二割が練習! 公務と一緒ね!」


 ……いや、王妃様は、本当にアレクシス様にかまう時間すら惜しいだけかもしれない。

 そしておばさま、最高のエンターテインメントの内訳が私に理解できる範疇を超えています。


「あ、マリアンナ様……」


 アレクシス様とエレナ様に背中を向けて去ろうとしたとき、かすかに耳に届いたのは、エレナ様の私の名前を呟く声だった。


 アレクシス様からの贈り物と決まった訳ではないが、彼女自身の瞳に合わせた色のブレスレットをつけ、可愛らしい笑顔を見せていたエレナ様は、その愛くるしい顔立ちで、さぞ勝ち誇った笑みを私に向けているのだろう。


 わかっていながらも、声につられて視線を向ける。

 ところが、彼女は、予想とは違う面持ちを浮かべていた。


「お姉さまも、早くっ!」


 気が付けば歩みが遅くなっていた私の背中を、ロザリア様が軽く押して急かす。


 進みながらも、やはり少し後ろ髪を引かれる。

 だって、エレナ様が何か私に、伝えたいことがあるような気がしたのだ。


 薄紅に色づくその口をきゅっと結び、自分を落ち着かせるように髪を結うリボンをしきりに触っていて、言いたいことがあるのに、聞いてほしいことがあるのに、どうしても伝える術が見つからない。


 ――そんな、幼い子がするような佇まいで、私を見ていたような気がしたのだ。


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