13.乱入からの客演
「おかえりなさいませ。驚きましたわ、お芝居見ていたら、さっきまで隣で一緒にいたはずの方達が出ているんだもの! でも、立ち回りがとってもかっこよかったです!」
「ありがとう、マリアンナ! でも、あなたは諌めてくれないと、おだててしまったらロザリアはますますお転婆になってしまうわ!」
「そうよお姉さま、このままだと、お姉さまのようなたおやかなレディではなく、お母様のように破天荒なレディになっちゃう!」
「まぁこの子ったら! お母様は、お父様がそのままのお母様を愛してくださっているから良いの」
「では、私もそのままのロザリアを受け入れてくださるお方を探しますわ。マリアンナお姉さまのような!」
「ロザリア様、承りましたわ。いつでもお待ちしております」
「マリアンナ、甘やかしてはだめよ!」
「そうおっしゃるならば、おば様もご自重していただかなくてはいけなくなってしまいます! でも、私は、そのままのおば様とロザリア様が好きなのです。さっきのお芝居も、本当に楽しかったもの!」
「マリアンナ……。ふふ、ファンにさせてしまったかしら?」
「ええ!次の舞台も楽しみにしたいくらいです!」
「乞うご期待、ね。立ち回りもそうだけれど、咄嗟のアドリブも洒落がきいた言い回しだったでしょう?」
「洒落が利いた、言い回し……? ……? ……あっ、そう、そうで、」
「お母様! あの言い回し! とっても」
「あ、ロザリア様……」
「とってもクールです! 私も真似てみたのですけれど、お母様にはかないませんでした!」
「え」
「あなたもまだまだね、わたくしほどの、機知に富んだアドリブのきく大女優への道は、まだまだ険しいわよ! くるしゅうない、はげむがよい!」
「ははぁ! 出直してきまするぅ!」
劇の雰囲気とは水と油ほど合っていなかった、二人だけ世界線が違っていました、とはもう言えないほど盛り上がってしまっている。愉快な母娘だ。うん、楽しそうだからいいか。
だがしかし。
突然乱入された演劇部はさぞかしご立腹だろうから、一緒に謝ろう。演劇部員は、王妃様と王女様がそんなところでホイホイ舞台に乱入するとは思わず、二人だけだと怒られてしまうかもしれない。お二人も、きっとそこで肩書を乱用はしない。でも、私がいれば、それだけであまり強く言えないだろう。だって、マリアンナ様は怖いんだもん。
しかし私が行動する前に、ヒロインの友人役をしていた人が、こちらに向かって、令嬢らしからぬ速さで突進してきた。
その顔は、逃してなるものか、とばかりに目がらんらんとしている。自分で言うのもなんだけど、私に向かってそのお顔で突進してくるのはすごい。怒りが恐怖を超越してしまったのか? それならば、素直に、頭を下げよう。
せっかく練習して作り上げてきた舞台を、最後はなんとかまとまったとはいえ、大幅に変えてしまったのだ。……きっと、お芝居の悪役令嬢が、あまりに私に当てはまっていたから。
「素晴らしい!!!」
私達の前で急ブレーキをかけた演劇部の人は、王妃様とロザリア様の手をそれぞれがしっと掴んだ。離さない、とばかりに。
「はぇ」
思わず間抜けな声を発してしまったのは、私だ。王妃様とロザリア様はさすが王族、動揺も隙も見せず、咄嗟に柔和な笑みを浮かべている。
「一番の王道な結末、なんか味気ないなぁ〜と思っていたの! ひっっじょうに良い具合のスパイスが加わりましたわ! 一番人気にしたい結末に必要な、大ピンチが物足りなかったのね! これだわこれ! ありがとうございます!」
「……ふふ、そうでしょう、そうでしょう? ま〜た良い仕事をしてしまったわね!」
「ねぇねぇ、謎の美少女も活躍もよかったでしょ? 女優さんのお仕事を頼んでくれてもいいのよ!」
すぐに、王妃王女の作った笑みの顔から、気さくなおば様と無邪気な女の子の顔に変わる。本当に、この親にしてこの娘あり、だ。
「よろしいのでしょうか!? ぜひ、あのぜひお頼みしても、よろしいのでしょうか!!?」
演劇部員の、なんとまだ一年生だという彼女は、本気だった。
自ら、演劇部の部長に交渉し、お二人が出演したら絶対盛り上がる、と説得した。
そのプレゼンテーション力、交渉力、なんと将来有望な演劇部員だろうか。
二人が先程乱入したのは、一日で四回公演のうちの、二回目。三回目の間で脚本を修正するから、四回目の、今日の最後の公演にも出てほしい、とのことであった。
「もちろん、報酬は出します! 投げ銭方式をとっているので、確実な数字での約束はできません。が! お二人に出ていただけるならば、きっと、いえ、必ずや! 高評価をいただけるはず!」
この展覧会での収益は、すべて部活動の運営費用や、劇の衣装や小道具、背景の制作費にまわす予定だったようだが、例年を参考にした収益見込みより多かったら、その分を報酬として二人に渡すという。
それでは、わざわざ外部の人間を誘う意味がないのでは? と思ったが、収益を必要以上に増やすより、演劇部の芝居に対する評価を上げることや、何より、お客様により楽しんでもらえるお芝居にすることが目的らしい。素晴らしい心がけだ。
「わかったわ。そこまで期待されたら……ね?」
「はい、お母様! 最初はあの気迫というか迫る圧に、危ないひ……大分びっくりしましたけど、あそこまで言われたら、応えない訳にはまいりませんね!」
危ない人、と言いかけたロザリア様。やばい奴きたと思ったよね、最初。
「ええ、彼女の熱意は本物だわ。もちろん、報酬は、お客様の拍手だけでよくってよ! もし収益が余るようなら、孤児院へ寄付して。その代わり一つだけ条件があるの」
そう言って、王妃様は、顔の前で人差し指を立てた。内緒ね! ってやってるみたいで、可愛らしい。
「なんでしょう!? 私にできることならば、なんなりと!」
「わたくしもその芝居の筋書き、一緒に直すわ」
「は、それは……」
「大丈夫、あなたたちの演出を捻じ曲げるようなことはしない、少し相談があるだけよ」
「……ありがとうございます! それでは、こちらへ!」
演劇部員の急な依頼と、王妃様の急な提案だったが、話が合意でまとまったようだ。
「マリアンナ、この子をよろしくね。あ、本番前に練習もしないといけないから、どこか行くにしてもこの近くにして、早めに戻ってくるのよ?」
「おまかせください、楽しみですわ!」
「いってらっしゃい、お母様! また後でね! 私の活躍、じゃんじゃん入れていいからね!」
こうして、一旦王妃様とは別れて、ロザリア様と二人で回ることになった。
「ロザリア様、お待たせいたしました、どうぞ」
ロザリア様と、飲み物を買って少し休憩しよう、という話になり、桃の果汁入りジュースとレモン水を買い、桃のジュースの方をロザリア様に渡す。
「ありがとう、お姉さま。……あ、お兄様だわ」
その言葉にドキリとして、ロザリア様の視線の先へ、目を向ける。
視線の先には、確かにロザリア様のお兄様──つまりはアレクシス様がいた。
ありがとうございます。




