1.家を出たいから協力して?
初投稿です。
よろしくお願いします。
「アレクシス殿下、私、家を出ようと考えております。図々しいお願いですが、殿下からも父にそのように説得していただけないでしょうか?」
学園の昼休み、中庭。わざわざ時間をとってもらっての唐突な宣言。
金髪碧眼、そして神の采配かのようにバランスよく整った美しいお顔。いつも柔和な笑みを崩さない。何を言われても卒のない対応。かつ付け入る隙を与えない。
そんな我がセリア王国の王太子、アレクシス殿下の、春の雪解けのような柔らかな笑みが固まった。冬に逆戻りだ。
ちゅん、と小鳥の鳴く声がその沈黙を破り、そのすぐ後にいつものアレクシス殿下に戻った。
「マリアンナ、こうして話をするのは久しぶりだね。淋しかったよ。母上やロザリアも、また久々に会いたいと言っていたよ。今度、皆でお茶会でもどうかな?」
殿下の口から紡がれたマリアンナという名前は私の名。
ロザリア様とは殿下の妹で、我が国の王女のお名前だ。殿下がこんなにもとんちんかんな返事をすることなんて珍しい。聞き間違いをしたのだろうか?随分と曲解するものだ。いつもはこちらの言うことを的確に返しつつ、自分の作る流れにもっていくのに。
それにしても、淋しいとは白々しい。もう、ヒロインとの親密度は上がっているようなのに。最近は、殿下とヒロインが二人で一緒にいるのをよく見かける。今日だって、殿下を呼び出すときに可愛らしい顔の眉間に皺を寄せて睨まれた。もちろん、殿下には見えないようにして、だ。
「ええ、お久しぶりです。まぁ、それは光栄ですわ。私もお二人にお会いしたいです。ところで殿下、私、家を出ようと思っているのですが」
「うんうん、そうだったね。すまない、聞こえていたよ。あまりに驚くと、全く的外れな返事が口についてしまうものなんだね。ああ、でも本当にまたお茶はしたいな」
「……ええ、そうですね。楽しみにしております。ところで……」
「ああ、さすがにもうちゃんと聞こえたよ。家を出る、という話だよね。……理由を聞いてもいいかな? それと、家を出てどこに行くつもりかな?ああ、もしかして私と王城から学園へ通いたい、ということかな?」
「まぁ、とんでもない。そこまで私図々しくはありません!」
アレクシス殿下は冗談のつもりだろうが、本当にとんでもない話だ。王城になんて押し掛けたら、もう王太子妃気取りだのなんだの、学園の、主に貴族令嬢達のやっかみを一身に受けるに違いない。と、言っても直接は言えないから、陰で。
「……それならば、どこに住むつもりかな?できたら理由も教えて欲しいな」
肩を落としてがっかりしたように言われても、今の私に冗談に機知に富んだ返しをする余裕はないのだ。
「わが学園には寮があるではありませんか。もちろん、そこから通おうと考えております。理由は……私、今の自分の環境を変えた方が良いように思いまして」
殿下も、私がその考えに至った経緯は思い当たるだろうが、ここでつまびらかに話す事情ではない。察してくれ。
「そうだな、家を出ることについては、一緒に父君を説得するよ。でも、寮は認められないな。あそこは、……交流が盛ん過ぎるようだから、君には合わない」
確かに、タウンハウスを持たない地方の下級貴族が主だからか、学園側の取り締まりや監視も甘く、風紀が乱れていると聞く。だから、娘が心配な下級貴族は、タウンハウス持ちの知り合いなどに頼んで、下宿のように居候させてもらうらしい。
だが、私は寮に住む誰より強い。これは、驕りでも過信でもなく、周知の事実だ。
「殿下、私を誰だかお忘れですか? 私になにか不埒なことしてくるような無謀な者は、この国にはきっとおりません。……でも、念のため、気を付けます。ご心配、ありがとうございます」
なんとなく恥ずかしくなって、最後は小さな声でボソボソと言ってしまった。
「んんっ! ……しかし、寮に住むには、それほど高くないとはいえ食事代や、施設の利用費が必要だ。それは父君に工面してもらうつもり?」
「いいえ、働こうと思っております。社会勉強も兼ねて、城下で」
伯爵令嬢という身分の私が働くなんて外聞が悪いかもしれないが、気にしないことにした。どうせ、婚約破棄(正式な婚約はしていないが)される身だ。世間体も何もない。
「マリアンナ! 君が働くなんてとんでもない。心配だよ。それに、君は、王太子妃の最有力候補の伯爵令嬢だ。寮には平民もいる。……こう言っては何だけど、周りが萎縮してしまうのではないかな?」
それは、実は私も懸念していたところだが……殿下はもしかして、私が周りに威張り散らすとでも思っているのだろうか。
――ああ、違う。そうだ、『物語』の中では、確かヒロインは寮に入っていた。殿下は、本当は私ではなくヒロインを心配しているのだ。私のことを考えてくれているのではない。間違えては、だめだ。
「……そうですね。殿下の心配は……尤もだと思います。我儘を申し上げてしまいました。お聞きくださり、ありがとうございました」
説得は失敗した。ヒロインに危害を加えないために、ヒロインに近づいてどうする。なぜそこがすっかり頭から抜けていたのだろう……。
最善策だと思ったのだが、失敗だ。こうなれば国外へ逃亡か? 追いかけられるだろうな……。ちなみにそう思うのは、もちろん、『殿下は私のことが好きだから!』なんて理由ではない。
私がその場から去ろうとすると、殿下に腕を掴まれた。
「待って、さっき言っただろう? 君が家を出ることについては、協力するよ」
「え?」
殿下は、爽やかな笑みを浮かべて言った。
「王城から通えば良い。誰に気兼ねすることもない。父も母もロザリアも喜ぶよ」
「え? でも……」
気兼ねしかしないでしょ。
「残念だが、それ以外は協力できないな。君を寮に住まわせはしない。大丈夫、皆、少し早い王太子妃修行が始まったとでも思ってくれるさ。実際に、そういう前例もあるしね。ああ、マリアンナは着の身着のままで今日から来てくれていいからね。こうなったからには、城と伯爵家に使いを出さなくてはいけないな。今のうちに手配をしておかなくては。ではマリアンナ、授業が終わったら迎えに行くから教室で待っていてくれ」
「え、あ、あの」
ああ、一気に話してもう行ってしまった。さすがに無駄のない動きだ。
どうしてこうなったのだ。
「王太子妃修行だなんて……どうせ、私は選ばないくせに……」
そんなに、監視したいのか。そんなに、信用ならないのか。
――そもそも、私が家を出ると言い出したのは、昨日の事が始まりだった。
お読みいただきありがとうございます。
誤字を訂正いたしました。報告してくださった方、ありがとうございました。




