セミと私
私たちはセミに騙されている。
「セミの命は二週間」誰もがそう噂する。
そうして人々は命短し恋せよ乙女と言わんばかりにセミについて語らいあう。
セミに騙されているとも知らずに。
夏休みが明けてからと言うもの、やれ誰と誰がくっついただの、別れただのミンミンジージー騒いで、挙げ句の果てに一喜一憂しまた同じことを繰り返す。
今も近くの席で「知ってる?山本と錦乃が別れたんだって〜。」「何それ初耳なんだど〜。」「えっ、あんなにラブラブだったのに〜。」とクラスメイトの女子たちが和気藹々と語らっている。そんな彼女たちを見ると段々とため息が私の口から溢れ出てくる。
そんな今の私に「おいメガネ、相変わらず辛気くせえ顔してんな。どうせつまんねえ事でも考えてんだろ?」
そう言ってクラスの人気者の結城が絡んでくる。
私はメガネじゃないと言い返すと結城は「お前からメガネ取ったら何が残るんだよ。」そう言い放った。こいつは失礼な事をいとも簡単に・・・。
「なあそんな事より何か気がつかないか?」結城は自慢げに私にそう言ってきた。
多分夏休みに髪を染めたことに対する反応が欲しいのだろう。おまけに耳にはピアスまで開けていた。
面倒臭い奴。
そこで私はセミの抜け殻のような色だな、などと返すと夏休み前に比べ短く切った自分の髪を逆立て「うっさい!!」と捨て台詞を吐いてどこかに行ってしまった。
これにはさっきまで近くでうるさくしていたクラスメイトも居た堪れない目で結城を見る。私としては少しの罪悪感を覚えつつも私の個をアイデンティティをメガネの一言で済まそうとした結城を許そうとは到底思えなかった。
翌日結城は懲りずに私に話しかけてきた。「お前、メガネは?」結城は驚きの顔をしていた。
私が毎日メガネをして登校していたからだろう。
今日はコンタクトだと返事をすると「そ、そうか・・・コンタクトか。」と言葉を詰まらせた。
それから少し黙って足りないオツムをフル稼働させてから「昨日は悪かった。」などと言ってきた。
私としてはそんなつもりが無かった・・・と言うわけでも無いので鼻で笑ってからその髪の色は似合って無いとアドバイスしてやった。流石の結城も目を泳がせていた。
それからというものクラスメイトのほとんどから冷たい視線を受けつつ日々を過ごしていた。がやはりオツムが弱いのか結城はまたも話しかけてくる。そのせいか少しずつ視線は生温かく変わっていった。おそらく結城の事を懲りない奴だと思ったんだろう。
ある日急に思い出した様に「そんなにセミの抜け殻の様に見えるか?」などと聞いてきた。
少し色落ちした髪は以前の様では無くなっていたがここで自分の意見を曲げるのは良くないと私は思い、見えると答えた。
それを聞いた結城は「もっとマシな例えは無かったのか、何でよりにもよってセミの抜け殻なんだよ!!」と言った。私は丁度その時セミの事を考えていたからと答えると「セミねえ〜。」とまたも足りないオツムを動かし始めた。
「そういやあセミって2週間くらいしか生きられないんだろ?哀れな奴らだよな。そんで生きてる間に鳴き続けて異性にアピールしてさ。中には一生独身の奴もいるんだろうなあ。」それを聞いた私は思った。
結城よお前も十分哀れな奴だと。そんなセミに同情するような結城に私は教えてやった。セミは1ヶ月近く生きることを。すると奴の脳みそはフリーズしたかのようにしばらく虚空を見つめた後「セミに純情を弄ばれた。」と呟いた。
夏休みが明けてから2週間ほど経った頃だろうか。ある日結城は学校を休んだ。体調が悪いと先生が言っていたが多分仮病だろう。結城はそういう奴だ。うるさいセミの声が唐突に消えた。きっと季節の変わり目なんだろうと思った。これから少し涼しくなるかもしれない。
授業も終わり教室を出て廊下を行き下駄箱を抜けると門はすぐそこにあった。何気ない足取りで門を越えると背後から声をかけられた。
「待てよ。」
それは一瞬聞き慣れた声のように感じたが直ぐに考えを改めた。見覚えのない生徒だった。
どちら様で?と尋ねると「嘘だろ!?よく見ろよ!!」と返してきた。
そう言われたのでついいつもの癖で顔を近づけると「ち、近いって!?」と言って相手は顔を赤らめてから少し横に逸らした。
のでよく見るために両手で相手の頬を挟んで顔を正面に向けてやると余計に顔を真っ赤にさせ「ち、近い!!」と叫んだ。
そこで私は正体が結城だと気がついた。やっぱり仮病か。
私は結城に病人がなんの用だ?と聞いた。すると結城は「見りゃわかんだろ。」と言ってきた。
どうやら結城は髪の色を変えたらしかった。
そして「美容院でカラーしてもらったんだ。」などと自慢げに言ってきた。私がメガネをコンタクトに変えたように、やはりセミの抜け殻と言ったことを気にしていたのだろうか。
しかしそんな私の考えとは裏腹に「じゃ、帰ろうぜ。」などと言って機嫌良さそうに私の前を歩き始めた。
私が少し考えていると「早く帰るぞ。」と煽ってきた。
すまない、逆方向だと伝えると「いいから行くぞ。」と言って結城は私の背中に回り、家とは逆方向に両手で押し始めた。しょうがないので私は付き合うことに決めた。
しばらく歩いてると古びた昔ながらの駄菓子屋に着いた。店先にはアイスの入った冷凍庫と色褪せた青いベンチが置いてある。
結城は冷凍庫のドアをスライドさせて中からアイスを二つ取り出した。店内に入って「おばちゃんこれ頂戴!!」とアイスをカウンターに乗せたが暫くすると様子がおかしくカバンの中をひたすら漁り始めた。
見かねた私はポッケから財布を取り出して会計を済ました。
それから表に出てベンチに座って無言で二人してアイスを食べる。
アイスはこんなにも美味しいのに結城は今にも泣きそうな顔をしていた。
私はそれを見て、それから空を見てこう言った。
「その金髪似合ってるよ。」
だがそれを聞いた結城は涙を流した。褒めたつもりだったのに逆効果だったのだろうか?
私にはよく分からなかった。
そして暫くしてから「本当に?」と聞いてきた。
少しウザい。
本当だと答えるとそれから「アイスごめん。」と結城は言った。
私は気にするな奢りだ、と答えると少し機嫌が戻ったのか笑顔で「ありがとう。」とそう言った。
それから、まだ空はどこまでも抜けるように青く空気は熱気を帯びながら微かに風が頬をかすめて行く。
アイスを綺麗に平らげた後、帰ろうと立ち上がると「なあ・・・その・・・春香って呼んでも良いか?」唐突に結城が恥ずかしそうに聞いてきた。
私は構わないと答えると「じゃあさ、その春香も下の名前で呼んでくれて良いからさ。それから・・・・その、なんだ・・・さっきの言葉、もう一回言って欲しい。」恥ずかしそうに、それでも真っ直ぐ私の目を見る。
どこまでも真っ直ぐだった。だから少し心が揺らいで。
「似合ってるよ結城。」
「私、可愛い?」
「はいはい、可愛い可愛い。」
それからそれから、もう秋だと言うのにセミの声を聞いた。