瑠璃の部下達
翌日やってきた瑠璃は、徹夜したのがわかるぼさぼさ姿だった。
綺麗な濃い蜂蜜色の目は淀んでいるし、髪はボサボサだし、服はヨレヨレだし、上着に至っては着て無いし持っても無い。
いつもは結んでいる髪を下ろしているので、ウェーブしている髪によってボリュームが増しており、尚の事ボサボサ感が凄い。
「……瑠璃、大丈夫?」
「……シャワーは浴びた」
「朝から桔梗夫人が殺人をしてたってニュースで持ち切りなんだけど」
「その件について俺はこんな状態になったんだよ。走って追っかけた後に懸垂状態になりながら自分の体必死で持ち上げてぐったりして一人反省会して、どうにか回復したらもうそれらについてやんなきゃならねえし……」
疲れた……、と瑠璃は弱弱しい声で机に突っ伏した。
そんな瑠璃の頭上、机の上にカエルを描いたカプチーノを置く。
「……カエルか」
「ええ、可愛く描けたわ」
「確かに可愛いな……写真撮っても良いか」
「どうぞ」
瑠璃は死んだ目のままスマホを取り出し写真を撮り、カプチーノを一口飲んだ。
「ほぅ……」
安堵したような吐息と共に、張り詰めていた気が緩んだらしくニャーがするりと寄って来る。
ニャーの頭に乘っていたチーも瑠璃の服をよじ登り、胸ポケットの中にすぽんと収まった。
「かわ……え、凄い癒しだな……? このハムスターはお持ち帰りしても良いのか……?」
「決まった場所で糞するよう躾けてあるから、そこ教えれば良い子にしててくれるわよ。ただまあお世話出来るかどうかねえ」
「そうだったここ里親探しも兼ねた場所だったな。そして俺は不定期で仕事がやってくる警察……独り身……」
「お世話してくれる方がお家にいらっしゃるなら良いけど、流石に無理ね。小さい動物は特にしっかり見ておく必要があるもの。普段よりも尿の量が多いかどうかで不調を見抜いたりする必要もあるし、動き方に異常が無いかを見ておく必要もある。瑠璃はその辺り記憶力が良いからすぐ気付けるでしょうけど、普段から見てあげられないと難しいわ」
「こんなにも可愛らしいのに……」
昨夜は桔梗夫人の誘惑にピシャンとコールドな対応だったが、動物の誘惑にはメロメロのようだった。
それともうちの動物達によって既にメロメロだから他の女の誘惑になびかなかった、というパターンだろうか。
まあ単純に桔梗夫人が金目当てで次のターゲット候補として瑠璃を狙っていた為、優れた記憶力から傾向を察して拒絶しただけだろうけれど。
「署にもこういう癒しが欲しい……家でも良い……」
「前もそうだったけど、今回も桔梗夫人の件で忙しいんでしょう? バタバタしてる状態じゃ動物の世話が出来るかどうかわからないから却下でしょうね」
「全くだ……家も同様だしな」
「一人暮らしって言ってたものねえ。アパート?」
「いや、一軒家だな」
胸ポケットに入っているチーの頭を指先で撫でつつ、ぼんやりとメニューを見ながら瑠璃は言う。
「図書館の近く……図書館と病院の間辺りに日本屋敷あるだろ。大き目の」
「あるわね」
「アレが俺の家」
「待って大き過ぎない!?」
ファンブックでも流石に家情報まではわかってなかったのだが、それにしたって家がお屋敷過ぎる。
確かあそこのお屋敷は、奇妙な冒険三部の主人公が住んでいるお屋敷レベルのお屋敷だったはずだ。
まあこの町は金持ちが多くて大きいお屋敷だらけなのだが、それにしたってまさか過ぎた。
「……瑠璃の実家がお金持ちだっていうのは聞いた事があったけど……え、あんなお屋敷に一人暮らし……?」
「時々部下が泊まりに来てついでに掃除を手伝ってくれるが、大半は放置状態だな。掃除も風通しもしてあるが、使ってない部屋ばっかりだ」
あ、だが誤解するなよ。
メニューを置いてカプチーノを飲んだ瑠璃が言う。
「あの屋敷は実家のじゃなく、御爺様……祖父が亡くなった時俺に遺してくれたものだからな。個人所有だ」
「一般人からするとどっちも変わらないと思うけど」
「俺のメンタル的に変わる。あんな実家の脛を齧り続けてると思われたくない」
「実家、嫌いなのね」
「女系だから男の方が立場が弱い。しかも俺は末っ子だからより一層……最近じゃさっさと嫁を取れと母上が喧しいし」
「母上」
「ああ」
意外な呼び方をしている自覚が無いらしい瑠璃は、ハァ、と溜め息を吐いた。
「全く、女は大事にしろと教えたのは母上だろうに、仕事に忙しくて大事に出来る環境に無いと言っても引いてくれなくてな」
ただでさえ仕事が山積みなのに、と瑠璃は愚痴る。
「……面倒臭ぇ……」
「大変ね」
「俺はまだ記憶力があるから多少の無茶ぶりをされてもどうにかなってるが、部下の方にも仕事が行くのがなあ……捌ける数にも限度があるっつーのに上は丸投げしやがるし」
「そんな部下が貴方の後ろに」
「あ?」
私の指の先を見つめ、その向こう側を見る為振り返った瑠璃は目をパチクリさせた。
「……何してやがるお前ら」
「とりあえず一段落したので今来ました! 俺達ももふもふ天国に癒されたいですし!」
敬礼しながら笑顔でそう告げるのは、笑顔すらもわりと怖い印象を抱かせる程に厳つい顔とゴツイ体を持つ杉綿菊。
見た目こそ厳ついが、中身は明るいミーハーで噂や流行りに敏いところがある男だ。
他にも可愛いものが好きだったり甘い物が好きだったり怖いのは苦手で常にお清めの塩を持ってたりと、ギャップを詰め込んだみたいな性格をしている。
「自分と杉綿は小麦粉玉にやられて呻いてたら桔梗夫人と狐仮面のとんでもない修羅場に鉢合わせたものだから尚の事強く癒しを求めているのです!」
やたら大振りな動きをしながら背景に花と羽を散らせている耽美系で宝塚系にも見える美形の彼は、菊章勲。
声が大きく動きもデカイが基本的には紳士的なので女性人気が高く、彼が居るとうちの女性客が色めき立つ。
特にいつも宝塚系のキリッとした顔だったり耽美系のアンニュイ感を纏ってたりするので、可愛らしい笑顔を見せた時には黄色い歓声が響く程。
まあ彼の場合アンニュイな雰囲気纏ってても何頼むか迷ってるだけだったりするので、笑顔の可愛らしさはただの素でレア感も何も無いのだが。
……っていうかうつ伏せてて見えて無かったけど、この二人だったのね、あの時居たの。
「僕は怪盗塩犬を追いかけた結果落とし穴に落ちちゃいましたけど、あそこに残ってたらブリザード直撃の危機な上その後状況を細かく確認されたりで面倒そうだったので、そうならなくて幸せですねー」
呑気にのほほんとした笑みを浮かべてそう言うのは、幸せですね、が口癖の雲雀紫。
のんびりちゃっかりな彼だが、これでも反射速度や対応力が高いので原作でも地味に人気があった。
困っている人を見ると助けずにはいられず、近所のご老人達と大体仲が良くて、休みの日はご老人達の家を見回って電球を変えたり棚を直したりしているとファンブックで明かされた時はファン達がはしゃいでいたものだ。
……まあ、この三人共、ゲームじゃモブ扱いなんだけど。
なので名前もこの世界と混ざって知り合ってから初めて知った。
ファンブックでもそんな細かい裏設定こそあれど、名前は結局無かったわけだし。
「……ま、一段落してるってんなら良いか。あの量は途中で休憩入れねえと気力が持たねえのも事実だろうしな。薊、俺はハンバーガーとカプチーノお代わり。あとお前らの分の支払いもしてやるから席ついて頼め」
「えっ、良いんですか!? いやー悪いですねー俺はカフェラテとパンケーキで! イチゴのヤツでお願いしますあとホイップ多めで!」
「杉綿、全然遠慮する気無いよね……あ、僕はレモンティーとピザを。今日はエビのピザで」
「……自分はほうじ茶を」
「菊章、遠慮すんな」
それぞれ追加の椅子に座ってぽんぽん注文する中、メニューを睨みながら控えめな注文をした勲に、瑠璃は溜め息を吐きながら他二人を見る。
「コイツ等みたいに遠慮無しで好きなの頼め。少なくとも俺の懐はこんな程度じゃ痛まねえよ」
「奢ってくれる素敵な上司のお陰で僕はとっても幸せですね」
「雛菊さんのお陰で俺らもこの店知れたしなー」
にこにこしている二人を見て、背景にひらひらと花びらが散っているような錯覚を覚えさせる美しい顔に遠慮したような表情を浮かべて勲がメニューを指差した。
「……では、その、ほうじ茶ラテ、というものを……」
「ええ。お食事はどうする? 無しでも良いけど」
「…………ホットドッグ、を」
「承りました、っと」
瑠璃がわざわざ言ったのは、勲があまりお金を使うタイプでは無いからだろう。
見た目こそ派手だし紳士的な態度も相まって良家のご子息という風体だが、前に聞いた話曰く、彼の実家はどちらかと言えば貧乏な方らしい。
その為給料の殆どを仕送りしており、あまり外で食事をしたりもしないんだとか。
……実際、瑠璃は常連だから除外としてもこの三人の中で一番来る率低いものね。
ちなみに三人の中で一番来るのは菊だ。
見た目こそ厳つい、本当何度でも言いたくなるくらいには厳ついのだが、動物と触れ合えるし割と色んな人が来るこの店では他のお客が動物に夢中という事もあって人目を気にせず居られるのが良い、と言ってよく来てくれる。
次点で来てくれるのは紫だが、彼は痩せの大食いという事でどちらかというとデカ盛りな店に行く事が多く、顔を出す頻度はそう高くない。
……うちの店もお値段割高とはいえ嵩増しはしてないから平均的な量あるし、大盛りにも出来るけど、それはそれとしてお安く食べれるデカ盛りの店があるならそっちに行くのは当然だわ。
「まずは飲み物を持ってくるからうちの子達でも撫でて待っててちょうだい」
「「「はい!」」」
良い返事をしてくれた三人に微笑み、私はキッチンへと移動した。
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それぞれの注文した品を持って行ったり持って行ってもらったりしつつ他の客の相手をしていれば、菊が動画サイトを見ている音声が聞こえて来た。
「ニュース?」
「わっ、すみませんうるさくて!」
「BGM流してるし、このくらいなら問題無いわ。……桔梗夫人の?」
「はい……」
思い出したように目を細め、いつも以上に人が避けていきそうな顔になった菊は呟く。
「……本当にあの修羅場怖かった……」
「そんなに?」
「菊狐さんは知らないからそう言えるんですよ! しっとりした湿気と熱と冷たい風みたいな第一弾修羅場と、ただひたすらに凍えるしか無かった第二弾修羅場! 小麦粉玉に負けてた俺達には難易度が高過ぎる!」
「ああ、まったくだ。桔梗夫人が雛菊さんに迫るものだからこちらは視線も向けれないしでハラハラしていたら、雛菊さんは驚く程平坦な声で拒絶していたし」
「そしたらその後、狐仮面がいつの間にかやってきて謎の戦いしてますしねー……」
「自分はうっかり見てしまったが、桔梗夫人の方から仕掛けてたぞ」
「そうなの?」
「はい」
知っているけれど問い掛けてみれば、勲は周囲に羽を撒き散らす幻覚を背負いながら頷いた。
キュルル達が居るのであながち幻覚でも無い気がするが。
「桔梗夫人が袖? の辺りから何かを取り出して、狐仮面へ仕掛けたのを見ました。狐仮面はそれを簡単に躱していましたが……何かのスプレーを使用して桔梗夫人を寝かせていて、アレは何だったのか……」
「アニメでよくあるような、眠らせるスプレーとかかしら?」
「確かに創作物の中ならあるが、実際はそう簡単に作れるはずも……どころか所持する事も出来ないと思うんだがなあ」
あの女は色々と謎だ、と顔を顰めた瑠璃は腕を組んで首を傾げる。
「髪や骨格なんかからすると、とにかくお前をスケープゴートにする気満々なのはわかるんだがな」
「ああ、ラノベで前に見た気がするわ。それだと怪盗キャラが自分を追っている探偵の姿になって買い物したりしてたわね。そういう感じ?」
「俺が知るか。知る為にはまず捕まえなきゃなんねえんだよ」
瑠璃はガシガシと結んでいない頭を掻く。
「狐だけに化かす、馬鹿にするのが得意みたいで参ったぜ。怪盗塩犬共々、次こそ捕まえねえとな」
「僕は色々面倒事に巻き込まれずに済んだみたいで幸せですね」
「お前ももうちょい積極的に巻き込まれろ、雲雀。瓢箪を捕まえた時のお前の反応速度を活かせ」
「ええ~……」
困ったように笑う紫だが、わりと余裕なのかピザが既にラスト一切れになっていた。
相変わらず食べるのが早い。
一口一口がそう大きいわけでも無いのにぽんぽん減るので、見ていて不思議な気分になるものだ。
「……一応聞くけれど、お代わりとかって要るかしら?」
「俺は雪ウサギアイスを!」
「そうですね、僕はパフェ……いえ、その前にやっぱりもう一枚ピザを。今度はサラミで」
「……自分はプリンをお願いします」
「俺はコーヒーゼリー」
「はぁーい」
気のいい警察達の食べっぷりは見ていて楽しいので、私は喜んでキッチンへと移動した。
折角だし、色々と迷惑を掛ける側である自覚もあるのでお疲れ様の意も込めて彼らの分のデザートには少し生クリームを増量しておこう。
帰ったらまだお仕事があるようなので、お疲れ様だけじゃなく頑張っての気持ちも含まれるが。