修羅場コールド
午後七時前、沢菜館の一室には桔梗夫人と、彼女を取り囲むようにして警察が配備されていた。
「刑事さん……どうぞよろしくお願いいたしますね。私も、この金の夜空も」
「勿論です」
「うふふ」
しっとりとした紫色がよく似合う桔梗夫人は、パーティドレスのようなワンピースの長い裾を揺らして蠱惑的に微笑む。
「流石は刑事さんですね。頼もしくて、逞しくて……私、ついうっかり惚れてしまいそう」
「そうですか」
「つれないお方ですのね」
ふふ、と桔梗夫人は微笑み、手を後ろで組んで立っている瑠璃の胸に細い手を置き、体重を掛けない程度にもたれかかった。
その手につけられている金の夜空……暗い色合いの宝石を金で彩り繋げた、手甲のような、ベリーダンスで使われるようなブレスレットがしゃらりと鳴る。
「夫を亡くして数か月……全盛期とまではいかずとも、枯れてはいないこの身……若く逞しい殿方相手にときめいてしまうのは、致し方ない事だとは思いませんの?」
「私は職務でここに居るだけですので。怪盗塩犬と狐仮面を捕らえる為、そして貴女の腕を飾る金の夜空を守る為だけに私はここに居ます。色恋沙汰は不得意分野だ」
「初心なところが可愛らしく見える、と言ったら?」
「それのどこに私が応じる義務があるのかわかりません」
「まあ、本当につれないお方」
桔梗夫人はうっそりと微笑み、身を寄せる。
「燃えるような恋も、一夜の夢も……貴方は義務でなさるおつもり?」
「義務でもするつもりはありません。不要ですので。職務を全うするのに必要な事項で無い以上、私はそういう事をするつもりもありません。そもそも貴方は護衛対象であり、それ以外に無い」
「……本当に、そういうつもりがないんですのね。私の事は本当に護衛対象としてしか見ていなくて、その目は金の夜空と私の区別すらついていないかのよう……」
「どちらも護衛対象ですので」
「酷いお方ですこと」
真顔を維持する瑠璃から身を離した桔梗夫人は、鈴が転がるような声でころころと笑った。
「本気で素敵だと思いましたのに」
「そも、この状況下で迫る事自体が異様なのでは。私は部下達が居る前で女にうつつを抜かせる程、鋼鉄の心臓を持っているわけではありません」
「あら、不思議な事を仰いますのね。素敵と思った殿方は、次いつ会えるかわからない以上、ビビッと来た時に迫るべきでしょう? それに本気で私に惹かれたその時は、周囲の目も、そも誰がいるかもわからない程目の前の私にしか意識が向かなくなりますわ」
ス、と桔梗夫人の目が細まる。
「……もっとも、私に対してほんの一瞬でも意識をぐらつかせてはくれませんでしたが」
「職務中ですので」
……本当、真面目だものねえ。
天井裏から瑠璃達のやり取りを眺めつつ、そう思う。
見た目からするとタバコをふかしてサボってそうだが、瑠璃はうちの店の動物達がタバコの臭いをさせているとあまり近付いてくれないと知ってからは禁煙し始めるくらいに真面目だ。
しっかり続いている辺り、流石の自制心と言えよう。
……オンオフの切り替えがハッキリしてる、っていうのもあるかしら。
「それに」
瑠璃は表情を変えないまま、視線を扉の方に向けたままで告げた。
「俺はこれでも実家が無駄に金持ちでしてね。金目当ての女性に言い寄られる事も多いので、そういう迫り方をする女性には心が動かないんですよ」
「…………あら、まあ、それはそれは」
桔梗夫人は愉快そうに口の端を吊り上げ、しかし目は僅かに剣呑な気配を漂わせて細められる。
「それではまるで、私が貴方の実家のお金目当てみたいじゃありませんの」
「そう思わせてしまったのであれば失礼しました。しかし、迫り方が似ていたので」
「うふふ、女性を他の女と比べるような発言はよろしくありませんわよ? 顰蹙を買いかねませんもの……お気をつけくださいまし」
「ええ、肝に銘じさせていただきます」
……さむ……。
室内の空気が凍える程にコールド。
天井裏のこちらまでぶるりと来たので相当だ。
配備されて今までのやり取りの中もしっかり立っていた瑠璃の部下達もガチガチ歯の根が合わなくなっているので相当に気温が下がっている。
別にまだそこまで肌寒い時期じゃないのに。
とりあえず一緒にこっそり居てもらったニャーを抱き寄せて暖を取る。
露出が多い服なので、地肌にふわふわの毛が触れて気持ち良い。
……あ、そろそろね。
「そろそろですね」
瑠璃がそう告げると同時、床のタイルが一か所吹っ飛び、怪盗塩犬が床下からジャンプで飛び出て来た。
着地すると同時、コートの裾と藤色の長い毛先が揺れる。
「怪盗塩犬、金の夜空をいただきに参上した!」
「確保!」
「「「ハッ!」」」
すかさず放たれた瑠璃の指示で警官隊が捕らえようと動くも、怪盗塩犬は小粋なステップを踏みながら迫りくる複数の手を踊るように掻い潜る。
相変わらず逃げるのが上手い。
「金の夜空は……そこか!」
「さあ、どうかしら」
しゃらりと金の夜空を鳴らし、桔梗夫人はほくそ笑む。
「まさか本当に、こんな時に私が自身で身に着けていれば安全で安心……と思っているとでも?」
「……囮か?」
「うふふ、どうでしょう? そうかもしれませんわね? 何が本当かなんて教える気はありませんけれど、警官隊が居るところに、本当に、置くと思いますの?」
私を不当に疑った実績がある警察を信じると? と、桔梗夫人は目を細めて笑う。
「素敵な殿方に惹かれるのは本当。警察という存在を信じているのは嘘。第一、警察の方々が固めている場なんて、ここにあると告げるようなものじゃありませんか。亡き夫の一人が遺してくれた大事な金の夜空を、そうやすやすと盗人に渡すと思いまして?」
「ぐっ……確かに!」
……ああ、火和良ってば素直だから……。
瑠璃もそうだが火和良、というか怪盗塩犬もその辺り素直過ぎるのだ。
納得させられやすい、というか。
「さてどこにあるでしょうね。私の私室でしょうか。コレクションルーム? 書斎の中かも。ああ、私はあまり見た事がありませんが地下室かもしれませんわねえ」
「ぐ、ぬ、うむむ……っ!」
「隙あり!」
「あっぶな!」
顔を顰めて思案する怪盗塩犬の隙を突いて瑠璃が掴みかかるも、怪盗塩犬は曲芸染みた動きでそれを避ける。
「く……っ! ここに居るのは不利か! 他を探す!」
そう言って怪盗塩犬が地面に何かを強く叩きつけると同時、ぼふりと周囲に広がる白い粉。
「煙幕!? 違う、これは……小麦粉!?」
「小麦粉玉だ!」
扉を開けて廊下へ出ていく怪盗塩犬に、瑠璃は二人程を置いて追うよう指示し自身も飛び出す。
残ったのは、小麦粉玉を近くで放たれて噎せており到底追えない様子の警官二名と、服についた小麦粉をパタパタ叩いて取ろうとしている桔梗夫人のみ。
「……それにしても、案外騙されやすいようですわね」
「その腕にあるのが本物の金の夜空なのに、あっさり偽物だと騙された事……かしら?」
「ええ、その通り……っ!?」
天井裏から降りたって相槌を打てば、遅れて気付いたらしい桔梗夫人が慌てたようにこちらへと視線を向ける。
「いつの間に!?」
「今の間に、よ」
……でも、瑠璃なら多分偽物じゃない事に気付いてたでしょうね。
なんせ記憶力が良い上に本物を幾つも見ているので、本物と偽物の区別がつく男だ。
……あ、ただ素直過ぎるからどうかしら。
もしかすると最初に見た時点から偽物だったかも説、によって本気で信じているかもしれない。
彼はアレで色んな可能性を吟味し過ぎるところがあるし。
本物の宝石を使ってはいるが本物はもっと凄まじい代物かもしれない、という発想が出ているかも。
瑠璃の場合、かもしれない運転が物凄いのであり得る。
「それで、金の夜空はいただけるのかしら? 私は別に金の夜空で無くとも……貴方の行いを教えてくれればそれで良いのだけど」
「何の話でしょうか、女狐」
「お前の罪の話よ、妖婦」
目を細めた桔梗夫人にこちらも毅然とした態度で返せば、小麦粉玉によって噎せて這いつくばっていた二人がヒュッと息を呑んだかと思うと必死に息を殺して可能な限り床と並行になろうと努力し始めた。
必死な態度で床に擬態しようとする程の圧だっただろうか。
まあ男性からすると女性二人の修羅場は普通に生存不可能空間になるか。
変にしゃしゃり出ないなら私としてはどちらでも良い。
「罪を犯して奪った金の夜空を大人しく寄越す。もしくは罪を白状する。好きな方を選んで良いのよ?」
「私に何か、罪があるとでも? 私はただ愛しいと思える人に出会えたらアタックするだけ……先立たれて悲しんでいるのは本当ですのに」
「先立たせた、の間違いでしょう」
桔梗夫人の顔から笑みが消えた。
残っているのは、剣呑な睨み。
「……私を、疑っているのですね」
「疑いも何も、事実でしょう? 遺言書を捏造、偽造するだなんてとんでもない悪行だわ。それも親族の方が管理している土地すらも、当主に権限があれば全部貰って、挙句管理出来ないと判断したらあっさり手放す。それで路頭に迷った方は、一体どれだけ居たでしょうね」
「…………夫だった誰かの親族の方、だったりするのでしょうか?」
「残念」
微笑めば、桔梗夫人は鋭い目のまま一瞬で手袋の裾から万年筆を取り出す。
次の一瞬でその万年筆を逆手に構えた桔梗夫人はこちらの顎下、つまり喉に近くて骨が無い柔らかい部分を狙って足を踏み込んで来たが、伸ばされた手首を掴んで軌道をずらし、足払いを仕掛けてコケさせる。
「ぐうっ」
「ホウ酸団子、殺虫剤を沁み込ませたハンカチを仕込んだ枕カバー、入れ過ぎたお醤油にブレーキの故障……細工による暗殺ばかりで、対面での戦いなんてやった事無いんでしょう? 駄目よ、付け焼刃をその場しのぎで仕掛けちゃ。逃げる瞬間には役立つかもしれないけれど、仕掛ける側としてはお粗末過ぎるわ」
おやすみ、と懐から出した小瓶を桔梗夫人の顔に向かってワンプッシュ。
三秒も経たない間に、桔梗夫人は穏やかな寝息を立て始めた。
……貰ってから今日までの数日の間に一回試したけど、本当に凄い効き目ね。
ちなみに試した相手は夜の帰り道で出没した露出狂。
久々に火和良が住み込みをしているバーに行ってお酒を飲んでご機嫌だったところにお粗末な物を見せて来たので、思わずやってしまった。
お陰で即効性だとわかったのは行幸だったが。
……露出狂を何度か見てるせいで、男のブツのサイズがわかるようになっちゃったのが嫌だわ。
金を出してしかるべき店で相手をしてもらえば良いだろうに。
その後の社会的地位やら何やらを失う事前提で何をやっているんだか。
それが良いというクソみたいな性癖のヤツも居るのだろうが、そんな暇があるなら保健所で殺処分される動物の数を減らせるよう動けという話だ。
全くもう、と思いつつ桔梗夫人の手に装着されている金の夜空を回収しておく。
指紋から個人を特定とかが出来ない世界線なので、手袋やら何やらを気にしなくても良いのは楽で良い。
結果的に表面的な治安はともかくとして裏の治安がクソレベルになっているのはどうかと思うが。
「じゃ」
まだ床に擬態し続けている警官二人のそばを通る際、ガンッと強く高下駄で床を蹴りつけておく。
「またあんな空気を味わいたく無いなら、その女はしばらく起こさない事ね。私を追うのは自由だけれど、その女を起こしたところで面倒が増えるだけよ」
そう告げて部屋を出る。
床に擬態している警官二人は女同士の修羅場が発する空気に関して童貞だったようで、追う素振りも無くマナーモードを続けていた。
こちらとしては楽で良いが、警官としては駄目なんじゃないだろうか。
・
それにしても本気で刺さってたら隠蔽とか難しいだろうし、そうなっていたら桔梗夫人はどうしていたんだろうか。
そう思いつつ、廊下を走る。
……まあ、寸止めで脅すくらいのつもりだったかもしれないものね。
「って、あら」
桔梗夫人の部屋が開いていたので覗いてみれば、そこには怪盗塩犬と瑠璃が居た。
他の警官隊はどうなったんだろうか。
……そういえば、途中で何か、落とし穴が幾つかあったような……。
金持ちの家というのはどうしてそういうトラップが豊富なのだろう。
別に良いけど。
それよりも問題は、二人の様子だ。
瑠璃の方は桔梗夫人の物だろう日記の中身を凝視していて、怪盗塩犬はじりじりと距離を取ってどうにか逃げようと目だけで周囲を見渡している。
……あー、そういえばそうだったっけかしら……。
桔梗夫人の回では、ここの日記で瑠璃が桔梗夫人のやってきた事に気付く。
何せご本人が書き記した証拠の品だ。
クトゥルフ神話TRPGなんかで黒幕がよく書いてるような、読まれる前提で書いてるよねみたいな内容の日記。
そこには桔梗夫人が今まで財産目当てに近付いて結婚して遺言書を偽造して暗殺してきた事実が細やかに書き記されている。
何でわざわざ書き記したんだろうとはちょっと思うが、まあ自己顕示欲高そうだったので俺こんなに強いんだぜ日記みたいなものなのかもしれない。
自分は絶対にバレない、という根拠なき自信によるものかもしれないが。
「っ」
こちらに気付いた怪盗塩犬がビクリと身を硬直させた。
……あ、しまったわね。
原作では追って来た桔梗夫人が登場し、怪盗塩犬はやはりソレが本物だと思う! と叫んで桔梗夫人から金の夜空を回収してその勢いのまま桔梗夫人の私室前廊下正面にある窓から逃げ去る。
しかし、今ここに居るのは敵か味方かよくわからない通りすがりの狐仮面。
前門の狐、後門の警察、囲まれているのは塩の犬。
どういう図だろうと一瞬冷静になり掛けるが、まあネーミングセンスが死んでいるのはこの世界の宿命なので致し方なし。
こいこい、と指で怪盗塩犬を呼び寄せる。
「……?」
……本当、素直なのよね……心配になるくらい。
怪訝そうにしながらも素直にのこのこやってきた怪盗塩犬に、つい生温い目を向けてしまった。
この子は本当、自分が怪盗やってる自覚あるんだろうか。
一歳違いなだけなのに凄い年下を相手しているような気分になる。
「これ、貴方のターゲットでしょう? 本物はちゃんと見分けられるようにならなきゃ駄目よ」
「あっ、金の夜空!?」
「何!?」
「おバカ……」
思わずと言ったように叫んだ怪盗塩犬の声に反応して瑠璃がこちらに気付いてしまった。
こういう素直さが良いところだが、今この瞬間は困る。
怪盗塩犬自身も、マズルガードでわかりにくくはなっているがやっべという顔をしているし。
「金の夜空……見せてもらった物と同じだとは思っていたが、さっきのはやっぱり嘘か!」
「そうみたいねえ」
「!」
適当に返しつつ金の夜空を怪盗塩犬に渡し、もう片方の手を後ろに回してこっそり窓を開錠、バァンと強くぶち開ける。
「ぐっ!?」
即座に避けた私、直線状に居なかった怪盗塩犬は問題無かったが、突然開いた事により窓から入ってきた夜の空気が真っすぐに直線状に立っていた瑠璃を襲う。
「私は余裕で逃げれるけど、貴方はどうなの?」
「……!」
小声で告げれば、怪盗塩犬はそのキラキラ輝く鋭い目を見開き、窓枠に身を乗せた。
「ありがとう、狐仮面」
「どういたしまして」
飛び降りて逃げたのを確認し、ほっと一息。
「……随分余裕じゃねえか」
背後からの声に振り返れば、風圧で髪がぐしゃぐしゃになり、苛立ったように眉を吊り上げている瑠璃が居た。
窓から入る風が顔面に直撃した事、怪盗塩犬を取り逃がした事、金の夜空を奪われた事と色々重なって怒りに繋がったらしい。
まあ、ここで捕まる気は無いので怒りの原因は更に増やす事になってしまうのだが。
「…………怪盗塩犬は逃げたみたいね」
「……事情聴取前に一応聞いておいてやるよ。お前は怪盗塩犬の仲間か?」
「あら、事情聴取が出来るような状況になると思ってるの? まあ、捕まるはずがないってわかりきってるから答えてあげても良いんだけど」
言いつつ、瑠璃と向き合いながら窓枠に足を掛けて座るようにする。
このまま後ろに傾けば即座に落ちれる体勢だ。
瑠璃もそれがわかっているからか、いつでも突撃出来るよう下半身に力が籠められる。
……ま、下じゃないんだけどね。
袖で隠した手の中から鉤縄を垂らせば、外で待機していたホーが垂らされた鉤縄を掴んで屋根の上へと引っ掛ける手筈だ。
外開きの窓という事もあって、位置をずらせば縄は窓で隠れてしまう。
「私は怪盗塩犬の仲間じゃないわ。勝手に私が助けてるだけ」
「それを仲間って言うんじゃねえのか?」
「あら、怪盗塩犬からすれば親切なだけのよくわからない狐よ? 私が勝手に助けてるだけで仲間になれるはずないじゃない。別に仲間になる気も無いし」
そう、私はただ勝手にやっているだけ。
好き勝手やっているだけなのだ。
「私はただの通りすがり。怪盗塩犬のやり方に共感したから助ける……それだけよ!」
「待て!」
下に落ちるようにして後ろへ跳べば、即座に反応した瑠璃が勇敢にも窓枠を乗り越えて掴みかかってきた。
しかし残念ながら、こちらには鉤縄がある。
見えないようにする為の微妙な縄のたるみがブランコのような遠心力を生み、見えないよう窓枠の外に引っ掛けられた鉤縄なので自然と窓の真下からずれる。
「んなあっ!?」
真下に落ちるだろう私を捕まえようとしたのだろうが、残念ながら私の軌道は空中でずれた。
一瞬でそれを理解しただろう瑠璃は、このままではただ落ちるだけだと察し窓枠を掴む。
「あら、力持ち」
「ぐぬぬぬぬ……!」
窓枠に片手で捕まって自身の体重分を支えられるとは中々だ。
しかも動きが完全にそのまま室内に戻れそうな筋肉の動き。
……早めに移動した方が良いわね。
そう判断し、高下駄を利用して壁を蹴り上げながら鉤縄を引っ張って素早く屋根上まで到達した。
「それじゃあさようなら刑事さん! ところで助けに鉤縄は要るかしら?」
「要らん! この程度自力で登れる! というか高いところで足を開くな下着が見えたらどうする!」
「普通に立ってるだけなんだけど……」
確かに立ち位置や足の長さ、更に高下駄というのを加えるとその危険性がバリバリあるが、どこまで真面目なんだあの男。
「ま、別に下着くらい見えても良いわ」
「良くないだろうが!」
「だって、下着なんてただの布よ? それがどうして下着の売買だの窃盗だのが起こるのかと言えば持ち主が若いから! そうよ若いから!」
「何だその力強さは!」
「大事なことなのよ若さは!」
若さを保つ為だけに気が狂ってるとしか思えない暴挙を為した有力者の実例くらい、瑠璃だって知っているだろうに。
「実際年老いたらパンチラしててもよっしゃとは思われないでしょう? 寧ろマイナス扱い! 嫌な物見た扱い! 勿論そういうのを好む人も居るかもしれないけど少数派だわ! 大半はやはり、若い女の下着を好むもの!」
「お前今どういう演説してる!? 気が狂ったのか!?」
「つまりこれは今だけのもの! 若い間しか無い希少価値! 今の内だけの価値があるんだから見れる内に見ておきなさい! 少なくとも私は恥ずべき下着なんて履いてないわ! 女は下着まで着飾ってこそだものね!」
「そうなのか!? それで良いのかお前は!? そういうものなのか!? 前代未聞過ぎるぞその態度! 痴女かお前は!?」
「痴女も何も、肌を見せるなら若い内しか出来ないじゃない。年取ったらシミとか色々気になって露出なんてそうそう出来ないんだから、デコルテライン出せるのも腕出せるのもヘソ出せるのも足出せるのも若い今だけの特権よ!」
「ぐぬぬ刑法174条公然わいせつ罪と判断出来そうな言葉だが無理やり見せてきているわけでも無い以上立ち位置的に俺の方が痴漢扱いされそうでどうすれば良いんだ……!」
「普通にさっさと懸垂の応用で窓まで上がれば良いでしょ。この会話で体力消耗しただろうからそこから追いかけたりは出来ないでしょうけど。じゃ、バーイ」
「待てまさか今の会話全部俺の意識逸らして懸垂状態を維持させる事で無駄に体力消費させる為だけのものか!? おいこら待てっうおあっぶな!」
下の方でうっかり手が滑りかけて危ない感じになっているが、まあ三階から落ちるくらいは瑠璃も平気だろう。
異様な程幸運値が高い男だし。
そう思いつつ、瑠璃の叫びをBGMに屋根の上を走って向こう側へと行き、鉤縄を近くの木に引っ掛けてさっさか逃げる。
明日からは桔梗夫人のニュースで持ち切りになる事だろう。