7.祖父との外食
木曜日、弥生に昼食を玲達と食べる、とそれとなく伝えた。
ついでに明日の予定を聞かれ、祖父と外で外食するのだとも話した。
どうやら一緒に遊びたかったようなので来週にでも誘って、と軽く提案しておいた。
何だかんだ弥生はよく付き合ってくれるなと思う。
また同じ4人で屋上で食事をし、帰宅時は玲が付き添ってくれた。
そして金曜日。
昼食を食べ、今日の付き添いは波音だった。
「ふうん、貴女の家ってこっち側だったのね」
波音の最初の感想が、これだった。
学校を挟んで『安月大原』には大きな家が立ち並び、玲達が住んでいる。
一方反対側は『柳ヶ丘』という新興住宅街になっており、私の家がある。
波音の家もどうやら安月大原にあるらしい。
「水鏡さんは生徒の家の場所も把握していると思ってました」
「さすがにそこまで人のプライバシー詮索しないわよ。仕事で支障があった時に調べる程度よ」
波音の唇がつまらなそうに突き出して、軽く不機嫌そうになる。
「そうなんですね。なんだか毎日お仕事があって忙しそうですね」
ぴたりと波音の足が止まり、体ごと日和へ向く。
「――ねえ、そういうの、やめましょ?」
「え?」
「私の事は波音で良いわ。私も、貴女を名前で呼んでいいかしら?」
ギリギリ肩につく短い髪を手で後ろに流し、なかなか高圧的な態度を取る波音。
だが、これがどうやら普通の彼女らしい。
「…うん。じゃあ…波音、よろしく」
「ええ。よろしく、日和。喋り方も普通に崩していいわよ」
「波音はそれが普通なの?」
互いに歩き出し、ちらりと視線を向けると波音は下に向けていた目線を正面に向け、口を開いた。
「…そうね、お母様からの教養として話していたらこっちの方が染み付いてしまったわね。水鏡の家にいる以上、私はこの形を崩すつもりは一切ないわ」
『お母様』
それだけで、波音の家がどれだけ敷居の高い家なのかと想像してしまう。
「そっか。波音の家も大変そうだね」
「この仕事を続ける為なら何も惜しまないわ。……ところで、今日は帰宅してから用事はあるのかしら?」
波音がこちらを向いて、視線が合う。
脳にちらっと玲が浮かんで、大変な事を思い出してしまった。
「――あっ、兄さんに今日の予定伝えてない…!えっと、後でおじいちゃんと外で食べる約束があって…」
「…いつも伝えていたのね。場所は?」
少し、波音の眉が訝しげに下がる。
「天ぷら食べるって話をしたけど…どこだろう」
「まぁ、分かったわ。何かあったら連絡なさい。道中気をつけるのよ」
「う、うん…」
波音の言葉に頷くと「そろそろかしら?」と言われ、振り向くといつの間にか家が目の前見えていた。
「ごめんね、ありがとう」
「…それ毎回言ってるの?友人同士で帰るのに理由は要らないでしょ。それじゃ、また明日ね」
「うん、また明日」
さらりと『友人』と言ってくれるあたりに波音の根は優しいのだと少し感じた。
日和は家に入り「ただいま」と声を上げた。
「ああ、日和ちゃんおかえり」
祖父がにこりと笑って居間から出てきた。
既に、外出用の衣服に着替えている。
「おじいちゃん早いね。私も今から着替えてくるね」
「ゆっくりでいいからね」
2階へあがり、鞄を片付け衣服に着替える。
制服を片付け、浅緋色のチェック柄ワンピースを着て部屋を出る。
髪は簡単にゴムで結って首から横に流した。
弥生が見るととても五月蠅いだろうな、と感じたが興味はこれっぽっちも沸かない。
「お待たせ、おじいちゃん」
「大丈夫だよ、日和ちゃん。さて…商店街のあたりまで行こうと思うけど…良いかな?」
「うん、大丈夫だよ」
にこりと日和は笑い、二人で家を出る。
日和は鍵をしっかりとかけ、スカートのポケットに入れた。
家から商店街までは歩いて20分ほどかかるが、おじいちゃんはそんな事一切気に留めず歩いている。
そして日和自身も一切気にすることなく、一緒に歩いた。
商店街は神流川という市内では一番大きな川の先にある。
神流川大橋を渡り、商店街の入り口が見える手前を一本横の道に逸れ、二人は歩いていく。
アーケードになった商店街の裏路地にも店が沢山並んでいる。
「あった、ここだよ」
祖父はにこりと笑いながら少し歩いた先、幟が上がった店を指差した。
店内はそこそこに人が入っていて、丁度正面に空いたカウンター席を二人で並んで座る。
祖父はこちらを向いて、何やら嬉しそうな顔をしている。
「…どうしたの?おじいちゃん」
「いや…日和ちゃんは大きくなったな、と思ってね。友達は増えたかい?」
「んー…どうだろ。兄さんの友達…?の…一緒に行動してる人たちとは話すようにはなった」
波音や竜牙をぼんやりと思い浮かべながら日和は答える。
それでも十分だったようで、祖父は「そうか、そうか」と頷いてくれている。
「あ、それでも…この前みたいなのやめてね。お父さんのこともあるのに、おじいちゃんまで居なくなったら私がどうしたら良いか、わかんないから」
「ははは、そうだね。頑張るよ」
祖父は朗らかに笑い飛ばしているが、どうにも不安が拭えなかった。
先ほどの波音の言葉がちらつき、頼ろう、と心の中で誓うことになった。
「いただきます」
「いただきます」
目の前に出来立ての天ぷらとご飯、味噌汁が並び、日和は食べ始める。
動きのない祖父に思わず声をかけた。
「…どうしたの?おじいちゃん」
「なんでもないよ。せっかくの出来立てだから食べようか」
にこりと微笑む祖父が若干気になりながら、一緒に食べた。
この時既に、生徒手帳に挟まれた羽根が染まりかけることなど、一切気付くことはなかった。