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神命迷宮  作者: 雪鐘
女王編

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77.合成異核混合体

「――日和ちゃん!」


 学校を出た日和はいつものように校門へ向かって歩いていると久しぶりに聞く声が後ろからかかった。

振り向けば玲が駆け足で近寄り、隣へと並んだ。


「…兄さん」

「なんだか久しぶりだね。元気だった?」


 玲はにこりと微笑んでいる。

その姿はいつもと変わらないように見えたが久しぶりに会ったからだろうか、なんとなく少し痩せた様にも映る。


「……兄さんは…疲れてる?」


 思った事は正直に口に出る日和だ。

玲は驚いたように目を見開くと、頭に手を当てて笑う。


「あー…分かる?朝方まで師隼の屋敷に居たんだ。今日は途中から学校に来てたんだよ」

「……波音の世話してたの?」

「…うん。傷は治ったよ。でも、まだ寝たまま。かなり深いから、起きるまでには時間がかかるって」


 玲の眉が落ち、日和も気分が下がった。

だからと言って術士の邪魔をしてはいけないともラニアは言っていた。

それが、なんだか歯がゆい。


「そ、か…。私は…遠くから波音が元気になるよう祈ってるね。だから兄さんも、無理しないで」


 以前の日和からは出なかっただろう言葉に、玲はくすりと笑い「分かった」と頷く。

自分の事だけで精一杯、自分の中だけで生きていた妹はいつの間にか周囲に気を向ける様になっていた。

それだけで玲は少しでも安心できる。


「そうだ、日和ちゃん。これを…持っててくれないかな」


 玲はポケットから円柱型で彫り物のされたペンダントを取り出し、日和に渡す。


「…これは?」

「これはお守り。多分日和ちゃんが強い気持ちを持った時、呼応してくれるはずだよ」

「……うん、ありがとう」


 日和はにこりと、素の笑顔でペンダントを受け取ると首にかける。

その様子を確認した玲だが、校門の少し先でちりっと何かが干渉した感覚がした。


「…おや、日和ちゃんのお迎えだね」

「え?」


 校門の前に和装の男が来ていた。

いつもは寄りかかった姿を見せていたが、竜牙は珍しく門の前に立っていた。


「…玲、体は大丈夫なのか?」

「やあ竜牙、僕ならこの通りだよ。僕からすれば逆に竜牙も心配だけどね」

「私は…休ませてもらったし、問題は無い。…早めに帰るぞ」


 竜牙は浮かない顔をしていたが、くるりと身を反転させるとそのまま歩き出した。

いつもは二人で歩く帰り道だが今日は珍しく竜牙と日和、玲の3人で帰ることになった。

寧ろこの組み合わせでは初めてではないだろうか。


(…皆、疲れてる…。一体何があったんだろう…)


 竜牙も玲も表情はどこか暗く、重い。

日和の知らない所で術士が戦っているのだと犇々(ひしひし)感じる。

師隼の屋敷から離れた事で竜牙経由くらいでないと術士の情報は届かない。

それでも、今までになかったことが起こっているのだとなんとなく想像ついた。


――助けて。

「…え?」


 自分は見ている事しか出来ない苦しさに落ち込んでいると、一瞬誰かの声が聞こえた。


「…どうしたの、日和ちゃん?」

「なんか…声が…」

「…声?」


 玲と竜牙は何も気づいていないように顔を見合わせ、訝しむ。

幻聴だっただろうか。

日和は不思議そうに首を傾げる。


――苦しい。寒い。

「…こっちから、声が…ん?」


 また違う声が聞こえた。だが聞こえた方向が分からない。


「日和、どうし――」

――殺す。殺す。殺す。殺す。

「――っ!!」


 憎しみを込めた声が響いて背中に悪寒が走り、全身が震えあがった。

その声は、頭に直接響いた。

直接響くけど、どこかから叫んでいるようにも感じる。


「ひ、日和ちゃん!?」

「な、なんか分からないけど…こっち――!!」

「――おい、日和!」


 日和はなんとなくで声の居場所を特定し、走り出す。

場所は安月大原の住宅街からだ。

竜牙と玲は突然走り出した日和の背を追いかける。


――痛い。助けて。死ね。


 いくつもの声が同時に喋っている。

普通じゃない、妖の声ではない。


――苦しい。辛い。悲しい。


 まるで呪詛のような、悲痛な訴えのような、怨念に近い何かが近くにいる。

あの十字路の先を曲がったところに、いる。


――殺してくれ。

「っ……!!」


 十字路に立った日和は目線を向け、ひゅっ、と息を飲んだ。

竜牙と玲が追いかけ、同じく日和の見た先で言葉が詰まった。


「な…んだ、こいつは……!!」


 十字路の先に突然現れた、全てが白い()()は不気味な姿をしていた。

蝙蝠の様な翅と鷹や鳶の様な大きな翼を対に持ち、爬虫類の皮や魚類の鱗、鳥獣の羽や毛が入り混じった肌、山羊のような太く立派な角は後ろに流れ、綺麗な渦を描いている。

確かカラパイアといった生き物がそんな角を持っていなかっただろうか。

 一体いくつの動物を混ぜればそんな姿に辿りつくのか分からない程に様々なものが継ぎ接ぎとなり、おどろおどろしい見た目の妖になるのか。

完全に自然に生まれた物ではあり得ない姿が、そこにあった。

まさしく<異核混合体(キメラ)>だ。


「――っ!」


 身体の至る所に走った線が開き、いくつもの黒い眼に真っ赤な瞳がぎょろりと術士に向く。


「な……に、これ…」


 目が合うだけで気持ち悪い汗と圧力、恐怖と死のイメージが刻み込まれる。

強い恐怖感を煽られ体が震えた。


「…日和ちゃんは、急いで離れて」


 後ろを見ることなく玲は言い放つ。


「で、も……!!」

「日和、流石に今回は…守れない」


 立ち(すく)む日和に竜牙ははっきりと言う。


「――玲さん!!竜牙さん!!」


 同じタイミングでもう一人の術士が飛んできた。


「夏樹!日和ちゃんをお願い!」

「――分かりました、すぐ戻ります!!」

「えっ、夏樹く――」


 現れた夏樹は急いで日和の手を取ると、そのまま風と共にその場を離れる。

残った玲と竜牙がじわりと嫌な汗を感じながら、先に玲が口を開いた。


「……竜牙、どう戦うつもり?」

「分からない。ただ…生きていればいいな」

「絶望的だね…」


 玲は弓を構え、竜牙は槍を握りしめる。


「――いくぞ」


 そして地面を蹴り、いくつもの石の礫を飛ばす。


「――射る!」


 地面を割り、巨大な化け物の姿勢が崩れた所で水の矢と石の礫が体にいくつも刺さる。

形の相容れない翼がバサバサと大きく音を立て羽ばたき、巨体が持ち上がると周囲に風が巻き起こった。

竜牙の放った石の礫が巻き上げられ、玲と竜牙を目掛けて飛ばされる。


ごつ、ごつ、ごつ――


「竜牙危ない!――咲栂!!」


 こぶし大の礫が地面や周囲に飛んでいく内の一つが竜牙目掛けて飛んでくるのを、玲の水が勢いで他方向へ飛ばす。

同時に玲は咲栂へ憑依換装し、玲が放った水は咲栂により一瞬にして凍りついて巨大な氷が空中に生まれた。


「――ふっ!!」


 竜牙は槍を力ずくで振り降し、巨大な氷を叩き壊す。

がらがらと細かくなり竜牙とそう変わらない大きさに砕けた氷を、地面から生やした石柱で飛ばして妖にぶつけた。


「グオォォォ…!!」


 氷の重みと勢いでぐしゃりと気持ち悪い音を立てて妖の頭が潰れる。

象の頭のような顔面は半分がへこみ、氷はごろりと転がった。

竜牙はすかさず胴に先の尖った石柱を地面から突き上げる。


「……っ!!」


 しかし石柱の先はひびが入り、ばきりと折れる音がした。

上半身を象のように持ち上げた体の胴にはアルマジロのような固そうな鎧があって、簡単にダメージを受けてはくれなそうだ。

 竜牙が苦い顔をしてしると、めき、めき、と音を立てる。

虫酸が走る、悍ましい現象が竜牙と咲栂の前で起こった。

巨大な妖のへこんだ顔が形変わって()()していくのだ。

それを咲栂は奇異と嫌悪の目で凝視した。


「――な、再生したじゃと!?なんと趣味の悪い…っ!」


 へこんだ顔面は新たな顔を作りだし、その部分だけが狼のように毛むくじゃらで獰猛な目をした動物に変わる。


「姿が変わっても同じぞ…!」


 あまりにもあり得ない光景に咲栂は否定をするように氷の槍を3本、強い衝撃で突き立てた。


「グオアァァァ!!!」


 赤い瞳がまたぎょろりと動いて、全ての目が咲栂に向く。

そして上半身を地面に叩きつけ、地響きのような音と共に強い振動が周囲に響いた。


「咲栂!!」


 竜牙は急ぎ自分と咲栂の足元に石柱を出し、空へ避難する。


「――竜牙さん!咲栂様!!」


 空へ浮いた二つの体を風が攫い、少し離れた場所へ飛ばされ着地させる。

先ほど日和を連れて行った夏樹が戻ってきていた。


「夏樹、助かった」

「いえ、アイツはどうするんですか?」

「打撃は無理じゃ。刺すか斬るか…どちらにしてもこのままでは倒せんぞ?」

「くっ、波音が居ればもう少し方法があるかもしれないが…」


 生憎波音は師隼の屋敷で療養中だ。

寧ろこれは図っていたのかもしれない。

攻撃は通るが再生される。

無理に通せば脳筋で無茶苦茶な攻撃が返ってくる。

 竜牙も玲も倒し方が分からず目の前の異常事態とも言える化け物のような姿の妖に、合流したばかりの夏樹ですら焦りが募っていく。

それを、二軒ほど離れた家屋の屋根から覗かせる姿があった。

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