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神命迷宮  作者: 雪鐘
女王編

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62.お盆の竜牙と玲

「……竜牙、日和ちゃんは?」


 日和を波音に攫われ、先に屋敷内をうろついていた竜牙は玲に呼び止められた。


「…波音が連れ去ったが、日和に用事か?」

「……ううん、竜牙に用事」

「俺…?」


 師隼の屋敷は以前に使用人を全員解雇したことがあり、空いている部屋が多い。

その内の、近くの空部屋に玲と竜牙は入った。


「…竜牙は、日和ちゃんが好きなの?」

「突然何を聞くかと思えば」


 真顔で聞いてくる玲に、そもそも式と人間で恋愛関係すらなれないだろうに、と竜牙はため息をつく。

式神でなくとも既に死んでいる身だ。

こんな人間とも言えない中途半端な存在と恋をしたって苦しむだけなのは目に見えている。


「そもそも今はそれどころじゃないだろう。昨日、師隼に会った」


 少し苛立ちの声を出す竜牙を玲は不安そうに見つめてくる。

そんな事よりもいまは伝えておかないといけないことがある。


「金詰日和の祖父を食い殺した妖、それから先日現れた妖からは日和の母親を殺した記憶が見られた。…そしてお前が今まで日和を護衛していた時に倒した妖…どれも無理やり強化された痕があるらしい」


 日和の指輪の件から数日、調べて分かったことがいくつもあった。

逆転するように、今度は玲の表情が苛立ったように目に力が籠る。


「共通点がある…って事?」

「ああ、そうだ」

「…それが、何になるの?」

「俺達は、女王に踊らされている。女王の意図で強くさせられている」

「……!!」


 玲は絶句し、じろりと険しい目が竜牙へ向いた


「つまり隆幸さんは、狙って殺されたって事?母親だっていつの間に…!」

「…家に連れてきた日の夜だ」

「そんな前から!?知ってて隠していたのか、竜牙!」


 玲の手が竜牙の胸倉を掴み、互いの顔が近くなる。

玲から漏れる息が肌を触った。


「…狐面からの連絡が入ったからな。師隼にも連絡は来ている」

「だからって…!どうして言わなかったんだ!日和ちゃんは知ってるの?」

「言って、どうなる?祖父が亡くなってすぐだった。日和にだって言える訳がないだろう」


 竜牙の冷ややかな目が玲に向き、ゆるりと胸倉を掴む手が弱くなった。

竜牙はそれを手で払うと、玲はそれきり大人しくなった。


「……肉親ではないが、日和に残された家族はお前だけだ」

「僕は…」

「和音みこが女王として現れた。日和の誕生日も2か月近い。お前は…覚悟が出来ているか?」

「そんな、覚悟だなんて…」


 ふぅ、と竜牙は小さく息をつく。


「必要だろう。相手は金詰蛍を食べた化け物で、日和の身近な人間を3人も消している。

 今までにも様々な妖や女王を送り込んで、俺達は意図的に戦わされてきた。それでも今の俺達なんて、きっと敵じゃないと思っているぞ」

「日和ちゃんを食べる為にわざわざ13年も待って、僕達を強くして何が目的だって言うんだ。僕達を強くする意味なんて無いだろ…。日和ちゃんの身近な人間を狙うのだって…」

「……女王が、女王の意志だけで動いているとは思えないのは確かだ」

「それって……」


 竜牙の言葉に玲の中で信じられない、信じたくない発想が浮かんだ。

少なくとも、日和に対して強い気持ちを抱えた女王級の妖がもう1体いる…――玲の表情が苦悩で満ちる。


「だが、今の日和を見れば分かるだろう。少なくとも俺達を超えた術士になるのは見えているし、誕生日まで待つ価値はある…。問題の女王が、何を望むか…だな」


 不本意だが、認めざるを得ない。

竜牙の表情は苦虫を噛みつぶしたように歪む。

 妖にとっては絶好の餌、術士にとっては期待と希望に溢れた存在になるだろう。

それ程に彼女の素質が高く、今でも成長を続けている。

玲が倒した中には素で彼女を食べたがった個体だっているはずだ。


「日和ちゃんをそっとしてあげたいのに…」


 玲の落胆ぶりが酷い。

それほど様子を見てやりたいのか、何かの感情移入か。

目に手を当ててすっかり俯いている。

元々ひっくるめて背負うタイプだ。

釘を刺しておかねばなるまい、と竜牙の口が開いた。


「玲、お前はやはり極端に考えやすい。忘れるな、日和に一番近いのは間違いなくお前だ。日和の支えになってやってくれ」


 玲は溜まったものを吐き出すように、大きなため息をつく。

そして顔を上げて、力なく笑みを向ける。


「今更な事を言うね。…そうか、僕がこんなだと日和ちゃんも困るよね…。ごめん」


 静かに笑う玲はでも、と言葉を続ける。


「でも、日和ちゃんを支えるのは…もう僕じゃない。竜牙、君に任せたいんだ」

「…前も言っていたな。何故?」

「それは……実は、もう限界が近いんだ。落ち始めてる」


 怪訝な顔で竜牙は玲を見る。

しかし玲は一つの言葉を飲み、いつもの爽やかな笑顔を見せて、言葉を続ける。


「今年に入ってから日和ちゃんの力すら取れなくなった。咲栂の制御すら難しい時がある。…咲栂は気にしてくれているみたいだけどね」

「そんなに、酷いのか」

「頑張って今年いっぱいだよ。でもまあ、日和ちゃんが一通り落ち着くまでは頑張るつもりだから」

「……強くは咎めない。だが…」

「竜牙は自分の家だけでなく周りにも優しいのが羨ましいよ」


 竜牙の言葉を遮り、玲は竜牙を見て微笑む。

その笑みは翳りを見せて、玲の中の黒い物が色濃く見える。


「…お前はいつもニコニコと笑ってはいるが、そういう奴だよな…」


 はあ、とため息と共に竜牙は諦めの表情を見せる。

それを見た玲はにこりと笑った。


「竜牙に話したい事、流れで言っちゃったからいいや。――そういえば」


 玲の笑顔が崩れ、竜牙を真っ直ぐ見る。


「――竜牙、いつから一人称が『俺』になったの?」

「……っ!?」




***

 全く気づいていなかった。

確かに以前は『私』と言っていた筈で、正也は『俺』と言っていた。

いつの間に、『俺』に統一されていたのか。

小さな問題かもしれない。

だが、小さい問題に感じられないのは――。


「……正也、起きているか?」

(……)

「正也…?」

(……眠たい)


 ぼそりと呟いた主の声が、消え入りそうだった。


「――おい、寝るな!」

「…竜牙?」


 焦りを感じ、声を荒げてしまった。

玲が去り、誰も居なくなったと思った部屋にひょっこりと一人、顔を出した。


「…日和、どうしてここに」

「えっと…皆の所に居るのかなと思ったんですけど、見当たらなくて…探してました」


 金詰日和はにこりと微笑んでいる。


「た、竜牙に渡したい物があって……い、今、良いですか?」

「え――あ、ああ…」


 何故か恥ずかしそうにして、立っている。

焦っていた分もあり、俺は混乱していた。

待ってくれ、俺は今――どっちだ?


「その…指輪購入した日なんですけど、これを竜牙にと思って買ったんです」


 薄い袋を差し出された。

受け取ると、中身も本当に薄い。


「……開けていいのか?」


 日和はこくりと頷いた。

中を開けると、和柄のハンカチが入っていた。


「その…いつもお世話になっているので…ひ、日頃の感謝の、プレゼント…です」


 日和の顔はほんのりと赤く、照れているのが分かる。


「あ、ありが――」

「――あっ、ちょっと待って!」


 突然日和が声を上げて、ハンカチの端を握る。

そして、目を瞑り手に力を込めだした。


「……何を、しているんだ?」

「いつも竜牙は無理をしているので、お守りです。竜牙が無茶をしない様に、ちゃんと休んで、ちゃんと戦えるように。今、祈りました」


 日和の意外な行動に面食らう。

日和がそういうことを考えているとは、思ってもみなかった。

そして――。


「…ああ、ありがとう」


 ――ハンカチごしに術士の力とは違う、強い力を感じた。

どうやらこのハンカチは名前だけではない、正真正銘のお守りに変わったらしい。

思わず、心の奥底から笑いが込み上げてきた。


「ふ…、大切に使わせてもらう。もう少し、頑張れそうだ」


 こちらが危なくなると、この娘は直ぐに助けに来てくれる。

そういえば、最初だってそうやって出会いに来た娘だった。

底を尽きかけた力がハンカチから溢れ出てきて、足りない分が補われていく感覚がする。


「……竜牙、ですよね?」

「え?」

「今まで…竜牙なのか、置野君なのか…分からなかったんです。でも最近はもっと分からなくて…でも、今日は分かりました」


 日和はにっこりと笑う。

知ってか知らずか、日和も気づいていたらしい。

だから――話す事にした。


「……そうか、心配をかけた。実は…丁度お前と会う日、私は女王の呪いを受けていて…どうやら女王を倒さないと憑依換装が解けないらしい。今までそれを、黙っていた」

「そう、なんですね…」

「だから、それまではこのままだ。だが、最近呪いが進行して正也との魂が混ざり出していた。もう少しでどちらかが消えるところだったようだ」

「そんな…消えたら駄目です!今は大丈夫なんですか?」


 日和だって十分な心配性だ、そう言いたくなるほどに悲痛な表情を向けてくる。

呪いが進行したのはきっと、師隼が"解呪"と言っていた、一つ枷を外したからだ。

少しずつ時間が近づいている。

今になってやっと、何故師隼が呪いを解きにきたのか分かった。


「ああ、お前のハンカチが十分なお守りになりそうだ。ありがとう」

「……いえ、あの……呪いが解けたら、二人が揃った姿を見たいです」

「……ああ、そうだな」


 不安な表情を隠すように、日和は微笑む。

残り時間が少ないのは、何も女王の呪いだけではない。

私に残された時間はもう、少ないらしい。

名残惜しい気持ちを作らないよう、笑ってみせた。

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