559.二人の分かれ道
昭勇大源は此花と、一緒に近くまで来ていた狐面と共に、八乙女静は風琉が連れ添うように神宮寺家へと、それぞれ連れられた。
今現在この二人をくっつけておくべきではない、そう判断して正也と日和で神宮寺家へ。
それから神宮寺家に保護される大源と静、それぞれ二人から話を聞いて……今は置野家へと正也と日和は帰ってきた。
「昭勇さんは、自分が術士として居られる自信がないみたいですね。妖とお喋りできるという力があるのはとても素敵だと思います。でも、術士としても異質であるから、あまり良いように思われていないようですね…」
「大源の力は、まだまだ途上みたい。篠崎では普通に出るような妖相手じゃ話も聞いてくれないから、結局足手纏いになってしまうって話は既に聞いてる」
「そうですか…。ちなみに静さんはこれまで強い術士を目指し、強い術士として存在してきたつもりのようです。なのに、百鬼夜行に巻き込まれてしまった…それがとても辛い記憶になってしまっているようですね…」
「それは……朔――東京の宗家が成熟してきた妖を討伐するにも程々の技量が必要で、術士自身はある程度の技量を超えるとプライドを持つようになるって言ってた。東北の術士は結構そういう人たちが多くて、ここだともう協力して戦わないと勝てない部類ばっかりだから、一人で術士活動をする限界点が東北なんじゃないかって話を聞いた気がする」
「そうなのですね。ちなみに静さんの主張では、その百鬼夜行に巻き込まれた中に昭勇さんが居たため、更に苛立ちが収まらなかったと……」
「大源は、東北では弱い術士という扱いを受けていたんだ。戦わず、話をすることで討伐をする術士だから、そういう感じでも見られていたんだと思う」
「なるほど……」
昭勇大源が持つ力は本人が言う程悪い力ではない。
寧ろ意思があり、妖の感情を理解できる唯一の術士だ。
これは今まで術士と対峙し、対話してきた日和の手法に最も近い。
それでいて妖を満足させて霧散させることができる。
この力がもっと沢山広がれば妖討伐が常に危険の付きまとうものではなくなるだろう。
本来ならば大切にされてもいい筈の力が、戦うことが主流であるために不憫な扱いを受けてしまっている。
その現状を八乙女静が体現させてしまっている事実に、日和も正也も頭を悩ませた。
「まずは意識改革から、になってしまいそうですね……でも東北の術士皆さんの意識なんて簡単には変えられません…」
「今の現状じゃ、大源を東北には帰せない。せめて東京で保護して貰わないと……」
「昭勇さんに関しては兄さんに、お願いしてみましょう。あとは静さんですが……」
「……実は、一人術士意識を変えさせてる人はいる。師隼が率先して動いてるみたいだけど、静も頼んでみた方が良いかな…」
「師隼にお任せするのは申し訳ないですが、お願いするのも手、なのかもしれませんね…。それにしても、もう一人…?」
まだその時を迎えていないとはいえ、すでに引退宣言をし、隠居生活を始めている師隼の姿が脳裏に浮かび、日和は苦い顔を見せる。
それから日和の浮かんだ疑問に正也は小さく頷いた。
「一人、俺達の手ではどうしようもないくらい手の施しようがない人が居るから…預かった時点ですぐにお願いしてる。島根の術士で、俺は……あんまり好きじゃない」
基本好き嫌いを言わない正也を、日和は珍しく思った。
島根といえば、正也が全国を回ったルートで言えば大阪と四国の間。
大阪へ行った後に攫われたと言っていたので、この術士が影響をしていることは容易に想像がついた。
「もしかして、『術士至上主義』という…?」
「うん、そう」
その団体を、正也は確か"カルト教団"だと揶揄していただろうか。
だが、話を聞いていても妖の印象を悪くし、術士を神のように崇めるのは間違っていると思う。
それは師隼が『術士は神でもないし、人の上に立つ存在ではない』と正也や波音達に伝えてきたからだろうか。
あくまで他の力を持たない『一般人』と対等であるという教え、特別の力を持っていたとしても学校へ行き、同じように生活させるのは、普通の人達となんら変わらないという証明でもある……そんな風に思っていた。
それとも師隼が神という存在でもあり、その差異を理解しているからこその教えなのだろうか。
どれにしてもその意識を変えるのは、日和でも、正也でも、容易ではないだろう。
一つの算盤を弾いた日和は小さく頷く。
「……そう、ですか。えっと…じゃあ静さんは、一緒にお願いしますか…?」
「じゃあ…二人については師隼と紫苑に相談しよう」
「そうですね」
***
翌日、学校を終えた正也は昭勇大源と八乙女静の様子を見に神宮寺家へと向かった。
神宮寺家には既に花園美南を連れた日和が待機している。
術士達や狐面、そして術士と携わるようになった生活に慣れていく為、そして美南自身の安全も含まれている。
「……二人のことで、色々と伝えることがある」
「何よ、伝えたいことって。昭勇大源と一緒じゃないとだめなの?」
「一体なにがあったの?」
「……そういうところ。これは、俺達ではどうにもならないから。二人は上が決める指示に従って」
「……」「……」
合流して早々、正也の言葉に大源と静は顔を見合わせ、互いに苦い表情を見せる。
それから真っ直ぐに執務室へと向かい、扉を開けばそこには紫苑と師隼、そして美南と別れた日和が立っている。
紫苑と師隼は正也が連れてきた二人に気が付くとそれぞれ立ち上がった。
「彼が昭勇大源君、それからこちらが八乙女静さん、でいい?」
「うん」
声をかける紫苑に正也は頷く。
案内された昭勇大源と八乙女静の表情は引き締まって固まった。
紫苑と師隼は互いに顔を見合わせ、紫苑が頷く。
そして大源に向けて口を開いた。
「二人の話は報告を受けているから省くね。早速本題に入るけど、まずは……昭勇大源君。君は、今後どうしたい?」
「え?」
「最低限希望には沿いたいからさ。地元に帰りたい?術士として活動したい?それとも、篠崎で過ごしてきて…違うものでも湧いた?」
「あ……まあ、術士…あんまり術士って実感無ぇげども、やっぱ妖のことは気になるし、けど……」
大源はちら、と静を見た。
途端、静は大源を睨み、「何よ」と一言。
これだけでも十分に険悪な仲だと窺い知れる。
紫苑はその様子を見て小さく頷いた。
「……そういう状態では、君達を元の場所へは返せない。だからこっちから提案。昭勇大源君、君は東京の宗家・分倍河原朔さんの許、まずは東京で術士の活動をして欲しい。向こうも大打撃を受けて深刻な人手不足に陥っている。有力な力を持つ君に、手伝いを頼みたい」
「お、おらが…東京?」
「うちの狐面から『すごい人がいる』って報告も受けてたからね。地元に居づらいなら、居やすい環境でその力を揮ってくれた方が嬉しいな。元々東京から流れてきた妖を君達が討伐してるんだ。東京は最も妖が多い場所であるし、少しでも力を使ってくれる人がいるなら、助かるんだけど」
にこりと微笑む紫苑に、大源はぽかんとした表情を崩した。
体を震わせて、勢いよく背後へ振り向く。
そこには日和と…ある日突然地元に現れた友人がいる。
大源と視線が合った正也は……大きく頷いた。
「おら……おらが東京なんか行っていいのが?妖ど会話するごどしかねえ、戦えねえ術士なのに。足手纏いになんねえの?さすけねえが?」
「さすけねえ、がなにか分からないけど、大丈夫だよ。寧ろ向こうだって色んな術士を抱えているし、サポートも様々、衣食住だって保証してくれる。そもそも関東全域を彼らで担ってるんだ。もしかしたら君の地元に赴くこともあるし…そりゃ若くて体力があって頑張ってくれる子が来てくれることが、東京にとっては一番だと思うよ?朔さん、会ったことあるんでしょ?」
紫苑に振り向くと心配の胸の内を明かし、それを汲み取って「どう?」と再び問う。
大源は高揚とした表情を見せて、「そう、そう!東京、東京がぁ……もしかして快斗君ど一緒さ東京行げる!?」と子供のように燥ぎ出す。
見た目は大柄でも中身は十夜と同じ年頃の少年だ。
嬉しいニュースが舞い込んできた子供のように喜び始めた。
それを面白くないのか、眉間に皺を寄せ次第に苛立ちを見せるのは八乙女静だ。
ついには痺れを切らし、紫苑に大声を張り上げる。
「私は!」
「…ん?」
「術士の力で言うなら、私だって努力をしている!強くなければこっちが死ぬような場所で戦ってきた、そんな理由であれば私だって東京に呼ばれても良いじゃない!なんで大源なの!?呼ばれたから来てみれば、一体――」
「――君は、こっち」
「…っ!」
怒りを露わにする静に対し、紫苑の表情は突然冷めて師隼に手の平を向ける。
喉を詰まらせ振り向いた先では師隼が立ち上がり、全てを覗く様な青色の目を見せた。
「術士にも、立ち振る舞っていい姿と悪い姿がある。向上心があるのは結構。だけど僕達は、術士の力のみを器として見てる訳では無いんだ。悪いけど、行き過ぎた君は、こっちだよ」
「……――っ」
師隼と目が合った静は、途端に動けなくなった。
目を離すこともできず、拒否することもできず、ただ紫苑の声を聞いて引き攣った声を上げる。
背中に得体の知れない恐怖と不安が渦を巻いて背筋を駆け上がり、静の前に静かに立つ師隼は「さあ、行こうか」と先陣を歩き始めた。
それ以降の静は何を言うことも無く、その背を真っ青な顔でついて行く。
その姿を心配な表情を見せて見送る日和は静かに執務室の扉を閉じた。
「……紫苑さん、静は、どうなるんですか?」
静寂の中、最高潮から落ち着いた大源が呟く。
「彼女は、教育。ただ、術士としての勉強をするだけだよ。…じゃあ、君の事は朔さんに伝えておくね。お迎えまで、待ってて」
「……はい」
***
神宮寺師隼。
この最凶の地、篠崎の術士達を纏める世話役なのだという。
私や他の術士だって単独で戦っていたのに、必要あるの?
そう問い質したい部分はあるけど、篠崎の妖を見て……協力しなければならない理由は得た。
少なくとも、私が知っているような妖が出ない。
現れる妖はどれも体格が大きかったり、素早い妖ばかり、中には術士のように特殊な技を使ってくる種もいる。
そんな中、妖の様子がおかしくて、更に進化を遂げようとした種も見た事がある。
その成れの果てを…白い業火と金色の雷を扱う術士達によって倒されたから見たことが無いけれど、自分の手では負えないくらいにヤバいってことだけは肌で分かった。
そんな妖が普通に居る環境であれば、一人で術士活動なんてしないだろうし、当然術士の様子を管理する者だって現れるだろう。
私が篠崎で得た経験は、それだけだ。
それだけの私が、何故その纏め役に呼ばれているのだろう。
私の力は確かに篠崎の妖と同等にはなれない。力不足だ。
なのに私は呼ばれず、そもそも戦うことすらも出来ない昭勇大源が有能だと、東京に呼ばれた。
なんで?
どうして?
戦う力がある私より、戦えないアイツの方が良いの?
意味が分からない。
何を基準に。
対抗も出来ない程に強い威圧に気圧されて、私はこの人の背中について行ってしまったけど…それだけは今もまだ、ぐるぐると胸の中を荒らし回る。
何処へ行くのだろう。
そんな簡単な疑問すらも湧かないくらい、私は苛立っていた。
「……何故こうして連れられているのか理解し難い。そんな顔だな」
「…!」
ふいに声をかけられた。
前に立っているからその表情は分からない。
でも、重たいその声には……反発心が湧く。
「当たり前です!私は篠崎の術士ほど力はないです!でも、それでも、よりにもよってなんでアイツを選ぶんですか!あいつは戦えない、術士とも言えないような――」
前の貴人が足を止め、ゆっくりと振り返る。
心の底から零れた言葉を引き留めて、神宮寺師隼は口を開いた。
「――妖と戦うことが術士、か…。古いな」
「…なっ!?」
「術士は戦うことでその存在を得るのではない。どんな形になってもいい。妖と対峙し、妖を討伐することこそがその存在意義なのだよ。たまたま君の力が足技を主体とした身体能力の強化で、彼は妖と対話する事でその心を解す、ただそれだけの話だ」
「妖の心を解す…!?そもそも妖は…」
「妖は、人の心から生まれた異物だ。これは最早常識であるものだよ。妖が進化を遂げる姿を見た事がないか?妖が何を糧とし生きているのか存じ得ないか?私はこれから、それを君に説くんだ。……彼女と一緒にね」
神宮寺師隼は再び背を向け、目の前の扉を開く。
そこには儀式に使いそうな勾玉を付けた白い装束を身に纏った少女が居た。
その表情は魂が抜けたように虚空を眺め、扉を開けた物音さえも気にした様子はない。
確か、初めてその姿を見た時は、まだ私と同じように複雑な表情を見せていた筈だ。
石飛照。
島根の術士で、噂では確か『術士至上主義』を抱えていた盟主だった。




