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神命迷宮  作者: 雪鐘
6章・術士達のその後の物語

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538.宴に向けて

 結局金詰家には挨拶を済ますだけにして、華月と共に置野家へと戻った。

まだ完全な了承は得られていないというのに、既に宴の準備がされている。

そういえば、盛大にお祝いするとか言ってたな。

家の中はお腹が誘われそうないい匂いがするし、バタバタと慌ただしい空気が溢れている。

隣で呆然とする華月は数人の女中見つかるなり、攫われていった。

そうして一人になった所で声をかけられた。


「紫苑君」

「……はい?」


 この場所でその呼び方をする人物は一人しか思いつかない。

振り向くと予想通り、置野佐艮がいた。


「んー、なんというか…ごめんね。まさか帰族とまで考えてくるとは思わなかったよ」

「驚いてくれました?謝るなら日和ちゃん…いや、正也にお願いしますね。不貞腐れてますよ?多分」

「あはは、それはもう手遅れなんだよね。折角日和ちゃんを連れてきたのに、喜ぶにも喜べないもんね。仲良くしてるようでいいんだけど」

「…はあ。とりあえず要望通り、華月は頂きましたのでもう返しませんよ。好きにはさせますけど」


 以前した勝負なんて忘れてしまうくらい今はどうでも良くて。

結局全部この男の言う通りになってしまったことは釈然としないけど、これで気兼ねなく華月と共に居られるようになったのなら……それでいいかとも思う。

それでも、この男にだけは威勢を張りたくなる。

佐艮は乾いた笑みを浮かべていたが、にこりと笑顔を見せた。


「いやあ、本当によかった。ありがとう。これで日和ちゃんが多少無理しても大丈夫だね」

「……どういう事ですか?」


 ひと段落、と言いたかったのにこの男は含み笑い、というよりはわざとこちらに興味を持たせる言い方をしてくるから煮えきらない。

今度は一体なんだというのか。


「……日和ちゃんがどんな子かは、師隼君からでも聞いたかな?」

「はい…?」




 応接間に再び戻ってきた。

そう言ってもいい程、最近はこの部屋に入ってる気がする。

しかも、今度は置野佐艮が相手だ。

男はにこにことしながらも、「紫苑君にも準備があるから手短に話したいな」と呟く。

話とは、何だろうか。

そんな疑問と疑いを持っていると、置野佐艮は「これは日和ちゃんから借りてきたんだけどね」とテーブルに一つの瓶を置く。

中には透明な羽根がからからと音を立てながら入っている。

確か、日和が大切にしているもの……じゃなかっただろうか。


「それは…」

「正確には神威八咫を任されている術士・宮川のりあさんの物、らしいんだけど…那壌神使(ナヅチミツカヤ)の神力を込めた結晶のようだね」

「……詳しいですね?」

「ほら、前に日和ちゃんが危なくなった時にウチに来てくれたでしょ?日和ちゃんを助けてくれた後、のりあちゃんとお話したからね」

「そんなことしてたんですか……」


 そういえば、そんなこともあった気がする。

確かあの時は日和ちゃんが幽体離脱をしていた時だ。

この羽根には、そんな効果があったのか……。


「僕もね、華月もね、何も知らないままこの羽根を使っていた。日和ちゃんが竜牙の見送りに行ってから、毎日ただ無事を祈るだけだったんだけど」

「使っていた?」

「言ったよね。これは那壌神使の神力を込めた結晶だって。僕達はただ自然と、日和ちゃんが無事であるように、元気で居られるようにと祈っていただけなんだ。それが、日和へ力を送ることへ繋がるんだとは知らなかった。

 那壌神使は人の神。人から得た人望や徳望によって生かされ、そして力を使う糧とする。僕達が家族として与えた気持ちも、日和ちゃんにとっては糧となって力を得ることになるんだ。……のりあちゃんから聞いたよ。前に正也と争っていた時、神様になって止めに入ったんだって?その原因を作った一端は僕らみたいだから…なんかごめんね」


 置野佐艮は申し訳なさそうに謝罪しながらも、笑みは崩さない。

同時に置野佐艮の話によって、一つ納得してしまった。

あの時の日和には沢山の神の力が溜まっていて、暴走していたと言っていたような。

枕坂の件で日和が生き残ったのも、日和があの橙色のリボンに込められた力を扱い神となったのも、全てがその世の全ての、日和に対しての想いによって引き起こされるのかもしれない。

もしそうなのだとしたら……


「今はもう、この中身は空っぽになってしまった。元々はあんなにも綺麗な空色の羽根だったのに。紫苑君は、この中身が何処に行っちゃったのか知ってる?」

「……宮川のりあの羽根には、それぞれ色によって様々な力があるそうですね。彼女の羽根を握り力を発現させ、活動する姿を見たことがあります。でも、日和がずっと眠っていたあの日には…宮川のりあはずっと瓶に収められていた羽根を折り、その中身を振りかけていた。貴方が手に持つそれは、その時彼女が準備した新たな羽根です。色を失ったのであれば、その神の力は……日和の中にあるのでは、ないでしょうか」


 置野佐艮は「そうか……」と理解したように声を出す。

だけどそれはあまりにも低く、納得はしていないようで。

頭に手を添え、深く考え込んでいるような。

それから重たい視線が持ち上がって、僕を見た。


「ねえ紫苑君、師隼君の後釜になるんでしょ?」

「ええ。先日、そのように発表しましたからね」

「勿論この篠崎を纏める神宮寺家なのだから当然なのかもしれないけど……一つ、お願いしてもいいかな」

「なんですか?」

「術士達や置野家(僕達)を守るのも神宮寺家の仕事ではあるけれど、君が帰族を選んだ理由は……それだけじゃないよね?」


 じっと向ける目が、眼鏡の奥で光ったように見えた。

顔も知らない筈なのに、それが誰かと被って、身が引き締まる。


「これは僕の願いでもあるけど、親友の願いでもあるんだ。日和ちゃんを、守ってあげて欲しい。これは、神に一番近い場所へと昇る君にしか、頼めないことだよ」

「……精一杯、努力します」

「蛍がこの現象を知っていたのかは分からない。でも、分かっていたならきっと彼が何もせず見過ごす訳がないんだ。いつか日和ちゃんが普通の女の子に戻れたらいい。厳しい願いなのかもしれない。それでも……――日和ちゃんが一般の人のように何もない、平和で明るく生活できる未来を、願わずにはいられないんだよ。僕は汚い大人だからその為ならなんでもやりたくなる。それこそ根回しだってなんだってやるくらいにはね。君は師隼君が認めた人間だ。勿論このお話はその一端でもある。君が日和の兄として存在するなら、これぐらい願っても……構わないだろう?」


 驚いた。

それは日和の父として言いたい言葉なのか、それとも親友の娘を思っての言葉なのか、いや、それ以外にも様々な気持ちが混じっているように思う。

必死と呼べばいいのか、狂気とも言い換えられそうな気迫に次の言葉が紡げない。

日和の為に華月と結婚するのか?

置野家や術士を守る為に後釜になるのか?

いや、そんなこと全部悩む必要はない。

篠崎も神宮寺家も置野家も日和も、全てを守る為に存在しなきゃならない。

上等だ。

それが神宮寺家の後釜に求められるものなら、全て応えられる程でなければ。

全ての期待を受け入れ、応えてこそ、この薄汚れた血を裏切ることができる。


「この血や体はもう、神宮寺師隼に捧げた物です。それが置野家当主である貴方の願いならば、神宮寺家の後釜として受け入れ、叶えます」

「……僕と君は似ている。ごめんね、それを理解した上で頼んでしまって」

「本当ですよ。でも、だからこそ…とも思っています。結果的に華月を頂くことになりますが、良いんですよね?」

「華月に関しては元々僕が心を許す相手にしかあげるつもりは無かったから。寧ろ、華月を貰ってくれて本当にありがとね。……さて、話も思った以上に長くなってしまった。紫苑君はまた水にするんだろうけど、今から皆で豪勢に飲むんだから紫苑君も準備しておいで」

「今日は、ちゃんと受けさせていただきます」


 置野佐艮は立ち上がり、扉を開く。

廊下では数人の女中が待機していた。

どうやら僕も何かとやることがあるようだ。

今まであった宴会は巻き込まれた感覚だったけど、今日は主役側に回らねばならないらしい。

置野家なりの歓迎を、僕は素直に受け入れることにした。




 置野佐艮との話を終えた後、当然のように攫われ自分も立派な着物に着替えさせられた。

いつもの簡易的で動きやすい着物とは違って、重くて硬いしっかりとした生地の着物を纏って、髪は降ろさせられたし軽く結って簪が刺さる。

毛先もゆるく結ばれて、軽く粉も叩かれた。

自分でもいつもと違う雰囲気に内心驚きつつ、終始世話をしてきた女中にはにこりと「おめでとうございます」と笑顔で言われ、形だけでも本当に結婚するんだなぁとか思ってしまう。

言い出したのは自分なのだから多少は複雑な気持ちだ。

そこへ華月も丁度着付けが終わったらしく、隣の部屋に繋ぐ襖が解放された。

そもそも隣で準備していたのか、と驚く部分もあったのだけど、現れた華月はいつもの女中姿とは違って和装令嬢へと姿を変えて頬を染めていた。

煌びやかな着物は赤や金、とても華やかで豪華な雰囲気を醸し出し、しっかりと化粧をされて、髪も結い上げて花が散りばめられた簪や櫛が花嫁姿の華月を彩っている。

その中で何も言わない華月は恥ずかしそうに俯き、もじもじとして……真っ先に「どうですか?」って聞きそうな印象があったから、そんな反応にも内心驚いてしまった。


「……かっ、華月…その、とっても似合ってる」

「あ…あの……紫苑様も、お似合いですよ…?」

「お二人とも、会場はいつもの場所ですよ」


 二人で恥ずかしがってるとにこやかな女中に声を掛けられ、いつも宴会をしている部屋に案内された。

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