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神命迷宮  作者: 雪鐘
6章・術士達のその後の物語

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535.二人の行く末

 日和と自室に戻れば、日和はぼろぼろと静かに涙を溢していた。

その姿に何とも言えず、ただ静かに日和の背を撫で、宥める。


『置野家に帰族する』

 紫苑は金詰家の未来を決定した。

金詰家が無くなるのだと父上は言っていたけど、頭を下げる紫苑の姿にも、その選択も、日和にとっては衝撃以外の何物でもないのだろう。

紫苑は日和を家に入れようとしたけど、結果的に置野家に入ることを決めている。

金詰千景…(もとい)、水鏡招明はもう金詰にいない。

血による継手が居ないのは事実だけど、それらの理由から金詰家を帰族させようと思ったんじゃないかと日和は考えている。

本当にそうなら、何故紫苑は強引にでも日和に家に入るよう言わなかったのだろうか。

今までに何度もその機会はあったはずだし、強く出る事も出来たはずだ。

紫苑は比宝の人間で、継ぐ者がいなくなってしまったということなら尚更、強引にでも日和を引き取るべきだった。

それなのに、俺と対峙していた時も『簡単に渡したくない』と言うだけでそんな事は一言も言わなかった。

こればかりは紫苑と日和が話し合って納得しないといけない問題だ。

だから静かに、俺は日和の様子だけを見ることにした。


「……正也」

「ん、何?」


 少しは、落ち着いたのだろうか。

憔悴しきった日和の表情がこちらを見ている。


「……私は、家を壊す人間でしょうか…」

「そんなことはない」

「でも…おじいちゃんの家が無くなって…金詰も無くなったら…」


 どうやら日和が受けたショックはそれだけではなかったらしい。

樫織(かしおり)は日和の母方の家。

その祖父も母も亡くなり、その名を名乗る者はもう誰もいない。

日和はあまりそういうもの、気にしないのかと思ってた。


「家が無くなるのは、嫌?」

「おじいちゃんの家は誰も居なくなっちゃいましたが、金詰は…全然お世話になりませんでしたけど、名前だけですし、予定もありませんが、帰る家が無くなってしまいます…!私だけじゃないです。兄さんや、招明さんだって……!」

「……」


 まだ誰かが居る家を失うことは、日和にとっては辛いことなのかもしれない。

家の形が変わっていって、消えてしまったり、様変わりしていく姿を俺は何度か目にも耳にもしてきた。

それを知らない日和にとっては……。


「日和、仕方ない場合もある。それに今回は、紫苑が選んだことだよ」

「でも、私が正也を選んだから金詰家は…おじいちゃんだって…」

「日和のせいじゃない。皆が選んだ結果なのであって、日和は何も悪くない」

「でも…!」


 日和は出会った頃と比べて、とても成長したと思う。

だけどまだ、自分を悪く言いたがる癖が残っているみたいだ。

この意識は、簡単には直らないだろうなと感じた。


「……日和」


 日和はまだ、何か言いたげな表情だ。

心に何かを溜め込んでいるような、納得していない雰囲気がある。

唇を噤み、小さく震えて、まるで耐える様な……。


「日和、ちゃんと紫苑と話そう。どうして紫苑は金詰を帰族させようと思ったのか、ちゃんと聞こう」

「正也……」

「大丈夫、紫苑は適当なことは言っても、ちゃんと考えてると思う。そこは…日和が一番信じてあげないと」

「……そ、う…ですね…」


 日和はずっと、しゅんと落ち込んだ姿をしていた。

果たしてこれは慰みになるのだろうか。

今も悲しそうな表情を見せる日和に寄り添うことしかできない。




***

 いつかのように、佐艮がまた場を作った。

場所は変わらず応接間で、紫苑と華月、向かいには日和と正也が座り、佐艮とハルが再び間を取り持つように座っている。

紫苑が自分の出生を自白した時に似た光景だ。


「……兄、さん…」

「ごめんね、不服だった?」


 あくまで紫苑はいつも通りににこにこと笑っていて、日和は対照的に沈んだままの雰囲気を纏わせる。

そしてそのまま、日和は自身の不安を口にした。


「……私のせい、ですか?」

「日和」


 日和の訊き方に正也が口を出す。

日和はちら、と正也に視線を向けて言い直す。


「帰族って、家が無くなるんですよね…。帰族して、いいんですか?」

「元々置野家からの分家だよ。もし無くなるのだとしたら置野家に戻った方が良いし、僕が言って決めた事だから良いんだよ。正直に言うと、きっと誰を選んでもそう言うだろうし、誰もが大事にしていたこの家が、誰かに潰されるよりはその方がいいって思ってる」

「でも…!」


 日和は立ち上がる。

その姿を睨むように、紫苑の視線が刺さった。


「日和ちゃん、忘れてない?そもそも金詰家(僕達)がここへ来たのは、比宝家に潰されかけたからだよ。元々枕坂を守る為に分けられた家だけど、今はもう守るべき枕坂はない。仮に枕坂へ戻ったとしても、既に飛雷達が取り仕切るようにしているし、そこに僕達の席はないよ。だから、結局はこの家はもう必要ないんだ。それに……いや、これ以上は日和ちゃんだってわかるでしょ?」

「うっ……それは、そうですけど……」


 紫苑の言葉に反論を詰まらせた日和は無言になって、ゆっくりと腰を降ろす。

理解はできるが納得はしていない。

そんな様子の日和の手を、正也は握る。

一滴、日和の膝に雫が落ちた。


「日和ちゃんは何も悪くないよ。自分を責める必要はない。ありがとね、気にかけてくれて」


 紫苑は笑っていた。

何故笑っているのかわからないくらい、変わらずいつもの、普通の笑顔だ。


「じゃあ紫苑君はそれでいいんだね?」


 佐艮の問に紫苑は頷く。


「はい。爺さん…祖父には僕と華月で説明と……挨拶に行きます」

「…佐艮様、私はそのまま金詰家のお世話になります。神威八咫からこちらに出向く形で仕事を継続したいです」

「……そうか。わかったよ。じゃあ華月には盛大にお祝いしないといけないね」


 二人の意思に佐艮はにこりと微笑む。

合わせてハルが微笑み、紫苑に視線を向けた。


「紫苑さん。以前の話から二週間も経っていませんが…華月をよろしくお願い致しますね」

「はい。必ず」

「ハル様、ありがとうございます」


 頷く紫苑の隣で華月は頭を下げる。

ハルはくすくすと笑うと日和をちらりと見て「良かったわね」と零す。


「え…」

「これで日和さんと華月は姉妹になったんだもの。華月の願望がひとつ叶うわね」

「ん…んん?ハル様、私そんなことを申し上げたことは一度も…」

「あら?小さい頃によく言っていたじゃない。『可愛い可愛い妹が欲しい』って」


 ハルの言葉に華月の顔が真っ赤になり、口をぱくぱくとさせる。

それを紫苑がにんまりと笑った。


「へぇ…華月、そうなの?」

「あ…っ、やっ、それは…!」

「ふふふ、大人しい正也に色々としびれを切らしていたものね」

「母上、黙って」


 くすくすと楽しそうに笑うハルによって突然火の粉が降ってきた正也が、むすっと膨れる。

そんな空気のおかげか、場には少しだけゆるい空気が漂った。

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