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神命迷宮  作者: 雪鐘
6章・術士達のその後の物語

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525.身の内を明かす

 今日も一日師隼()からとんでもない視線を何度か向けられながらも、主の代役を努め、気付けば夕方になった。

いつもより早い帰宅になるが、置野家に戻ってみれば置野佐艮がにこりと笑って玄関に立っていた。


「おかえりなさい、日和ちゃんから話は聞いてるよ。応接間を開けておいたからしっかりお話しておいでよ」

「……わざわざすみません、ありがとうございます」


 この男の事だ、今から誰となんの話をするかなんてお見通しだろう。

そしてタイミングよく、日和と正也が二階から降りてきた。

正也は今から巡回、日和はその見送りといったところだろうか。

どうせなら、全員に聞いてもらった方がいいのかもしれない。


「…ごめん、正也。今から僕の話に付き合ってくれる?それから……できたら、お二人揃って一緒に話を聞いて貰いたいのですが」

「…?」「兄さん…!?」


 正也に伝えた後、置野佐艮にも目線を移した。

正也は首を傾げているが、佐艮は目を見開いて驚く。

不安そうな表情をする日和には申し訳ないけれど、僕はもう後には引けない。


「おや…いいのかい?別に無理しなくったって僕から…――」

「――いいんです。自分からちゃんと話すって、腹を括ったので」

「……そうか。折角決意したのなら、その気持ちを折らせる訳にはいかないね。じゃあ…正也、日和ちゃんと一緒に応接間に居なさい。僕はハルを連れてくるから」


 階段を上がっていく佐艮の背を軽く見てから日和、それから頷く正也と共に目の前の応接間へと入る。


「……ごめん、今日は日和ちゃん借りるね」

「……」


 ソファーに日和が座り、その隣に腰かけると心配気な顔が覗いていた。

正也は無言で対面に座り、静かに待つ。

沈黙の中を不安な表情のままの日和が口を開いた。


「兄さん…本当に大丈夫ですか?正也はともかく、お父さんとお母さんまで…」

「どうせ二人も知らなきゃいけない事だから。それに…佐艮さんなら僕の事、一応知ってる」

「えっ…そうなんですか!?」

「うん、だからまだ…気持ちは楽だよ」


 それでも気を揉む日和の表情は晴れない。

いや、それは僕も同じか。

だけど今は、知ってもらうしかないと思った。

自分は何者なのか、嗚呼、考えるだけですごく面倒だ。


「……そんなに、大切な話?」


 気付けばじっと強い視線を向けられていた。

正也の様子はどこか少しだけ拗ねているようにも見える。

日和が狐面の活動をしていた事もそうだが、元々隠し事をされるのはあまり好きではないのだろう。


「そうだね…先を考えてもかなり、大事な話だと思うよ」

「…そうなの?」


 正也の視線が日和に向いて、日和は小さく頷く。

その様子を見て、正也は静かに「分かった」と短く答えた。


「連れてきたよ」


 10分ほど経って、佐艮は華月と置野ハルを連れて応接間に入ってきた。

佐艮の指示で華月は正也の隣、僕の正面に座り、二人の間に入る形で佐艮とハルが椅子に座った。


「えっと…紫苑様、お話っていうのはなんですか?」


 正也はいつもの無表情に戻っていて、華月は呼ばれたことを不思議そうにしている。

でも、対面だからか少し頬が赤く染まっていた。

何もなければからかってたんだろうけど、生憎空気とヘドロのように重たく汚い気持ちで逆に申し訳ない気分だ。


「先日、華月と結婚を前提にお付き合いを始めたことを、ここに報告させていただきます。…と言ってもその為には僕が皆に、知ってもらわなきゃいけないことがあるので呼びました」

「知ってもらわなきゃいけないこと…?」

「…その前に、華月は先日の事、知ってるの?」


 首を傾げる華月に説明する前に知っている事項の確認が必要だった。

佐艮に顔を向けると頷き、華月に向けて口を開いた。


「いや、そうだね…そこから説明しようか。…華月、6月に正也君とハルが枕坂に行った日は覚えているね?」

「はい、覚えてます。それがどうかなさったんですか?」

「実は5月中旬から日和ちゃんは枕坂の術士の家に攫われててね、あの日に正也君達が助けに行ったんだよ」

「えっ…!?」

「その日は術士全員が出払って、だから僕達先代が篠崎に残って巡回してたんだ。……その時日和ちゃんを攫った家を、比宝(ひだから)と言う。当然師隼君も乗り込んでいって、日和ちゃんはこの通りだし、比宝家は師隼君の手により解体されたのだけどね」


 華月は軽く知っているものの、詳しいことはやはり知らないらしい。

そもそも使用人であるのだから家の事以外に知る必要性はないだろう。

だからか、佐艮は想定以上にちゃんと大まかな説明をしてくれた。

華月は日和を心配げに見つめながら眉間に皺を寄せる。


「えっと…それで、どうしたんですか?今からする話と繋がりがあるんですか?」

「…僕は金詰家の祖父を連れて4月にこっちに来た。その時の枕坂はもう殆ど妖に埋まってしまって、人の住める地じゃなくなっていた。ここに来たのは日和ちゃんがここに居るから。僕は金詰家の当主だけど、日和ちゃんを当主にするつもりでこっちに来たんだ」


 左手にぐっ、と力が伝わってきた。

上に日和の手が乗っていて、握っているようだ。

勇気づけているのか、自分がそのことで気にしているのか、もしかしたらその両方かもしれない。


「だけど結果的に言うと、日和ちゃんは僕がこっちに来た時点で既に置野籍になっていて、当主にはできなかった。日和ちゃんを当主にするには、僕と結婚するしかなかったんだ。……僕の本当の目的は、日和ちゃんを当主にすること。そうなれば多分きっと、日和ちゃんの従兄を連れ戻せたんだ…」

「……従兄を連れ戻すって、紫苑が…」

「…僕は、金詰の人間じゃない。本当の名前は比宝莉燕…()()()()()()そのまま比宝家に居れば、あの家の当主になってた男だよ」

「…っ!」「えっ…」


 正也は表情にも分かるくらい驚いていた。

華月も絶句したようで口に手を抑えている。

無理もない、今までそうやって騙ってきたのだから。

それよりも置野ハルは…ただ傍観者のように動くことなく静かに落ち着いて座ったまま。

気になることはないのだろうか、ある意味一番読めない人間だと思う。


「僕が4歳の頃、家に赤子が連れられてきた。名前は金詰千景、生まれてきたばかりで…無理矢理母親から奪い取ってきたんだと思った。比宝はそういう家だから。……僕はその姿を見て、すぐに金詰家の子供だと気付いて、あの家に押し掛けたんだ。あいつを金詰家に連れ戻す手立てはあの時思いつかなくて、それから俺は…代わりに金詰家の子供として、"紫苑"の名を貰って生きてきた。これまで、ずっと」


 言い終えて、正也の視線が日和に向く。


「……日和は知ってたの?」

「知ってました。本当の従兄はそうだと言ってくれないので分かりませんが、それが誰かは確信してます。兄さんが金詰家を残す為に比宝家から逃げてきたんだって経緯も聞きました。それは私と比宝家の人間にさせられた従兄の為だというのも、理解してます」

「…そう」


 答える日和は暗い表情をしていたけど、手に力を込めている。

納得はしていないだろう。

それでも理解はしたように、正也は頷く。

ふう、と息を吐く佐艮は「それでね」と口を開いた。


「華月は…紫苑君が金詰の血の繋がりもない男だけど、このまま付き合って、結婚できる?金詰千景君はもう婿に行って金詰に居ないし、日和ちゃんもこの通りだから一応紫苑君はこのままずっと金詰家の人間として存在するけど……。…目の前にいる彼を、支えてあげたいと思う?」


 何でもいい、ダメならダメでいいんだ。

そうしたら金詰の家に帰って僕は僕でまた普通の術士として過ごすだけ。

いっそ日和からも離れて……いや、約束がある。それだけは絶対に無理だ。


「――紫苑様」

「…っ」


 名を呼ばれて心臓が跳ねあがった。

出来れば、続きを聞きたくない。

無意識に手に力が籠って震えそうになるのを優しい手が撫でた。


「兄さん、大丈夫です」


 従妹の小さくて高い声が聞こえた気がした。


「紫苑様、私は血とか、家とか、分かりません。私が知っているのは、目の前に居る紫苑様が私の知ってる紫苑様だという事だけです」


不安げだった表情が落ち着いて、華月の眉間に皺が寄った。


「私の知っている紫苑様は、子供っぽくて、すぐ拗ねて、べったり甘えてきて、人の心をずけずけと踏み荒らしてくる紫苑様です」

「……え?待って、すっごく心が痛い」

「そのくせ優しくて、色んなところを見てて、なにかがあればすぐに理解したように気付いてしまう…私の知ってる紫苑様は、こういう紫苑様です。貴方は違うんですか?名前が変わると、中身も変わるんですか?」

「それは…」

「日和様と紫苑様を見てれば人畜無害――とは言いませんが、どれだけふざけてても信頼できる人間なのは分かります。師隼様や麗那様をはじめ、あちらの方々とも交流して、そんな紫苑様が悪い人ではないというのは分かっています。私を甘く見ないでください」

「ぐっ…言い方ッ!」


 華月の感覚に嬉しくなったけど、なんか無駄にチクチク刺されたようで痛い。

にこりと笑う華月に心臓が跳ねる。


「ですから……――私は紫苑様と一緒に居ます。紫苑様は私を受け入れてくれたのに、私が紫苑様を受け入れない訳がないじゃないですか」

「…だってさ、紫苑君。うちの娘をお願いしてもいいかい?」


 置野佐艮の眼鏡の奥が、笑っていた。

置野家の当主だって僕の存在を理解した上で頼み込んでいる。

どうやら自分の存在は(ゆる)されたらしい。


「えっと……こちらこそ、よろしくお願いします…っ」「……っ」


 頭を下げて顔を上げると華月と視線が合った。

跳ねる心臓に少しだけ居心地の悪さを感じていると、ハルがにこりと微笑んで両手を合わせた。


「これで私達も一安心ですわね。暫くは正也達と同じ扱いで良いですか?」

「はい、ありがとうございます」

「良かったですね、兄さん」

「ん、日和ちゃんもありがと…」


 日和は小声で微笑む。

今日一日、今回はすごく世話になってしまった。


「華月はあとでお部屋にいらっしゃい。…紫苑さん、今からお二人でお話してもいいかしら?」


 …と安心していると嫋やかな双眸がこちらを向いていた。


「え…あ、はい…」



***

 不思議な感覚だ。

部屋に残っているのは自分と置野ハルのみで、この女性とは今まであまり話す事も無かった。

その置野ハルは…嫋やかな笑みで今は正面に座っている。

今から何を話すのだろう。

そう思う前に、置野ハルは立派なテーブルの上に可愛らしいリボンがついたヘアゴムを置いて、口を開いた。


「…自身の心の傷で似た者が揃うと、傷の()め合いだと(ののし)る方がいます。ですが、それは悪い事ではないと私は思っています。…これは華月が11歳まで肌身離さず使っていたものですが、ある日部屋のごみ箱に捨てられていたそうです。私は一度だけ、この家で私の力を使いました。長く持ち主に愛用された物には記憶があります。その記憶を…言霊で引き出しました」


 悲しみと苦しみを織り交ぜたような表情で大切そうにヘアゴムを撫でる姿にある程度の想像がつく。

華月が酔いながら話してくれたことの中で華月の心の傷はいくつかあって、その一つに触れてしまった物だろう。

子供らしいリボンはもう、当時の華月には二度と付けられないと感じる程に価値が変わってしまった。

きっと悲しみと苦しみと、少しの怒りや絶望したような黒い気持ちでゴミ箱に放ったに違いない。


「……華月にとっては、行為自体は苦ではなかったそうです。体の痛みや、脳に焼きつく記憶や気持ちが彼女を少しだけ捻じ曲げてしまったのか、或いはそれほどに強い使命感に囚われていたのかもしれません」

「あなた方にとっては大切な娘さんなんですね」

「血の繋がりなどなくとも、家族にはなれると信じております。そもそも私達夫婦がそうですが、華月もそうですし、その為に日和さんをお預かりしたのです。日和さんは旦那様のご友人、蛍さんの大切な娘さん…ここに連れてきたのは正也ですが、これも縁だと思っております。ねえ紫苑さん…旦那様も言った事ですが、華月を…お願いできますか?」

「…勿論です。僕は、家族は何にも代えられない、大切な物だと思っています。華月にもそう思って貰えるように、何の気も要らず華月が華月の好きにやれるように、尽力したいと思います」

「ふふ、その言葉だけで安心できます。ありがとうございます」


 置野ハルはふわりと笑う。

いつも嫋やかで何事にも動じない雰囲気を持つ彼女だけど、その笑顔は崩れ、初めて苦しみを交えた表情を見せた。


「あの子はウチの使用人でもありますが……私達はあの子を使用人などと思ったことはありません。血の繋がりなんて関係ない。私達にとっては同じ置野家の、もう一人の娘です。何度も言うようですが、あの子を……よろしくお願いします」


 深々と頭を下げられて、これがこの人の本心なのだろう、と感じた。

それほど華月はこの家に、大切に育てられてきたのだろう。

華月は確かに使用人、女中の一人として存在はしている。

けど、メイク道具であったり身だしなみに対してはかなり気を配っている。

簡単な格好にも少しのこだわりを入れたり、手を抜いた様子はない。

日和に就こうが、僕に就こうが、華月は女中として居ながら華月個人として接してきた。

神宮寺家でも当たり障りなく、それでも自分の意見をはっきりと口に出す芯の強さは主を立てる使用人の心とはずれたものになるだろう。

そんな廣元華月という女性を形成したのは、紛れもなくこの置野家。

その主軸には当主の妻であるこの人がいるだろう。

置野家の令嬢として恥ずかしくないように、そんな教育の下に形成されたもののように思う。

置野ハルの言葉でやっと深く理解できる。

そう考えてたら、自然と返事の言葉が口から出た。


「……寧ろこんな僕に、勿体ない令嬢ですね。こちらこそ、彼女と引き合わせてくれてありがとうございます」

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