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神命迷宮  作者: 雪鐘
6章・術士達のその後の物語

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517.二人の逃避行

 弁当を持ち、日和を連れて適当な空き教室を探す。

昼休みだから大体どんな生徒も自分がずっと過ごしていた場所で昼飯を食べている。

教室、部室、食堂、午後の授業の準備としてか特別教室を使ったり、人気のない場所を求めて会議室を使ったり……

食事を終えた生徒も当然居るのでバタバタと廊下を走る生徒もいる。

そんな中で、人気の少ない廊下を見つけた正也はその中で暫く使っていなそうな教室を見つけた。

室内に入って誰にも邪魔されない環境の方が良いだろうと更に結界を張る。

日和はぼーっと立っているまま。

その姿に見かねて声をかける。


「結界張ったから、多少は静かに過ごせると思う。……座って」

「はい。あの……ありがとうございます」


 椅子を引いて座るよう促すと、日和は静かに席に着く。

そんな彼女の目の前に弁当を並べて用意するものの、問題の日和はどこか上の空…寧ろ心ここにあらずといった空気を出している。

その姿があまりにも心配で、隣から椅子を引っ張って来た俺は日和の顔を覗き込んだ。


「……日和、大丈夫?」

「すみません。ちょっと…疲れました」


 じっと動かない日和は声を掛けても何も変わらない。

一見本当に疲れたのかと思える日和だけど、何処か沈んだ様子。

どうしたんだろう、と観察すると組んでいる手は小さく震えていた。

手が震える理由なんて数少ない。

あまりにも心配で、その手を両手で掴んだ。


「……もしかして、怖かった?」

「え?」

「だって、震えてる」

「あ……す、すみません…」


 謝る必要など無いだろうに、何故日和は謝るのか。

そんな疑問が浮かぶ。

浮かぶけど、前にもそんなことがあったなと思わなくもない。

あれは日和と会ったばかりの頃か。

まだ去年の話なのに、懐かしいなと思いつつも俺自身は竜牙の姿になっていたからなんとも言えない。

そんな日和は今や金色の髪が完全になくなって、元々の焦げ茶の髪のみになった。

玲と戦い、術士の力を完全に失って。

それから少し消極的、且つ主張をしなくなった気がするけど……文化祭を終えた今は更に自分を出さなくなってしまった気がする。

文化祭ではまだ生き生きとしていたけど、対人に弱くなってしまったのだろうか。

雰囲気すら消沈してしまった姿はどう形容すればいいのか分からないけど、不安があるなら拭ってやりたい気持ちにはなる。

燃え尽き症候群という言葉を聞いた事があるなとは思いつつ、何も判断できない俺はこのまま何もしなければずっと動かないであろう日和にもう一度訊く。


「大丈夫?」

「大…丈夫、です…」


 日和はこくんと小さく頷く。

しかし食事をする様子どころかやっぱり動きそうな気配は無い。

放心状態、とでも言えば良いのだろうか。

何も変わらない日和の様子に心配から出た小さいため息を吐いて、日和を抱き上げ自分の膝に乗せた。


「ひぇっ…!?ま、正也…!?」

「どうしたら落ち着く?大丈夫、今は俺と日和しか居ないよ」

「えっ、あっ、う…」


 なんで抱き上げたかというと、否が応でも日和が反応すると思ったから。

予想通り日和の顔は恥ずかしさで真っ赤に染まって、余計動かなくなった。

でも心配は拭えないから更に腕を伸ばして日和の体を抱き寄せ、小刻みに震える手を掴む。


「ゆっくり落ち着いたらいいと思う。日和は静かな場所の方が好きなのは知ってるし、甘えるのが苦手で下手なのも知ってる。頭がいっぱいになったら何も考えられなくなるのも知ってる。今、少しでも落ち着ける時間が必要なら準備する。だから、甘えて」

「えっと……は、い…」


 返事だけで言葉を詰まらせる日和はあまりにも静かで、ずっと膝の上で大人しくしていた。

俺もそれ以上は何もせず、結界を張ったから外の音も無い空間でただ時間だけが過ぎていく。

次第に日和は落ち着いてきたのか、首までもたげて小さく息を吐いた。


「……その、大変ご迷惑をおかけしております…」

「ぶは、公共機関で聞くやつ」


 何を言い出すのかと思えば。

最後に聞いたのは東京の駅だった気がする。

それをこんな場所でこんな形で聞くなんて、普段の会話では聞きなれない言葉に噴き出してしまった。

日和を見ると顔を赤くして口先を尖らせている。


「うぅ、事実ですもん…」

「迷惑はかかってない。寧ろお得」

「何がお得なんですか?」

「ここに日和が居るって分かる」


しっかりと日和の目を見て言うと、日和は身悶え困った表情を向ける。

そんな姿すら保護欲なのか愛玩なのかよく分からない感情が湧いて、頭を撫でると日和は声になってない声を上げた。


「~~っ…それ、言ってて恥ずかしくないですか?」

「…全然?俺は日和の事が好きだし、正直に言ってるだけ」

「う、うぅ…」


 日和は小さくなって口をへの字に曲げる。

そこへぐうぅ、と音が鳴って日和はぴくりと体を伸ばした。


「…もしかして、食欲戻った?」

「う、うぅぅぅ…!じゃ、じゃあ…食べます」


 顔を真っ赤にした日和は立ち上がり、元居た椅子に座り直す。

やっと食事する気分になったらしく、俺はすかさず箸を用意して日和に差し出した。


「どうぞ」

「あっ…ありがとう、ございます…」


 箸を受け取り構える日和だが、その手はまだ少し震えている。

食べようとしても落としそうだ。

もう一膳箸を用意して、丁度取ろうとしていた卵焼きを箸に挟んでそのまま日和の口の前まで運んでみた。

所謂、『あーん』のやつだ。


「……はい。どうぞ」

「どっ、どうぞじゃないです!ひっ、一人で食べれますからっ…!!」


 流石に食べさせられるのは恥ずかしいらしい。

日和の頬は赤みが取れないまま焦り出す。


「えっと…い、いただきます…」


 そして日和は弁当に箸を伸ばし、小さくぱくりと口に入れる。

小さくもぐもぐと咀嚼して「……美味しいです」と微笑みながら。

どうやらさっきの昼食は照れていたり緊張で味がしなかったようだ。

それからは重箱の残りが空になるほど、しっかりと食事が出来た。

が、5時限目が犠牲になったけど、幾分落ち着いたならそれでいい。

学校内、たった二人で過ごす秘密の時間は日和にとっても俺にとっても有意義な時間になった……のだろうか。




---

 日和は術士の力を失った。

それは彼女にどういう影響を与えたのだろうか。

日和と別れ、6時限目に出る正也はふとそんな事を考えていた。


「おい、置野」

「……何?」


 黒板では教師によってチョークがぶつかり文字が書かれていく。

それなのに、隣の席から小声で声を掛けられた。

クラスの男子・西辺(にしべ)だ。授業に集中しろ。


「お前、5限どこに居たんだよ」

「……飯食べてた」


 食べてたのは日和だ。

だけどこれは余談であるから、あくまで口には出さない。

西辺は結構色んな女子に目が移るし妄想が強いから、変な憶測を立てられても困る。


「いつもどこで食ってんだ…?ま、まさか金詰さんと…!?お前えっちな奴だな…!」

「…何言ってんの?」


 何が言いたいのかまるで分からない。

けど、気にする必要も無さそうなので無視しよう。


「だって二人っきりでどっかの教室で食ってんだろ…?昼食時間だけじゃなく5限潰してまで何してたんだよ…!」

「西辺の発想の方が酷いと思う。別に夏樹と波音も一緒だし…あと今日は新聞部の人が来てて日和が動けなくなってたから避難しただけ」

「み、水鏡先輩もっ!?くぅぅ…小鳥遊が、羨ましい……」

「……」


 思わず目を細めて睨んでしまった。

何かしら文句言われてもなんか嫌だし、今後、できれば授業は潰さないようにしよう。そう心に誓った。

そんな事よりも、今は気にしなければいけない事がある。

日和もそうだけど、この後向かう予定の新たな仕事だ。

百鬼夜行で共に連れ去られてきた術士の世話…。

流れてきた術士の名簿がメールで送られてきたけど、半分近くは本当に知り合いだった。

此花も含め、皆応援で全国を回っていた時に会った人達だ。

そんな皆がどうしてこんな所にまで連れられてきたのか…確かにそれも気になるし、全員意識を取り戻したとは聞いてるけど元気かどうかも気になる。


『正也、私…後で駅前の手芸屋さんに行きたいです』


 遅くなった昼食時、食事で元気を取り戻していた日和が希望を言っていた。

有栖家が術士の保護の為に提供しているホテルに行ってる間に、手芸屋でのんびり居て貰えればいいか。

そんな事を考えながら正也はノートに授業内容を書き写した。

水鏡波音(高峰聖華)

3月18日・女・16歳

身長:153cm

髪:赤茶色

目:緋色

家族構成:祖母・父・母・招明・猫

好きなもの:猫(グッズ込み)

気にしてる事:波音が頑張っていたから信じるけど、授業が追いつけるかちょっと不安。友人たちに変に思われてないかも気になる。



1年半の間にちょっと身長伸びたよ。でも聖華はそんなに気にしてない。

波音の代わりが務まるか分からないけど努力はしたいおっとり系お嬢様。

人生を波音に任せる気満々だったのにと今でも引き摺りつつ、招明にも頼りながら毎日を過ごしている。

少し前まで波音と日和が喧嘩してしまっていたのでその意識の差を埋めたいとは思ってるお姉ちゃん。

波音の暴言ツンデレにはちょっと同意できないので、徐々に控えめにしていきたい。

飼い猫が妖と知ってもウチの猫だから関係無いよ。今も仲良し。

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