506.帰る
正也を連れて本部戻ったが、白波に会わせたのは正解だった。
無駄に東京で使わせるわけにはいかねぇ。
そりゃそうだ。
正也はこの東京支部の客であって、こっちの術士じゃないから。
だが、正也には盛大に世話になっている。
今は東京支部全体の術士の質が下がっているのだから、良い喝になったと信じたい。
そういったお礼とか、便利に使ってしまっている謝罪とかではないが、そんな正也を労りたくなった。
だが、正也はどんなものを喜ぶのか分からない。
3か月、いや、4カ月居て未だに正也の好みを、俺は理解できてないでいた。
だからこその白波――解呪師を営む従妹に任せてみたが……満足してくれたようだ。
それから数日。
「おい分倍河原、今どこに居る?こっちも事態が逼迫してきた。早く連絡を入れろ」
資料作成に追われ、研究員への指示に追われ、術士達の活動にあーだこーだと指示を入れる日々。
そこに白波以上に怒らせてはいけない人間の、怒りの籠った連絡が入った。
やっべ、神宮寺師隼だ。
「おぉぉ、すまん、忙しすぎてちっとも連絡を入れる暇が無かった」
「やっと繋がった…!すまん、じゃない。そろそろ正也を返せ。出張の期間も2ヵ月だっただろう、一体何をしている?こちらも大きな問題を抱えているが、隣県がそんなにも面倒ごとに巻き込まれているのか?」
「いや、悪い。今東京に居る」
「は……――!?」
石の先から悲鳴のような、叫びのような、何かが聞こえた。
師隼の沸点が最高潮に達しようとしている。
……達したら白波以上では済まなくなるな。
向こうは向こうで何かしら忙しいようだ。
ずっと借りてる正也をそろそろ返さなきゃならん。
……ああ、これは篠崎を出てから何度目の連絡だっけか。
気付けば4月も終わっている……うん、やべえな。いい加減東京を出るべきか。
思い立ったが吉日だな。
俺は社長室の整理を始め、事務所へと向かった。
エレベーターに乗り込み、体に少しの重力がかかる。
軽快な音と共に扉が開くと、予想通り正也が居た。
一緒にいたのは快斗と光……うん、中々馴染み深いメンバーだな。
「正也悪ぃ、流石に駄目だ」
「何が?」
声をかけると不愛想ながらも不思議そうに、正也は小首を傾げた。
見た目じゃ何考えてるか分かりにくいが、そういう動作に雰囲気が出るから助かる。
「師隼から連絡があった。『急いで正也を返せ』って」
「……口調的に、以前から言われてそう」
「よくわかったな。これで3回目だ」
「……」「……」「……」
正直に話すと不穏な空気が流れた。
正也だけでなく、光と快斗まで真っ青にして黙り込む。
更に快斗は頭を抱えだした。
そんな中で正也は質問を口にする。
「……それで、師隼はなんて?」
「こっちででかい案件抱えてる。正也の力も必要になるから早く返せ…って言われた。よし、今から篠崎に帰るか!」
「はっ!?」「帰っちゃうの!?」
このまま往生しててもしゃーねーだろうし。
そう思って口にしたが、先に反応したのは快斗と光だ。
いつの間にか仲良くなってたんだなあ、一か月も経ちゃそんなもんかと感慨深い。
「えっと……うす」
正也は文句も言わず小さく頷いた。
一度家に帰って荷物纏めさせなきゃなんねえな。
それから東京を出て最短で岐阜に向かうか。
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朔はいつも唐突だ。
でも、光の体調が落ち着いた後で良かったと思う。
光が術士酔いに倒れたままだったら……ちょっと嫌だったから。
それにしてもここにいると、時間を忘れる。
正直スマートフォンとか時計とか見ている暇なんてなくて、特にここ最近は妖の量も明らかに増えていたから日付なんて一切気にする余裕がなかった。
起きたら事務所に行って、周りを気にしながら術士として活動して、何人かとご飯を食べたら泥のように眠る日々。
そんな感じだったと思う。
だから気付いたら4月が終わってたとか、寧ろゴールデンウイークすら終わる頃だとか、一切気付かなかった。
それくらい目まぐるしい日々だった。
朔が提案していたグループ制も最近では意味がない程、出てきたのは相変わらず弱い個体ばかり。
たまに大きなものが出てくるくらいだけど、数はとても多かった。
最近では「今日何体倒した?」って話題になる程。
多分俺が居なくなったらまた最初の頃みたいに二人で組んだりして行動することになるだろう。
それでも、多分皆の技術は向上している筈。
快斗は砂鉄を操る量が増えた。
年齢的に言えば既に器は完成してしまってるけど、操るごとの力の消費量を抑えられるようになってきたとか、そんな感じだと思う。
最近は剣や盾以外にも色んなものを操ろうと挑戦している姿をよく見ていた。
光は術士酔いが治ってから術を使う動きがスムーズになってきた。
力んだりとか緊張してたりとかしていたけど、肩の力が抜けたように術を使うタイミングは早くなった気がする。
「あー!間に合った間に合った!」
「ん……?」
荷物を持って朔のマンションから出ると、タートルネックのトップスにロングスカート、ベレー帽に丸眼鏡をかけた人が駆けてきた。
お洒落で女性らしい様相だけど、相手は男性。畠元りいなだ。
「聞いたわよぉ?もう篠崎に帰るんですって?突然東京に来たのに突然帰っちゃうなんて酷いわ!」
「えっと……朔が決めた事だから」
「知ってるー。正也君じゃなくて分倍河原に言ってるのよ」
「……ここにいるの、よく分かったね」
「まあね。オネエネットワークを舐めんじゃないわよ。言って術士ネットワークの方だけどね。狐ちゃん達の情報は速達便よ☆」
朔に言われて事務所を出て、朔の家で荷物を纏めて30分ほど……今からもう一度事務所に顔を出して挨拶したら東京を出ることになるだろう。
まだ短い時間なのに妙に納得できた。
勿論、俺の居場所も含めて。
「えっと……それで?」
「やぁねえ!挨拶よ、挨拶。アタシも麻都も仕事中の社会人よ?勝手に居なくなっちゃうなんてショックが過ぎるわぁ」
だからこれ、と可愛らしい包装がされた紙袋を差し出された。
手に取ると、ずしり…とは言わないけど程々に重みを感じる何かが入ってるようだ。
「とりあえずあたしと麻都、それからせいらの分。一番店が近いのがアタシで、しかも取り扱ってるのが雑貨で良かったわね。篠崎に着いてからでいいから、向こうに着いたら少しはゆっくりするのよ?」
「あ、りがとう…」
「世話になったのはあたし達なんだから、お礼を言うのもあたし達の方よ。短い期間だったけどありがとね」
「……うん。こんな形で離れるのも、ちょっと微妙な気分だけど……頑張って」
「ふふふ、彼女出来たら紹介しなさいよー」
「え”っ」
相変わらずよく喋るりいなさんは「冗談☆」と笑う。
そして「じゃ、仕事抜け出してきてるの。またね」と手を振って去ってしまった。
まるで突然現れて突然去る、嵐のような人。
……いや、こっちの術士からすれば俺だって同じか。
だけどわざわざ仕事抜け出してまで挨拶しに来てくれたの、嬉しいかも。
「正也、そろそろいいかー?」
「あ、うん」
朔の声掛けに荷物を車のトランクに詰めて、事務所へ最後の挨拶に向かう。
「先に挨拶して来い」と言われて歩いて事務所に向かうと、建物の前には快斗と光だけでなく明澄や楓、久登が集まっていた。
術士だけじゃない、穂純さんや縒子さん、翔といった狐面も来ている。
どう考えても俺を送り出す空気だ。
「あ、正也君」
「お、来た来た。もう帰るんだろ?」
「仕方ないけど居なくなるのは寂しいよなぁ」
「もう少し時間があれば送り出すパーティーでもできたのになー」
先に光が気付いて名前を呼ばれて。
それから皆、各々に好きに言われて。
うん、東京の術士はそんな人だよなって思った。
「……えっと、唐突に帰る事になってゴメン。その、東京での術士活動も……楽しかった」
思ったことを口にすれば、快斗がにんまりと笑う。
「マジで唐突!帰っちゃうのは仕方ねーけど、正也送って帰って来たオッサンには後で文句言っとくわ」
「あのっ、気を付けて帰ってくださいね」
「帰るまでが遠足って言うしなー」
「遠足じゃなくて出張だけどね」
光に続いて翔、楓と言葉が続いていく。
相変わらず元気で、賑やかで、よく喋る人達。
多分東京の皆はこれからもこんな感じなんだろうな。
それはそれで良いと思う。
仲が良いならきっとこの先も今の感じで関わっていくんだろうなと思うし。
ここは人が多いけどゆったりとしてて、楽しい場所だった。
「……それじゃ、篠崎に帰る。皆、ありがとう」
丁度車を動かして前までやってきた朔の車に乗り込む。
扉を閉めて窓を開けて、皆が「またなー」「ありがと!」と別れを口にする。
その姿に手だけを振って、俺は、朔は、篠崎へと車を走らせた……。
10月2日は日和さんのお誕生日でした!物語は何故か当日に日和さんのお誕生日祝いが出来いので、Twitterで盛大にお祝いしました。おめでとうメッセージを下さった皆様ありがとうございますっ
物語は東京脱出に入ります!果たして正也はこのまま無事に篠崎へ帰ることができるのか……?
正也の日本旅行記も終わりが見えて来まして、新年には6章へと突入できると思います!
果たしてこの章はあと何話まで続くでしょうか?年が終わるまで水曜日はあと13回!……えぇっ!?




