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神命迷宮  作者: 雪鐘
女王編

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小休止「首根っこを掴まれた話」

講習会が始まってからのお話。

休憩感覚で読んで下されー

「日和ちゃん、足りない物はないかい?」


 この家の主はとてもにこにことしている。

置野佐艮、土の術士・置野家の我らが当主である。


「はい、大丈夫です」


 そう答えるのは新たに住むことになった当主のご友人の娘、金詰日和嬢。

容姿端麗、年頃のお嬢様だろうにあまり表情を見せず、そして欲を出さない姿はなんと坊ちゃんに似たことか。

先祖である竜牙様を見れば逆に佐艮様のほうが浮いているのではないだろうか。

 ……さて、我々使用人の朝は早い。

まず朝食の下準備に一人の板前と二人の女中がそれを手伝い、男使用人である私はそれらを確認しながら献立を聞き今日一日のスケジュールを組み立てる。

事前に仕事の割り振りを組まないのは、突然病に倒れられても困るからだ。

もしかしたら急な外用も入るかもしれない。

 ご家族様が起きるまでには食事や部屋の用意、またこちらも準備として先に食事を摂っておかねばならない。

これらも当然我ら使用人の仕事でもある。

私達は常にご家族様を気にかけ、滞りなく一日を過ごして貰えるよう最善を尽くさねばならないのだ。

 ちなみに金銭の管理も私の仕事に入る。

食事や電気に水、術士や解呪の道具に加えて雑費、使用人の物も含め全て計算ずくだ。

日々町全体を守られる方々に手を煩わせるわけにはいかない。


「おはようございます辰巳様、本日もよろしくお願いします」

「ああ華月殿、おはようございます。本日もお願い致します」


 髪を一纏めにし、落ち着いた雰囲気の女性は廣元華月。

幼い頃から共に生活しながら女中として仕事をする我らが置野家を支える一族の一人娘で、佐艮様の命により日和様がいらっしゃった初日からお付きとなった。


「……そろそろ日和様が下りてこられる頃合いか」


 腕時計を見ると時刻は6時。

日和様は他の方々に比べ起床時間がいくらか早く、朝食も常に一人で摂られる。

まだこの家では慣れてはいないのだろうと思われる。

直ぐに慣れろという訳では無いが、やはり不安が無いよう過ごしていただきたい。


「…あら、噂をすれば」


 華月殿が何かに気付いたように階段に視線を向ける。

階段から人が降りてくる音が聞こえてきた。

この聞き慣れぬ音は日和様のものだ。


「あ…おはようございます」

「日和様、おはようございます」

「おはようございます、日和様」


 挨拶を受け、二人で挨拶を返す。

日和様は既に制服姿で髪を整えている。

起床からかなり経っているのだろう、やはり目覚めは早い。


「お食事になさいますか?」

「えっと…お願いしても、良いですか?」

「もちろんでございます」


日和様の返事に合わせ華月殿は先に厨房へ向かう。

私は日和様を食事の席へご案内した。

席に座られるのと同時に、何か思い出したように日和様は私に視線を向ける。


「……あ、そういえば……お金の事で…」

「お金、ですか。何かお困りごとが?」

「いえ、学費とかの支払いとか、これから生活する分とか…その、御厄介になってるので…」

「ああなるほど、金銭の工面でしたら私が担当なのでお話は受けますが…」


 佐艮様にはお伝えせぬよう言われた事を口にすべきか迷う。

だが、彼女は既に高校生、気にかけるのも致し方ない事。

知らない訳にはいかないだろう。


「…学費についてですが、日和様は先に完済させて頂いたので問題ありません。これからの生活についてはお気になさらないで下さい。元々家にはもう一人お嬢様がおられたのですから、生活の方もそちらも問題ありませんよ。

 そうですね、まことに身勝手ながら日和様の口座をお作りし、保管しております。それは後ほどお渡ししますので一緒にご確認の方をお願いしても良いですか?」

「えっと……学費の事だけよく分からないんですが…。全然支払いはしてませんよ?」

「……実は――」




 口座の中身は祖父の保険金と、祖父の元々の貯蓄が合わせてそのまま入っていた。

あまりにも巨額だし今必要な物ではないのでそのまま管理をお願いをすることにした。

ただし学費の方はというと、『神宮寺師隼様がお支払の方をしております』と返された。

どうして師隼なのかよく分からないまま雨の中を彷徨っていたら玲に会ったのだが、そのまま月日は流れ…講習中にそれを思い出した。


「そういえば師隼、家を片付けた時の費用とお支払してくれた学費の事なのですが」


 師隼の表情は一瞬目を丸くすると、眩しい笑顔になった。


「…ああ、既に使用してた物や消耗品等は捨て、家具一式で使える物は渡してしまったよ。家についてはそのままだ。その方が何かと便利だからね。費用については一切気にしなくて良い」

「そんな、気にします。どうして祖父のお金から使ってくれないのですか?」

「……一桁無くなるけど、いいかい?」

「え?」

「君は女性だ。先の人生で様々な事を予想してもほどほどにやっていける額ではあるだろう。

 だが今までの事でそのお金を使ってしまおうというのなら、君の受け取った財産が一つ桁を失う。君はまだ高校生だ。稼ぎには限界があるし、一人であれこれ自由にできる年齢に満たない。その保護は誰に任せるというんだい?」

「…………」


 日和の表情は少しずつ曇る。

確かにそう言われてしまえばその通りなのだが、全てを任せっきりにしてしまっている気がして正直不安だ。


「無理にとは言わないが、『できないものはできない』で、こういうものは大人に任せておくものだよ」


 師隼はにこりと微笑んだ。


「……つまり、大きな貸し…ですか?」

「そう受け取って貰っても構わない。まあ術士の皆の学費はこちらが出しているのだけどね。正也のように、何かがあっては困るだろう?」


 そういう師隼は唇に人差し指を立てた。秘密らしい。


「あと、こういう事は無自覚な方が賢いよ。ある程度になれば教える事もあるかもしれないが、知らぬが仏と言うものもある」

「……」

「君だって先日少し衝撃を受けていたじゃないか」

「…そう、なんですけど」


 先日、狐面に有給制度があることを知ってしまった。

それだけならまだしも、年に二回のボーナスと特別手当が何種類か、そして保険。

完全なる企業だと感じた。

だが命をかけた仕事でもあるし、別に可笑しくは無いのだろうか。

術士という存在だけでも十分ファンタジーなものだろうに、現実が絡んでくると、こう、モヤモヤする。

ファンタジーは存外ファンタジーではないのかもしれない。


「…もちろん知ったからには頑張って貰わないとね」


 師隼の笑顔が刺さる。

ある程度師隼が自由にしてくれるのは、ある意味で私が囮だからだ。

私が歩けば、私を狙って妖が来る。

そして既に女王を二人弱体化させている。

師隼にとってはこの上ない人材だろう。

師隼が自分を保護している理由は分かっているものの、これも入っているに違いない。

この人には逆らってはいけない。

できたらこの人の下で働いた方が良いかもしれない。

師隼はきらきらしい笑顔で期待に胸を馳せているような表情をしていた。

日和は見てはいけない物を見てしまった。そう、感じた。

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