492.土の力と実力
手から土を沸かせる。
足の先から、頭の先から、全身を巡って手の平に意識を集中向けて。
もりもりと盛り上がって手に沸く砂は、次第に手の平から零れ落ちて足元に山を築いていく。
次は足元の砂に意識を向けて、空中へと散布した。
細かな砂は俺の周りを漂って、手を伸ばすとかき集められるかのように砂が動く。
そんな砂からいくつもの礫を創り上げた。
礫を自在に操って、自分の周りを漂わせる。
脚持ち上げて勢いよく床を踏みしめた。
足の先からは土の槍が生えて、地面を手で叩くと土の柱がそそり立つ。
あとできることは……――ああ、蟻地獄を作ること。
出した土を全て砂に変えて床に振り撒く。
砂はぐるりと円を描くように回りだした。
そこにガラスの欠片を投げ込めば……欠片は渦に飲み込まれて中心に沈んでいった。
「すげぇ……」
「明らかに規模が違う。僕達の力はまだ半端なのだと理解できるね」
「これが、篠崎の術士……」
一通りの動きを済ませると、そんな感想が聞こえてきた。
漏れてる言葉は全部違っても、同じ意味合いに聞こえる。
この力にまだ満足している訳じゃないけど、反応を見る限り悪くはない……のかな。
「なるほど…今までに見た中では、まさに規格外。細かな砂粒一つ一つから自在に、意のままに操っている。
精神力に集中力、そしてその技量さえも僕が今まで見た中では例がない。これが篠崎の術士かぁ。当然のことを聞くけど、ブースターは?」
「無いです」
「いやあ、面白いものを見させて貰った。今のが君の力の全部かな?」
「いえ……これがあります」
メモをしていく喜大さんに問われ、硝子の欠片を纏めた袋を取り出す。
中を開けて袖口を握った上に数粒乗せた。
「わあ、不揃いだけどキラキラとした綺麗な欠片だね。これは……ガラス?」
「…はい。俺の土からできたものです」
ふむふむ、と手の平の欠片にじっと顔を寄せる喜大さん。
すると「むむっ?」と声が上がった。
「砂をガラスへと精製するには高い熱が必要だ。君の力だけでは足りないんじゃないのかい?」
「それは……――」
喜大さんの疑問に答えるべく、俺はずっと肌身離さず持ち歩いている手紙を袂から取り出す。
可愛らしい便箋からは今も手がじわりと熱くなるような熱を放っている。
師の力は今も絶えず、俺に力を貸してくれているらしい。
喜大さんはじっくりと手紙を見ると、汚さない為か白手袋を嵌めて手を伸ばす。
便箋に触れた途端、じゅっと音を立てて指先から煙が上がった。
「おおっ!?」
「わっ……大丈夫ですか?」
俺以外が手紙に触れるとどうなるのかを、俺は知らない。
驚く喜大さんと一緒に目の前で起こった事象を思わず凝視した。
日華が言ってた『我の力は我が認めた者のみに扱える』ってそういう事?
寧ろ認めた者以外に触れさせはしない、そう言ってるような様子に見えた。
「びっくりしたけど大丈夫。僕は力を持ってないから熱自体は感じなかったけど、この手紙は持ち主以外触れさせないような加工をされているね」
ほら、と喜大さんは煙を上げた手を見せる。
言われた通り、確かに煙は上がったけど手袋は一切焼けた感じも、手袋を脱いだ手も火傷をした様子はない。
でも中々心臓に悪い。
「この手紙は一体?」
「最初は妹から貰った手紙で……少し前に鷲埜芽家の式神・日華にその力を分けて貰いました。向こうでは俺の術の師をしてくれたので」
「鷲埜芽家の式神?へえ、名前は聞いたことあるね!妖を基とした式神を作り出す一族で、自然の力を操る篠崎四家に次ぐ強い力を持つ家でしょ?日華って名前なら太陽神かなぁ、力も無い僕でもこうして分かる程の力がある!かっこいいなぁ。一度お目にかかりたいよ」
「ありがとうね」と付け加えて喜大さんは眩しい笑顔を見せた。
手紙はもう必要ないみたいで、俺は袂へと戻す。
すると今度は「じゃあ早速その手紙によって得た力を見たいんだけど」と興味津々な表情を向けてきた。
まるで、気になった事を探る様な日和みたいだ。
断る理由も無いし、俺は手に握ったガラスの粒に神経を向ける。
新しい力はまだ、神経を通して意識するように力を込めないと反応してくれない。
それほどまでに今までの砂とはまた異質なのだろう。
いつか俺が操る砂のように、軽く意識しただけで俺の好きに出来たら良いのだけど。
残りの袋に詰めた砂も取り出して、硝子は砂よりも数倍の時間をかけて繋がって、一枚の板を生成していく。
「おお……土の力は宝石すらも生むとは聞いてるけど、これはこれで興味をそそられるね。素晴らしい、見事だ!とっても面白いよ!」
まだ慣れていないこの力は、流石に集中力が多く必要になる。
大きな力を使っているからか体も熱くなって、次第に汗が零れながら……なんとか一枚のガラス板を作ることができた。
それでもじっと見学している光が丁度入る大きさ、多分150cm程の板だ。
「これが、今の限界」
「ふむ、高さは150cm強の幅は40cm弱、厚さは3mmといったところか。流石にこの技術で君の力の程を計ることは出来ないけれど、見た感じ多くの集中力と技術が必要そうだ。ちなみにこの板は崩せるのかい?」
「砕いて細かくすれば、さっきみたいなガラスの粒子にはできる。でも砂には還元しない」
「熱が加われば戻ることは無いのだろうね。君の戦い方次第ではあるけど……成程、できる限り君の力のサポートできるようこっちでも考えてみるよ」
「え?」
ふむ、と顎を擦る喜大さんがあまりも自然に言うから、思わず聞き返してしまった。
次の瞬間にはにっこりと笑顔を見せている。
「術士が快適に術士生活を送る事こそが、僕たち研究職の役割だからね。君達篠崎側が関わらないブースター然り術士の登録制度然り、君達もよく知っている諜報機関である狐面や術士アプリ、全部僕達研究職が提案しているものだよ。それらを構築し現場に生かすには、やっぱり僕達が一番術士に近い位置にいないといけないからね」
「……よろしくお願いします」
「うん、任せて」
すごく嬉しそうな笑顔が見えた。
喜大さんは本当に研究職が似合う人間だと思う。
調べることもそうだけど、術士に関わること携わること全部に喜びを感じている……そんな様子が伺い知れた。
多分神奈川に入る辺りで朔と通信してた人だけど、多分元々こうして術士と関わることが好きなんだろうな……。
「はい!これで大方の作業は終えたから解散!研究ベースに何乗り込んできてんの、帰れ帰れ!!」
喜大さん、立派な人だなぁと思っていたら、邪険にしたように快斗達を睨んでしっしっと手を振る。
しかし快斗達は聞く耳持たず。
寧ろ目をキラキラさせて「すげー!」とか「術士について教えて貰おう!」とか口々に声を発している。
見世物になったつもりは無いけど、東京の術士にはいい刺激になったようだ。
羨望の目は滋賀でも受けてきたけど、なんとなくここは更に強い気がする。
「正也お疲れ!見せて貰ったけどすごいな!かっけぇ!俺ももっと自分の術を磨きたいから色々教えて欲しいんだけど、いいか?」
「……うん。わかった」
特に、尻尾を振った大型犬のように俺の前に駆け寄っては目を輝かせる快斗。
術士としての向上心も高そうだ。
「俺、ずっと篠崎の術士に憧れてたんだ。オッサンが篠崎に行くって言ってから気になってて……それがまさかこんな形で顔を合わせると思ってなかったよ!」
それは言われた言葉通り、憧れを前にしたように嬉しそうな声だった。
合わせて笑顔で楽しそうな表情を見せる快斗は、今にも『サインくれ!』って言い出しそうな勢いを感じる。
確かに強い術士、という扱いでは憧れられるのも可能性としてはあるのかもしれない。
でも俺は言う程強くはないと思うし、人様に憧れられるような存在ではない。
師隼の思想と同じ、あまり表立ってその場にいるような人間でなければそのような謂われもない……と思う。
「俺はそもそも篠崎を出ることすらも考えてなくて……でも、こうして憧れを持たれてるとは正直思ってもみなかった」
「そこは……まあ、俺が特殊なんだと思う。予定もしてなかったんだけど東京の中でも一番の古株になっちまったし、ずっとオッサンから篠崎の話は聞いてたからな。去年だって大量に女王が現れたんだろ?すっげー心配もしたけど、全部倒したって聞いてやっぱすげーなー!って思ったもん」
「……そう、なんだ」
全て日和が関わって倒された女王の話を、快斗は聞いたようだ。
だけどどれだって日和が弱体化させて倒したものだし、寧ろ弥生なんかは日和が倒した女王。
そこに俺が絡めるような場所は無い。
特にラスボスのように君臨していた弥生なんて、俺は途中で竜牙に任せたまま意識を失っていた。
心は完全に弥生に負けていたのだ。
褒められるような部分はどこにもない。
「家族に術士が居る訳じゃないけど、俺も小さい頃からずっと術士をしてきたんだ。んでも俺よりも小さいクセに2年も先輩の術士が居てさ……その背をずっと追いかけてた。強さに憧れるっていうか……術士そのものに憧れちまうんだよなあ、俺。
自分が術士である事を理解していて、術士として上を目指して戦ってる姿。その先輩はもう亡くなっちまったから会えないけど、正也からもそういうの感じる。篠崎の術士も周りの妖が強いから、強さを求めるんだろ?でもそういうのって術士として理想の姿じゃねーかなって思うんだ。んまあ俺の思考が押しつけがましいってのは分かってるけど……」
ひとりでに語る快斗だけど、そういう考え方は……悪くはないなって思った。
別に強さにこだわってる訳じゃない。
篠崎だからって理由でもない。
ただ快斗の求める理想に当て嵌まるのが、篠崎の術士っていうだけ。
それなら、それでいいのかな。
「……ちょっと、快斗のこと誤解してた。ごめん」
「んあ?何がだ?……んー、よくわかんねーけど、正也と仲良くなれた気がして嬉しいな!あ、今更だけど正也って呼んでよかった?」
「それは勿論。よろしく、快斗」
「おうよ!」
快斗は気さくだ。
話しやすくて、多分すごく良い奴。
東京の術士が触れ合いやすい人ばかりでよかった。




