478.朔のお仕事
「朔」
「んあ?」
「次は、どこ行くの?」
鷲埜芽家を出たはいいものの、次の目的地を聞いていなかった。
朔は車を走らせながら横目で答える。
「まずは元々こっちに来る時に予定していた明石海峡大橋を通る。確認はしたが地震の影響は無し、念の為の通行止めだったようだな。
そこから大阪を通って名古屋方面、そのまま太平洋側を通って、まずは一度研究施設に戻ってあの資料を渡したい」
あの資料、とはこの旅の途中で次第に増えていった沢山の用紙だろう。
どれも俺が地方の術士と一緒に歩いている間に朔が一人で準備したものだ。
掃除の時に軽く見たけど、各地域の術士の情報であったり能力、その地域に出る妖の頻度や姿、色まで纏めてある。
中には地図があって、地形や目印までメモされていたり……。
実は朔自身も研究者なのでは?と聞いてみたいくらいだ。
正直金詰蛍を思い出す程、レベルの高い調査だと思う。
……と言っても、この物量をたった一人で研究していた金詰蛍の方が常軌を逸している感は否めない。
「って事は、行先は東京……」
「そうなるな。まあその前に名古屋から北上したら、まずはお前を降ろすが」
「え?」
「あ?」
朔の言葉を飲み込めなくて、つい疑問形で返してしまった。
朔も眉間に皺を寄せて俺を見ている。
「ごめん。えっと…ちょっと意外だったから」
「お前、俺が何処までも連れ回すと思うなよ?采紫郎にも散々言われてんだから気にしてる」
「そうなんだ……」
そういえば鷲埜芽家に着いたばかりの頃、采紫郎さんは朔に対してすごく怒ってたっけ。
なんか酷い言い方をされてた気がするんだけど……まあいいや。
車は徳島市に向かい、大鳴門橋を通って淡路島を通っていく。
朔は神戸市で一度休むと言っていた。
車の移動で大体2時間40分くらい、多分俺の体調を気にしてるんだと思う。
「正也、お前はどうする?」
「朔についてく」
「そうか、分かった」
車を降りて固まった体を伸ばしてほぐした。
そこへかけられた質問は、きっと朔はこれから他の術士に会いに行こうとしているのだろう。
朔がしてることを、この目で見てみたい。
その一心で俺は答えた。
「兵庫にはあんま滞在できなかったからな。少しでもこうして時間が取れるなら願ったり叶ったりだ」
「大阪には結構居たけど、その間はどうしてたの?」
「奈良や和歌山へ行ってた。南側は何かと寄りづらいからな」
「なるほど」
やっぱり朔は一人で活動してたみたいだ。
兵庫の術士、その情報はどこから仕入れていたのだろう。
朔は時折辺りを見回すようにキョロキョロとしながら歩いていく。
俺はその背を追いかけるだけ。
しばらくすると朔は「この辺りかな……」と呟いた。
「ねえアンタ、すっげー術士の気配すんじゃん」
「ん?」
現在地は多分中心街のような場所で、ある程度の人混みがある。
そんな中で後ろから声をかけられた。
振り向けばTシャツにトゲトゲがついた黒い首輪やリストバンドをつけた青年…?が居る。
なんていうんだっけ、こういうの。パンクファッション?
髪も黒だけど部分的に赤に染めてある。
完全に俺の人生にはまだお世話にはなっていない部類の人だ。
「見ねぇ顔の奴だな。少し前、おやっさんが言ってた術士か?なんでまだこの辺りうろうろしてんだよ」
相手は多分俺より少し年上。
多分、この地域の術士だ。
「……朔」
「んお?おう、トゲ付き首輪とリストバンドの男……情報通りだな。お前が神戸市の一人、沢海拳か?」
「ちっ、こっちの情報持ってんのかよ。めんどくせぇ奴らだな…」
朔が名前を挙げると男は明らかに嫌そうな表情を見せた。
当たりらしい。
「ところで、おやっさんって?」
「ああ?お前らは会った事あんだろうがよ、ブースター職人・大貴貫のおやっさんだよ」
「ああ……」
どうやらこの拳という男も大貴貫さんのブースター利用者らしい。
皆おっちゃんとかおっさんとか言ってたけど、最早そういうあだ名のようなものなのだろうか。
拳は話を続ける。
その雰囲気は最初とは比べて、既にだいぶ柔らかくなっていた。
「……一応話はおやっさんの方から聞いてる。西に向かったって聞いたけど、もう終わったのか?」
「おう、話が早いな。俺達はもう東京へ戻るところだ」
「そうか。例の話は他のやつらにも伝えておいた。それよりは今、術士至上主義って奴らがこっちにも幅を利かせ始めとる。それを追い出すので精一杯だ。出来ることはやる、それでいいか?」
「まじか、そりゃ十分すぎるぐらいだ。大貴貫さんと話せてよかったぜ」
なんかあっという間に朔と拳で盛り上がってる。
まるで手筈は既に整っていたような空気だ。
いや、実際そうなのだろう。
工房に居た時は短い時間だったけど、それでも朔は朔なりに一人で動いていた。
タイミングはきっと大貴貫さんと二人で話をしている時だ。
「ところで術士至上主義が幅を利かせてるってどういうことだ?」
「あいつらが公開演説したってのは聞いてる。以来、更に向こうの人間が増えて術士と妖を認知するヤツも増えた。おかげでこっちは隠れて妖倒さなきゃなんねぇ。ついでに術士はそんな良いもんじゃねえって言い回るのに苦労させられてんだ」
「なるほどな。正也、こいつらに結界の張り方を教えてやれないか?」
「……うん、わかった」
どうやら俺が鷲埜芽家で修行していた間にも、術士至上主義は動いていたみたいだ。
篠崎の外に出た時から気付いていたけど、どこの術士も結界を知らない。
それは大阪やここも同じらしい。
どれだけ人気のないところで戦っても姿を見られてしまえば途端に盛り上がられてしまうのだろう。
そんなの戦いづらいし、担ぎ上げられる現状が嫌になりそうだ。
元々は朔が作った狐面の認識阻害、その応用である結界の方法を拳に教えた。
それから試しに人通りの多い場所に出て、拳は地面に手を置き結界を張ってみている。
すると辺りに居た歩行者や車は一瞬にして掻き消え、結界内は俺と朔、拳だけになった。
「……できたか?」
「大丈夫だと思う。妖を呼び寄せてみよう」
妖は強い感情に反応することも伝えている。
拳は立ち上がると大きく叫んだ。
「てめぇふざけてんじゃねーぞ!もういっぺん言ってみろ!」
「えっ、俺は別に…何も――」
「――んだとこらぁ!てめぇ、調子こいてんじゃねーぞ!」
拳は腕を構え殴る姿勢を取った。
その時、周囲の空気は重くなって近くで気配を感じた。
「…来た」
「演技でも飯食いに来んのか!もうこのやり方が一番じゃねーのか?」
拳は何だか張り切っている。
個人的には演技で来るのも驚きだけど、演技の上手さにも驚いた。
役者でもしてるのかな…?そう言いたいくらい。
「来たぜ!この結界、ホントに効果あんだな!?」
「ここはその実験の場みたいなものだし……」
現れたのは猫みたいな妖だ。
拳は首のトゲを引き抜き、大きく伸ばして槍のように構えた。
……どんな力なのだろう。
金属を操る…?石飛照のように針を操るような感じ……?
「残念ながら餌はお前の方だ、悪ぃな!」
現れた妖は小型ながらすばしっこい。
拳の突き攻撃を柔軟な動きで回避している。
手伝いに手を出して良いのだろうか。
そう思った時、拳は更に首からトゲを引き抜き飛ばした。
さく、さく、と音を立てて地面に刺さる槍のような何かは元々アクセサリのようについていたトゲに見えない。
それがいくつも刺さって檻のような様相になっていく。
囲まれた妖は最後の一撃として拳の突き攻撃を受け、霧散した。
「……おし。すげーな、周り気にせず妖を倒せるって!こんなに静かに戦えるのか!」
「他の皆にも教えてあげたら良いと思う。術士至上主義への対策になるなら」
「十分だぜ。面白いもん教えて貰った、あんがとよ」
拳はにかっと笑う。
妖に投げたいくつもの槍の形状――円錐型の切っ先に長い柄がついただけのシンプルなものを小さくして首に嵌めながら。
多分これは、金属を操るとかではないな。
「俺は……拳の力が気になった。それ、何?」
「これかー?元の大きさはこっち。この槍を小さくしていつも首や腕に収納してんだ。これ全部取れるぞ」
まさか、長い方の槍が元々のものだとは思わなくて吃驚した。
俺の槍も鏃に柄が付いただけの余計な物は何もないシンプルな槍だけど、それ以上にシンプルに見える。
それをアクセサリのように見せるとは十分に意外性がある。
「拳の能力は物の大きさを変えられるってこと?首も腕もそういうアクセサリだと思ってた」
「そう見せてんだよ。こんなやべー奴に寄り付かねぇだろ?」
「うーん…確かに、縁はなさそう……」
どうやら拳なりの人祓いと武器の片付け場所だったらしい。
武器をファッションで馴染ませる人、初めて見た。
「ま、俺が扱えるのはこれだけなんだけどな。これ以上はブースターに頼らなきゃならねーから」
「そうなんだ。それで……大貴貫さんと、術士至上主義について話したの?」
「お前らのことも聞いてるよ。なんかやべーことあるんだろ?何かあったら皆で連絡取り合って何かしらの対策を立てる話はしといたからよ」
朔は俺達の会話を聞いてうんうんと頷いている。
その表情は満足しているようで、どうやら朔の仕事は上手くいってるみたいだ。
「そんじゃ、こっち側の事は頼んだぜ。じゃあ正也、次行くぞ」
「うん。……それじゃ、また」
「おうよ」
俺は朔についていき、多分次の場所へ行く。
行先は分からないけど、俺はついていくだけ。
朔の背を追って歩いて、風の向くまま気の向くまま、追いかけるだけ。




