474.答えの無い答え
昼食を終えた午後、今日も針を手に持つ朝日の許に俺は向かった。
「……朝日、朔に会いたいんだけど……どこかにいるかな?」
「分倍河原さん?居ると思うよ。部屋は父上の隣だね」
「そうなの?知らなかった」
「あはは、教えてないからねー。今は午前中だけ山を降りてるはず。そろそろ帰ってくると思うよ」
俺に裁縫を教わってから、朝日の裁縫する時の表情が変わった。
なんていうか、前は眉間に皺が寄っていたのに今はそれが無い。
コツを掴んだのか余裕が見えるようになったのか、そこまで苦じゃなさそうだ。
「こっちのことは気にしなくていいよ。毎日手伝ってくれるの助かってるし、正也が気になる事を優先した方が良いからね。僕も今日は少し頑張ってみようと思う」
「……そっか。じゃあ…朔のところ、行ってみる」
「うん、いってらっしゃい」
相変わらず布の山に埋もれた朝日から離れて、一先ず采紫郎さんの部屋へ向かう。
何度かお世話になったし、場所は憶えてる。
だけどその隣というと……――両側とも、何の部屋なのか知らない。
せめてどっち側か、とか聞いておけばよかった。
波音だったら片っ端からとりあえず鳴らして障子戸開けてそうだな。
俺はもう少し穏便に済ませたいけど……――
「――正也じゃねえか。どうした?」
采紫郎さんの部屋で立ってたら、声をかけられた。
その主の方へ顔を向ければ、鞄を一つ下げた朔が立っている。
どうやら今帰って来たところのようだ。
「朔……。……朔を、待ってた」
「見た目じゃ采紫郎への用事に見えたが俺か!俺の部屋はこっちだ、入れ」
がははと笑う朔は采紫郎さんの部屋の右隣に並んだ障子戸を開ける。
左から開けようとしてた。
知らない部屋を覗かなくて良かった……。
「悪ぃな、この辺りに弟子は入らないから部屋が取っ散らかってる。せめて換気だけでもするか」
部屋の中は出しっぱなしの布団に簡易テーブル、他に家財は無いから書類の山が床に直接積み上がっていた。
確かにちょっと埃っぽい。
そういえば朔は午前中って外に出てるんだっけ。
「朝日から聞いたんだけど、午前中外に出てるんでしょ?……部屋、掃除しようか?」
「マジか?頼む」
倍速で了承を貰った。
朔の書類がバラバラにならない程度に埃を除いて布団上げられたらいいかな……。
なんだか忙しそうにしているけど、なんで外に出てるんだろう。
「……あのさ」
「んあ?」
「何の用事で外に出てるの?それと……多分、俺がホテルの中で過ごしてた時も、そうだよね?」
自分が塞いでいたとはいえ、なんとなく聞きづらかった。
聞いちゃダメな事かな、と思いつつも……でも、今になって気になる。
どうしてかは分からないけど、今になって知りたくなった。
知るには、小さな不安がある。
それでもずっと知らないよりはきっとマシだ。
朔は……にっと笑って口を開く。
「おう、俺は現状お前の保護者でもあるが、宗家・分倍河原の人間でもある。俺にだって俺の仕事があるもんよ。……聞きたいか?」
どかっと床に座る朔の前に腰を下ろして、頷く。
朔は書類の一山の上から紙を一枚手に取ると、俺に見せてきた。
「……『妖・出没データ』…?」
「おう。何度か言ってることだが、最近妖の動きが妙におかしい。正直滋賀・大阪・兵庫・四国…何処に行っても見た感じの変わりはない。だが、こうして文字や数字に起こすと少しだけ、その違いが分かる」
用紙には同期間で各地域に現れた妖のデータが記録されていた。
日に会う数、出没地域、討伐した術士、それらが表やグラフとなって纏められている。
赤色の折れ線グラフは以前の調査時期を現しているけど、昨年の分を表した青色の折れ線グラフは赤色の折れ線グラフの少し上を通っていた。
「日じゃ分からないけど、週にすると2,3匹分増えてる……?」
「ああ。術士はどいつもこいつも"そんなもん"だと口を揃えていた。まあ違いに気付いた奴も中には居るがな。その原因を突き止めることも含め、俺は日本を回りたいなと思っていた。
最初はお前の出張が終わって篠崎に返したらってつもりだったんだが……今、お前にはそれに巻き込んでる形になってる。悪いな」
「……ううん。…俺、こうして篠崎の外に出てから、ここまで来て気付いた。色んな人と出会って、話すの楽しい。今はどんな力があるのかとか、どんな事を思って妖と戦ってるんだろうとか、いろんな事を知れてる。それに日華には俺の力について知らなかったことを教えて貰えてる。多分篠崎に居たままじゃどれも知らなかったから、俺は……もっと、沢山のこと知りたい」
次第に朔から外れていく視線を戻す。
すると朔は驚いた表情を見せて……がははと笑い出した。
「はははは!なんつーかお前も少しずつ変わってきたな!この前は体格が大きくなってもまだまだ中身はそのままだとは思ったが、こっちに来てからは顔立ちも雰囲気も変わった。今はいろんな事が楽しいって見えるぞ。こっちに連れてきて正解だったな」
「……うん、ありがとう、朔」
朔は口角を上げて大きく頷く。
そして「続きになるが……」と再び口を開いた。
「原因については、大体わかった」
「そうなの?」
「穢れの社だ。采紫郎に先日について話したところ、以前よりも範囲が広くなってるらしい。本当は鳥居の前まで行けば中に黒い花が大量に群生している姿が見えたらしいが……この前はその広場までだったし、術士至上主義のせいで余計に酷くなっただろ?こっから妖は更に増えるだろうな」
「……どうするの?」
「おう、そっからが俺の仕事のメインだ。この先は何が起こるか分からねえ。だからその対策として、俺は各地の術士に俺の顔を広めている」
自信満々の朔。
だけど俺には、少しよく分からなかった。
「……どういうこと?」
「こっちに来りゃ、采紫郎の顔もあるから今ん所は問題なさそうだが、仮に『妖が集まって襲ってくる』って噂が本当だとして、俺達術士は何が出来るかって言うと…術士として団結して抗う事しか出来ねぇ。だったらそれでいいんだよ。ただ、団結の理由を作ればいいだけ。『危機が迫った時には助けとなって欲しい』……そう伝えて回れば、誰だって戦う理由が出来るだろ?」
「なるほど……」
どうやら朔が出回っていた理由は、沢山の術士に会うことだったらしい。
そういえば滋賀でも、大阪でも、中国地方は攫われたから知らないけど四国に行った時も朔は毎日外に出ていた。
合流するのは遅い時間も多くて……。
(そっか、それで離れたりしてたんだ……)
その理由が、腑に落ちた。
「さ、俺の次はお前だな」
「え?」
「悩んでた理由から、聞いてもいいか?」
「あ……」
朔は自分のことを教えてくれた。
ここで俺が何も話さない…なんてことは、出来ないと思う。
説明は、ちゃんとしなきゃな。
「……あの公開演説で、俺はあの現場が……ただの妖の公開処刑にしか見えなかった。妖は確かに倒すべきモノ。だけど俺は叫んでる感情を伝えると弱って簡単に倒される妖を見たし、妖にだってやりたいことがあるって知ってしまった。そしたらあの公衆の面前で殺された妖は可哀想に見えた。俺は力を使うとどうなるか身を以て知っていたから何かできたはずなのに何もできなくて、助けてあげられなくて……苦しかった。
そしたら、何もできなくなった。術士として妖を倒すのも、そもそも妖はなんだってなって…『ただ妖が居るから』なんて理由で戦うことすら烏滸がましく感じて……」
「……そうか。そいつは、苦しかったな。それは、お前がそれまでを経験したからこそ受け止めた心だ。俺は、それならそれでもいいと思っている――」
「――それでも!……だからって、術士は辞められない。こうして外に出て犇々と感じるんだ。俺は、術士を辞めちゃだめだって、家もあるし守りたい人も町もある。帰りたい。術士として」
「……」
「こっちに来て、弟子入りして、知った。皆、いろんな事を思ってるって。妖に対しても、術士に対しても、その力に対しても。勿論今までも色んな人を見て来たけど……まだまだ足りない。俺は、もっと知りたい。それで、俺の答えを、作りたいって思って……」
「ふっ……くくっ……あはははは!!」
真面目に話したつもり。
心の内を、余すことなく。
それなのに朔は表情を歪めて、抑えようとしたものを爆発させたようにまた大きく笑い出した。
「ねえ朔、なんで笑うの?」
「あー、悪い悪い。いやー、くくっ……面白くてな」
「何が?」
「お前も成長してんなーって。何より若ぇ」
「分からない…」
「こんな感覚は歳取ったおっさんしか分かんねーよ」
「む……」
「お前はお前の答えを知る。それは大いに結構だ。『妖って何?』良い疑問じゃねえか!じゃあここももうすぐ終わりだな」
「何が……?」
「残り2,3日って所か。お前が答えを決めてもっと大きくなったら、次行くぞ」
突然立ち上がった朔は近寄ったと思ったら俺の背中を大きく叩く。
痛い。……けど、悪い気はしない。
次、そうだ、次がある。
俺はまだ前に進まないと。
答えを決めるまでもうすぐ……俺が求める答えは、どんな形なのだろう?
「……うん」




