473.心の気付き
「正也君大丈夫?ごめんね?」
「大、丈夫……体はわりと頑丈、のつもり……」
俺は此花の治療を受けている。
修行は4日目。
少しずつ術の扱いには慣れてきた。
礫をある程度は意識して動かせるようになったし、軌道とか礫の形状を考えて頭で形を覚えてしまえば何とか量産できるようになったり、それを日華にかすりそうな程に操れるようになってきた。
そんな中で、今日は日華の指示により夕食前の術修行に日華ではなく此花が立ちはだかった。
術士を相手にする機会など中々無い。
……ごめん、嘘ついた。
この、既に形が崩れた応援出張では定期的に術士と戦う場面は結構あった。
ただ、毎度相手が変わるから対応も変わるだけで。
いろんな人を相手に少しは戦い慣れておくのも大切だとは思う。
本当にそういう考えが日華にあったのかは分からないけど、俺は此花と戦った。
……結果が今現在である。
「正也君の体は確かに骨は丈夫そうだし、多少の傷や怪我があってもそんなに痛みを感じなそう。でも、大切にしないと駄目だよ。私も相手を傷つけたくないし」
「此花が優しいのは…知ってる。うぐ……」
「もうちょっとだから待っててね…」
結果から言うと、俺は此花にも負けた。
いや、正確には此花が出した樹に?
此花は樹木を扱う術士ではあるけど、そのレベルを甘く見ていた。
何となく今までの此花の様子から感づいてはいたけど、此花が扱うのは樹木だけではない。
植物全体が含まれていた。
大きく動こうなら行き先を予想して足元から生えた蔦に足を取られ、樹木の根や枝が鞭のようにしなって襲ってくる。
ぱっと咲いた花からは花粉が噴き出して、自然の暴力的な面を見た。
大地から植物が生えているのだから、俺が攻撃をしたところで食い物にされるだけである。
敢えて言うとボコボコにされた。
日華が言っていた術士の真髄。
それはきっと此花が自身の力に自信があって、此花自身がその力を好み愛している、そうして手に入れた一線先の力なんだろうと思う。
それを、俺は手にすることが出来るのだろうか。
「お待たせ、正也君」
「ん、ありがとう…」
「……正也君」
「ん?」
「最初に抱えていた悩み事、解決できた?」
治療を終えた此花は、気付けばじっと俺の顔を覗いていた。
同時にかけられたその疑問は、今丁度俺も悩んでいたところで……「正直、答えはまだ…」と素直な気持ちが口から出た。
「そっか。……妖に対しての気持ち、だっけ?」
「……そう」
「んー……難しいよねぇ。私も目の前に妖が居て、誰かを襲ってるようなら戦うよ。でも…何もしなければ、私も何もしないかも」
「え?」
此花は至って真面目な様子だ。
だからこそ、その返答は意外で変な声が出てしまった。
「だって、妖だって生きてるんだもん。お腹空いちゃうこともあるよ。それに……日華や陰、陽も元は妖だし…もしお父さん達の力で仲良くなれるのなら、私は仲良くなりたいな」
驚くほど素直な言葉に、俺はどんな表情をしたんだろう。
でも、霧が晴れた様な言葉でもあった。
妖と仲良くなる、なんて考えたことは無い。
でも確かにこの鷲埜芽家を通して見てみると……そんなことも容易に考えつくのかな、と思ってしまう。
「あ、勿論ここと篠崎じゃ環境が全然違うんだって分かるよ?だって篠崎の妖はもう体に欠片もなくて、力もあって、襲ってくるような子ばっかりなんでしょ?私はお父さん達の力は使えないけど、その様子はずっと見て来たから分かる。あれはまだまだ生まれたばかりの可愛い妖だから出来る力であって、沢山の感情を食べて飲まれた子達じゃ話も聞いてくれないんだって、夕月君も言ってたし…」
「そうなの?」
「うん。えっとね…朝日君が式神に指示できない理由は、朝日君が式神を作る時に妖に力を込めすぎて支配しちゃうんだって。弱すぎると契約すらも拒否して、強すぎるとそのまま術士の力で死んじゃうんだけど、適度よりも少し強い力で無理矢理契約させちゃうから妖の部分として萎縮しちゃうんだって。そしたら言う事聞いてくれないみたい。
その分は夕月君が調整してあげてるから夕月君なら言う事聞いてくれるんだけどね」
そういえば一昨日、『炎王』と呼ばれている式神に遭遇した。
以前ご飯を保温しておいてくれた名の通り炎を操る式神のようだけど、師隼について3時間も語っていた(俺も気付かなかった)後、夕月と共に俺を攫いに来たあの人(?)だ。
あの後正式に挨拶して貰ったけど、厚い胸板に丸太のような腕、体は上半身だけだったけど明らかに腕っぷしに自信のある見た目をした頼りがいのありそうな式神だった。
他にも『水竜』や『氷虎』といった式神をメインに夕月は扱っているらしい。
水竜はタツノオトシゴみたいな見た目をした式神、氷虎は完全に真っ白なトラだった。
彼らはまだ炎王と並んで教えて貰っただけですぐに片付けてしまったけど、また会えたら良いなぁ。
そんな気持ちが膨れ上がったからだろうか、俺はふと……何かに気付いた。
「でも、こうしてこの家に居ると…色々な話が聞けて楽しい。俺が知らなかったこととか、沢山聞ける」
「本当?こうして正也君の見聞が広がって、答えが見つかると良いねえ」
「うん。……俺、あまり話すの得意じゃないし、知らなかったけど……人の話を聞くの、好きかもしれない」
「そうなの?」
「此花は、話しやすくて…助かる。篠崎を出る前だと、言われた事に頷くだけだったけど……こうして外に出ると、色んな考えや話が聞けて、良いな」
ふふっ、と此花は小さく笑う。
「私も正也君とお話しできて楽しい。ここにはお弟子さんも居るから、沢山お話聞いてみて。正也君の答えが出ますようにっ」
にこりと見せる笑顔、添えられた言葉は素直で、少し眩しい。
でも、勇気も貰えた。
俺、この修行で前進できてるかな?
***
「妖は、倒すべき。術士至上主義…だっけ?あんな奴らみたいに大々的に表に出ようとは思わねーけど、妖を倒すことこそが俺の存在意義、みたいな!ちょっと単純すぎるか?」
「僕はこの活動が片手間になればいいかなって感じ。ただ毎日を過ごすだけじゃ単調過ぎて……幸い僕の力は周囲には気付かれにくいものだからさ、他の子みたく学校へ行くのやめるとか思わないし、授業とか学業自体は難なくこなせるし。
だけど…大した部活はしてないし、特別僕には何かがある!って訳じゃないから、妖退治が日常に少しのエッセンスって所かな。……え?ああ、この術士修行に参加しようと思ったのは……この力でもう少し、何かしたいなって思ったからなんだ。人間、何かに慣れると更に欲が出ちゃうの、嫌だよね」
「私、この術士修行は真面目に頑張りたいの!この力をお父さんやお母さん、友達に見せられるか?って聞かれると流石に『無理』って答えたいけど、私にだって出来ることはあるんだ!って思いたくて参加してるんだ。
実際、参加して良かったって思ってる。だって日常で家事なんてしないから、ここでは術を極める以外の事も出来るでしょ?それが意外と刺激になってるっていうか…!」
「うーん……皆キラキラしてるけど、ボクはあんまりこの力って好きじゃないんだよね。だからもっとうまく制御して、使えないようにしたいんだ。でもたまにこの力を使って感謝されると……気持ちが重たくなっちゃう。多分嬉しいんだと思う。そう考えたら、ボクはどうするべきか分からなくて……だからこの修行で、ボクも何か見つけられたらいいなって」
弟子生活を始めてから、本当に色んな人と出会う。
少しずつ話せる人が増えてきて、色んな声を聞いた。
感覚も認識も人それぞれで、そこに優劣は無いけど皆この修行に一生懸命になってる事だけは分かる。
それぞれで修行を楽しんでるように見えた。
「なんとゆーか、話に聞いていた以上に結構緩い部分としっかりした部分の差があっとよ。瑠璃達が言うには、元々そんな殺伐としたような修行じゃないとは聞いちょったけど」
「そうなの?」
「元々ここは術士の中では有名な修行山として代々続いとる場所やけん。瑠璃の時も今も多分変わりはないと思う」
他の弟子達と会話する機会も増えてきて、琲鈴ともなんだかんだ顔を合わせるタイミングは増えてきた。
今日は初めて昼食の担当になったけど、偶然琲鈴も一緒だった。
野菜を切りながら、琲鈴は何を聞かなくともよく話してくれる。
「そういえば正也は最近他の弟子とも話してる姿見るけど、何しよんの?」
「え?」
「ああごめん、えっと…何を話してるんかなーって思って……」
「ああ……。俺は、まだ色々と悩んでるから……皆、なにを考えて術士として頑張ってるのか聞きたくなって。妖を倒す理由とか?」
「ははーん、なるほど?」
琲鈴は白菜をざくざくと切りながら納得した表情を見せる。
それから作業の手を止めると、「うーん…」と唸り始めてしまった。
難しい質問をしただろうか。
流石に自分の手を止めることは出来なくて、味噌汁の具材を刻んでは鍋へ投入していく。
「ウチ、別に妖を倒すことに理由は決めちょらんのよね……。確かに妖と戦うんがウチらの仕事やけん。ばってん、そこを術士として動いてる訳じゃなかとよ」
「どういうこと?」
「ウチ、妖と戦う術士ではあるけど、術士は術士として動くんが正解だと思う。大っぴらに『特別な力のあるウチらが一番偉い』って言うような術士至上主義とかいう奴らの主張じゃないよ?ウチが思っちょるんは、『誰かが危ないから助ける』とかゆーのが術士じゃないんかな?って。ウチに術士の動き方を教えてくれた先輩がそういう人なんやけど」
「誰かが危ないから、助ける……」
「妖とか術士関係なくても首突っ込むんよ。面倒しいしやけど、ヒーローみたいな人。ウチはつい、そういう人を目で追ってしまうん」
聞き馴染みがある…じゃ済まされないくらい、琲鈴の言葉は身に沁み込んでいく。
そうだ。
元々俺は、誰かを守る為に術士になることを目指していた。
……流石に原点まで見失ってはいけないな。
「それで、良いと思う。俺も……町の皆とか、守りたくて術士してるから……」
「正也は何かあれば直ぐに飛んでいきそうやけん。前にこはちゃんが転けた時もそうやったね。あの時からあたしも、正也ってそういう気があるよなぁって思っちょったんよ」
にこりと琲鈴は笑う。
そっか。
そうだったんだ。
ただそんな言葉しか頭は浮かばなくて、だけど……自分の気持ちは身に染みたように体には出ていたらしい。
「昨日知ったけど、結構朝日さんや夕月さんのお手伝いしてるみたいだし、正也はそういう人。何を悩んでるんかはウチには分かりそうにないけど、それでいいんじゃない?」
「……うん、ありがと。なんか…結構スッキリしたかも」
「さー、お喋りに夢中になってしもーたし、早う作りますか!」
「そうだね」
止まりかけていた作業の手を進める。
さっきまではただ単に動いてる感覚だったけど、何かの気持ちに気付いた今は不思議と何かが取れたように身が軽かった。
時間をかけて量のある食事を作り終えてから、琲鈴は「あ、そーだ!正也」と声をかけてきた。
「何?」
「どうせごはん食べても瞑想来んのやろ?折角悩んでるんなら、朔さんに聞けば良いけん!思い立ったが吉日!」
「朔か……なるほど」
確かに、弟子生活を始めてから朔には会ってすらない。
俺は、琲鈴の提案に乗ることにした。




