463.禁足地
正直に言うと、目的地までは一直線なんじゃないだろうか、と思う。
だって山の道をずっと歩いているだけだから。
山の中で森は深いし、人が住んでいる気配もない。
多分元々が神様の住む地だから、特別な場所で人払いもされているんだろう。
何せ、"禁足地"と呼ばれるくらいだ。
「そういえば朔、一応これ……持ってて」
そんな中でふと思いついた対策は一つだけ。
またお守りに袂へ入れていた日和のハンカチを、朔に手渡す。
「なんだ…?ハンカチ?」
「うん、俺のお守り」
「ハンカチをお守りにするってお前……案外乙女か?」
言われた言葉に少しだけむっとしてしまって、次の言葉が言えなくなった。
だけど朔は俺を心配したのか、「お前は大丈夫なのか?」と聞いてくる。
本当はどうなのか分からない。
正直呪詛がどんなものなのかは竜牙と一緒に呪われた、あのいろんな動物が混じったような妖を倒した時しか分からないし、あんまり覚えてない。
ただ少しずつ竜牙に引き摺られて、俺自身も苦しくなって沈んでいく感覚しかなくて。
だけど……だけど多分、大丈夫。
「一応。呪詛を受けない加護は、されてるから」
「加護を受けてるって……お前の所にそんなもん扱えるやついねーだろ?」
「……詳しくは話せないけど、一人だけ…いる。そのハンカチも、その人に加護して貰ってる」
「加護を物に付与できるなんて初めて聞いたんだが……?」
元々加護と祓いの力は妖関係では管轄外だ。
それでも朔はある程度知識があるのか、驚いた顔をしている。
確か京都だったっけ。
前に少し話もしてたから、そっちから聞いてたのかもしれない。
一方で琲鈴と此花は「呪詛ってなんだ…?祓い…?」「なんだか特別な力みたいだね」と別で会話をしていた。
本当は二人にもなにかしてあげたかったけど、これ以上俺には何もできないのが心苦しい。
ただ、朔は絶対なんとかしなきゃなって直感が言っていた。
この判断が間違っていませんように。
俺達は真っ直ぐに社へと向かう。
歩き始めてどれくらい経っただろう?
まるで鷲埜芽家へと向かった山を登るみたいに緑は鬱蒼としてきた。
寧ろあの時はまだ自然な色だったけど、今歩いている場所はどことなくどす黒いような。
空気も次第に重くなっていく感覚すらする。
「まだ空気、重くなる……」
「かなり近い。相当来てるぞ、これ」
隣の朔は日和のハンカチで口を覆う。
本能的な判断、でいいのかな……でも多分、今すぐ呪われてもおかしくないくらいの重たい空気を感じた。
「じゃあそろそろってこと?何かあったらすぐサポートするね」
「おわっ、えぐ……」
此花はいつの間にか体に蔓を巻き付けている。
その姿に琲鈴が驚いた……瞬間だった。
「っ…!誰だ!」
前方から叫ぶような声が聞こえて、全員で視線を向ける。
奥には社のような建物の影が見え、その前には鳥居がある。
その前に広がる小さな広場、そこには文字が書かれた狩衣の集まり――術士至上主義の人達が五人集まっていた。
その中心には見知った顔がある。
髪をポニーテールに纏めた女性……勝部莉々子だ。
「勝部莉々子……術士至上主義の人が来てるって聞いてたけど、こんなところに何しに来てるの?」
「お前は、置野正也……!お前、どうしてここに!どうしてあの場からいなくなったんだ!」
莉々子は俺に気付くなり、怒り交じりの声を上げた。
公開演説の場から逃げ去ったんだから、反応として当然と言えば当然かもしれない。
でも俺はあんな場所、二度と行きたくないし、術士としても利用されたくない。
「俺には俺の思想がある。それだけ。俺の思想は莉々子達とは真逆だから、相容れない」
「折角"仲間"が出来たと思ったのに……お前らは先に鳥居の先に行け!ここはオレが止める!!」
少し残念そうな表情を見せた莉々子は気持ちを切り替えるように手を上げて指示を出す。
すると他の狩衣の集団が頷いて先へと足を伸ばした。
その先は鳥居、多分あの先へ行くと幽世に繋がる……――神域だ。
「やめろ、あの先に行かせちゃだめだ!!」
「任せて!」「応戦する!」
此花は鳥居の前に樹を生やして柵を作り道を塞ぐ。
琲鈴は狩衣の集団へと飛び出し、大きな本坪鈴を取り出した。
「鈴…――」
「――オレは、お前を許さない!!」
琲鈴が出した鈴に興味が出て視線を向けていると、正面の莉々子は声を上げて両刃の大剣を取り出し振り上げた。
――来る。
咄嗟の判断で大げさに回避すると大剣が振り下ろされると共に大きな地響きが鳴り響く。
なんてパワーだろうか。
同時にぞくぞくと体が戦慄いて、莉々子の力が危険であると判断した。
礫を出し、飛ばす。
まだ調子はよくないのか、いつもより小さくて威力も弱い。
それでも、今は戦わなければいけない状況だ。
「莉々子、我原紘は?ここに来た目的は!?」
「アイツを連れてきたらオレ達が戦えないだろ!オレ、ずっとうずうずしてた……正也とオレは"戦う為の力"を手に入れた術士だ!あんな奴が居たら話も出来ないし、こうして戦う事もできないだろ!」
「……!」
莉々子は――俺と戦うつもりだ。
いや、多分きっと出会った時からずっと我慢していた……そんな顔をしている。
期待に巡らせた顔。
だけどその表情はすぐに崩れて…俺の質問に答えてくれた。
「照は言っていた。この社から生まれる妖の数は増えている。時機に妖を操る王が現れて、日本を巡って壊し尽くすって……だから、オレ達が社を壊しに来た!」
「社を壊す……!?そんなこと、したら駄目だ」
「じゃあ正也はこの日本がどうなったっていいと思ってるのか!?そもそも妖なんていない方が良い、術士なんて存在だって……!オレの前に立ちはだかるな!オレは……正也と仲良くできると思ってたのにっ!!」
鬼気迫る莉々子は再び大剣を持ち上げ、大振りに薙ぎ振り回す。
よく見れば基本は右腕で剣を振り、左手は添えているだけだ。
素早く振る竜牙とは違って読みやすい剣筋だから回避はできるけど、莉々子が発する言葉も力も限りなく重い。
どこからそんな力が出ているのだろう?
「正也、気を付けろ!そいつは多分、『身体強化』だ!」
「身体強化…?――おわっ!」
朔の声が聞こえたけど、なりふり構ってはいられない。
重たそうな大剣なのに軽々と振り抜いてくる莉々子の攻撃を掻い潜るだけで正直精一杯だ。
岩の壁を出したって一瞬で砕け、地面から岩の槍を出そうとも、勘が鋭いのか莉々子は避けた上で壊していく。
此花と琲鈴は四人を相手しているけど助けに行けそうもない。
身体強化って事は体の一部を強化する…?んだっけ?
何か前に竜牙が教えてくれたけど、それは多分俺が小学生くらいで他の能力に興味が合った頃の話だ。
今は朔がどんな能力なのか詳しそうだ。後で聞けたらいいな。
「普通の奴らにはキモがられて、紘はオレの力を封じて、術士までオレを拒絶する……オレに手を差し伸べてくれるのは照だけ……オレの力を認めてくれるのは、術士至高主義を掲げてくれる、認めてくれる照だけ…!」
その間にも、大剣を振りながら莉々子はぼそぼそと呟く。
どこか悲しそうで怒りが混じったような、そんな表情が覗いた。
「……莉々子?」
「オレの名前を呼ぶな!!お前は敵だ!」
その名を呼ぶと、声を荒げて睨まれた。
併せてぞわりと嫌な予感がする。
これ以上は駄目だと、俺の中の何かが叫ぶ。
「その強い気持ちは駄目だ、今すぐ手放せ!」
「知るか!嫌い、嫌い、嫌い、何もかも、全部……!」
莉々子の言葉は次第に強くなっていく。
駄目だ。
妖は強い気持ちに反応する。
呪詛は……多分人を呪いたくなるような、仄暗い強い感情だ。
「莉々子!」
「何もかも…――嫌いだ!!!」
莉々子は叫ぶ。
するとまるで辺りの悪い空気がその気持ちに反応したように蠢いて、莉々子に集まりだした。
助けなきゃ。
「莉々――」
その姿に手を伸ばした。
竜牙がそうであったように、まるで呪詛に取りつかれそうな莉々子を助けようとして。
だけど――
「――正也、危ないぞ!」
「朔…!」
朔に腕を引かれ、莉々子との距離が離れる。
莉々子の姿は次第に真っ黒になって、全身が覆われていく。
なんて、悍ましい光景だろう。
「だめだ、お前ら撤退しろ!」
「朔、待って!莉々子が――」
「朔さん!正也君!」「なんかヤバくなってきた!!」
朔の掛け声に此花と琲鈴が反応して戻ってきた。
その間に二人が戦っていた相手も巻き込まれたように黒く染まって、狩衣の集団全員が呪われていく。
その中で、勝部莉々子は最後までじっと俺を見ながら涙を流して、全員の姿がふわりと風に攫われるように霧散していった。
まるで妖のように。
「ひっ、えっぐ……!」「琲鈴ちゃん正也君危ない!」
「やべえ、逃げるぞ!!」
その場には呪詛という名の黒い霧だけが残って、風に舞いながら襲ってくる。
その姿は紛れもなく、あのいろんなものを詰め込んだような妖を倒した直後の光景と同じだった。
「――これ、駄目なやつ…!!」
朔の掛け声に、俺達は全員でその場を駆け出した。
禁足地を走って来た道を戻る。
その間も呪詛は狙ったように追いかけてきて、琲鈴、此花、朔、俺で退避していく。
「ん、なんだ?」「誰だお前ら!」
途中で他の狩衣を着た人を見かけた。
でもなりふり構っていられなくて、何も声をかけずに走り抜ける。
「うわぁ!!」「ちょっ、待――」
その後直ぐに後ろで悲鳴が上がった。
何があったかなんて想像つく。
後ろを振り返ろうとすると、腕を引く朔が「振り返るな!」と叫んだ。
「何処まで逃げりゃいいんだ!?」
「分かんねえ、とりあえず禁足地を出るぞ!」
「分かっ――きゃっ!?」
「此花!?」
全員で走っていると、突然此花が転んだ。
「大丈夫?」
「ありがと……二人は早く行って!」
「此花、これ持ってろ!」
此花に声をかけると、此花は擦りむいた足を押さえながら前の二人に先に行かせるよう植物を生やした。
一瞬にして生えた樹にぶら下がった蔓は二人の体を捕まえて更に奥へと飛ばす。
その動作の中で朔が投げたのは――日和のハンカチだ。
「きゃっ…あ……!!」
「此花!!」
咄嗟にハンカチを掴むと、その間に黒い靄が此花を取り囲む。
彼女を失ってはいけない。
俺は掴んだハンカチを此花の顔に被せた。
すると靄は一瞬動きを止めて俺に襲い掛かって来た。
流石に避けることもできない。
俺も莉々子みたいに一瞬にしてその姿が消えてしまうのだろうか?
(助けてくれ、日和……!)
俺は強く祈った。
神様に助けを乞うような、そんな気持ちだった。
萌葱さん浅葱さんお誕生日おめでとうございますー!
出番は程遠いですが、二人仲良く過ごしてるといいですねぇー(物語中の時間では浅葱さんは狐面で忙しそうですが……




