460.翌日の朝
食事を終え、目を覚ました部屋に戻されて、一夜を過ごす。
結局穢れの社については表情を曇らせて、黙られてしまった。
だけど俺は、その反応を肯定の意味として受け取っている。
我原紘はなにも適当なことを言った訳じゃないんだ。
本当に四術妃・麻生真朱が幽世に乗り込んできた人々を呪い殺して、転生する直前の竜牙に殺されて、彼女の呪いを根源として妖が生まれて、祠を起点に日本中に蔓延ってるんだって言ってたんだ。
それが頭から離れなくて、寝付けなかった。
どうしてだろう。
今もまだ、術士至上主義の人達が頭から離れない。
だけど多分明日からは…術士として、しっかりしないと…。
「明日、朔に会えるかな……」
結局今日は朔に会えなかった。
朔が何をしているのかは分からない。
反省会をしてるって言ってたけど、詳しい事は教えてくれなくて。
夕食に采紫郎さんはいなかったけど、朝日や夕月は知らないみたいだった。
…………。
……。
…。
ずっとこうして考えてても、何も変わらない。
ただごろごろして転がったって、きっとこの後も寝付けないまま転がるだけだ。
布団を頭の先まですっぽりと被って、まだ来そうにない眠りの奥へと向かう。
何も考えてはいけない。
今は采紫郎さんや此花、日華達の世話にならないといけなくて、多分明日からはしっかり術士として頑張らないと…――。
多分、夢も見ない程深く眠っていた。
眠る体の中で意識だけは「あ、寝ていたんだな」と気付くことができて、まだまだ寝ていたい気持ちに駆られて気付かないフリをする。
だけど耳には部屋と廊下を区切る障子が擦れる音がして、誰かが入ってきた。
誰だろう。
「起きろ」
たった一言、耳に唸るような低い声が聞こえる。
毎度のことだけど、一度寝たら満足するまで寝たい。
起きたくない。
何で朝早く起きないといけないんだろう。
暖かい布団の中で丸まっていたい。
「起きろと言っている」
耳や顔にさわさわと柔らかい何かが触れた。
一つ一つが細くてわさわさとした……毛?
とにかく、なんだか…――
「――くっ、くすぐった…へくしゅっ!!」
顔が痒くなってくしゃみが出た。
視線を向ければ視界の一面にもっさりとした毛、その中心に俺をじっと見つめる両目があった。
「あ…日華……おはよ」
「起きて最初の一言がくしゃみか。随分な挨拶だな」
「日華の毛が痒かった」
「嫌なら早く起きることだな」
ふん、と日華はゆっくりと背を向けて廊下へと向かう。
なんだろう、動きが手慣れている。
きっと常習犯だ。
顔はまだむずむずと痒くて、少しだけ擦って体を起こす。
普通に起きるよりも頭は早く目覚めていることに気付いて少し複雑な気分になった。
……頑張って早く起きよう。
「何をしている。術士の資本は食事からだろう。早く来い」
「う、うん…」
日華は部屋の先で俺に振り向いて待っていた。
立ち上がってその背を追いかけると、日華も歩き始める。
廊下を当然のように歩く日華の姿は雄々しい。
強そう(実際強いと思う)で、神秘的な幻獣だからか圧倒的な存在感があって、堂々としていて。
背景は立派な家屋なのに霞んでないというかなんというか。
そんな背中に疑問が湧いた。
「……ねえ日華、もしかして…皆そうやって起こしてるの?」
「基本采紫郎だけだ」
基本。
口ぶりからすると俺は例外、という扱いなのだろうか。
それとも采紫郎さんしか起こしてないってこと…?
「主を蔑ろにできる式神を知っているか?知っていたら教えてくれ。参考にする」
付け足すように、そう口にする日華の表情は多分一番真面目だった。
併せてなんとなくだけど気付いた。
俺への起こし方は、他の人にする起こし方よりも幾分マシなのだと。
「痛ってぇー…くっそぉ、今日もやられた……」
「あはは、日華は容赦ないからねぇ」
それを証明するかのように、昨日食事をした部屋には既に誰かが居た。
声や話し方から多分朝日と夕月だ。
「……おはよう」
「お、正也じゃねーか。日華に起こされたのか?」
「おはよう、正也君。眠れたかな?」
部屋に入り声をかければやっぱり朝日と夕月で、特に朝日の笑顔が眩しい。
朝から元気そう……と言いたいけど、実際に元気そうなのは朝日だけだ。
「そう。日華に起こされた」
「大丈夫か?痛くなかったか?」
「貴様、我が誰彼構わず蹴ると思うなよ?我が認めた人間に蹴りを入れる非人道的な式神がどこに居る」
頷いて答えると、夕月には真面目に心配された。
それを日華がふす、と息を吐いて鼻で笑う。
成程、日華は俺と采紫郎さん以外は蹴りを入れて起こすのか。
俺のあれは良心的だったんだなぁ…。
朝日の隣では「くぁー、腹立つ!」と夕月が頭を押さえながら叫んでいる。
そんな彼を前にして、一つ気になる事が浮かんだ。
「ねえ日華、此花はどうやって起こしてるの?」
「此花か?……アイツは起こせん。寧ろ我が起こされる」
「あー……」
此花は早く起きるらしい。
まるで日和みたいだ。
だけど問題の此花はどこにも見当たらない。
「……えっと、その此花は?」
「此花はいつも朝早く起きると日光浴に行くんだ。此花なりの朝ごはんだから、気にしないであげて」
にこりと朝日は微笑む。
日光浴、か。
樹の術士…だからだろうか、深く納得した。
ローテーブルには白米に具沢山の味噌汁、焼き魚と漬物とサラダ、十分すぎる程の朝食が目の前に並んでいる。
昨晩より若干皿の数が少ないくらい。
まだ2日目だけど、なんだかここまで完璧な和食が続くのも久しぶりで、殆どホテルかどこかの店の食事とかばっかりだったからなんだか新鮮だ。
野菜を食べるのが少し億劫だなって思うだけで、基本は大体何でも食べる。
だけどこういった食事らしい食事が続くことに懐かしさを感じて、少し心躍らせながら手を合わせる。
なんとなくだけど、家を思い出した。
帰りたい、とは思わないけど帰ったらちゃんとご飯食べよう。
「……いただきます」
「召し上がれ。何度も言うけど食事は術士の資本だからね。沢山食べて動けるようにしておかなきゃ」
にこりと微笑む朝日はエプロンを脱ぎ、テーブルの向かいに腰掛けて手を合わせる。
どうやら今朝の担当も朝日だったらしい。
「食事は朝日の担当なの?確か昨日の夜も作ってたような…」
「担当っていうものはないけど…この家は僕達だけでなく各所から術士が己を鍛えに来る場所だからね。彼らを支える技術なら当主として受け継いでるよ」
「そう、なんだ…」
「殆どは弟子達を鍛える為にも弟子が朝や昼の食事を作ってるんだ。泊まり込んでる弟子も確かに居るけど、あいつらが来るのは基本朝から昼にかけて。だから弟子が作る朝食はもう少し後かな。俺達が食べる用は俺達で作るけど……正也の分は俺らの担当だ」
「俺?」
当然、と答える朝日に対して夕月はこの家の日常を教えてくれる。
そんな中でじっと夕月の視線が俺に向いていた。
その隣で朝日はくすっと笑って口を開く。
「父は心配なんだよ。弟子なんて不特定多数の上辺だけの付き合いの人間が作った料理を振舞うなんて、って思ってる。それくらいなら血が通ったよく知る人間がこうして作った方が安心でしょ?」
「成程……」
どうやら采紫郎さんは俺の事を気にしていたみたいだ。
そんなに気にしなくていいのに。
そう言いたいけど、宗家の当主でもあるし体裁とか色々気にしてるんだろうなぁと思った。
そういうことでなら、そうなるのも仕方ないのかな。
「飯食ったらまずは父上に挨拶すんぞ。父上もなんか話すことがあるらしい」
「そうなんだ。分かった」
夕月の言葉を聞いて食事に集中を向けた。
話すことって何だろう。
とりあえずはまず2日目だけど、そろそろ術士として力を…使わなきゃな…。
鷲埜芽朝日
2月4日・男・23歳
176cm
髪:白銀
目:臙脂色
能力:式神生成
趣味:家事(特に料理)
鷲埜芽家長男、ゆるっふわっとした次期当主。
采紫郎が過保護なのでまだ当主には至っていない。
口に出るより先に言葉を考えるタイプ。
兄なので扱いとしては優先されるけど会話は大体夕月に先手を打たれてしまう。
鷲埜芽家の血として式神を作ることは出来るが、指示しても言う事を聞いてくれないので大体の術士関係の仕事は夕月に任せている。
鷲埜芽夕月
11月23日・男・21歳
175cm
髪:漆黒
目:臙脂色
能力:妖を操る
鷲埜芽家次男、きっちりかっちりしながら口調が荒い。
当主の話が出た瞬間最速で朝日に明け渡した。
その分後輩を育てるのは自分の役割でいいやと思っている。
考えるより先に口に出るタイプ。
何かしら言っても兄がフォローしてくれるので気が楽。




