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神命迷宮  作者: 雪鐘
前章譚・正也の日本旅行記

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447.妖の目

 茗子からの告白を受けてから、ずっと上の空になっていた。

なんでしっかり言えなかったんだろう。

どう思われてたかも全然気付けなかった。

もっとしっかり伝えられたら良かった。

伝えられる心が欲しかった。

どう言えばいいのか分からなくて……だからって出た言葉もよくなかった。

反省しても仕方がないのに。


「正也、大丈夫か?」

「うん?…うん、大丈夫」

「そうか…」


 俺の気分が少し沈んでいることに気付いているのか、朔からは何度も心配された。

このままじゃだめだ。

旅には、専念しよう。

次の場所に向かって、いつになるのか分からないけど篠崎へ帰らないと。

そうだ、篠崎に帰って遊びに来る茗子を迎えないといけないよな。

本当に来る気なのかは分からないけど、せめて歓迎できるようにはならないといけないなと思った。


「……朔、本当に大丈夫」

「そうか。なら、向かうぞ」

「うん」


 車は岡山へ向かう。

岡山に行って、瀬戸大橋を通って香川県へ。

こんな旅になるなんて想像もしてなかった。

一体、どんなところなんだろう。

今走ってる道は高速道路だから景色はずっと森や山の頭しか見えない。

だから殆ど何も見えないけど、俺はこの旅の先に少しだけ心馳せていた。

そんな中。


「……やべぇな」


 ぼそりと朔が呟く。


「どうしたの?」

「いや、給油をどこかでしておくべきだったな、ってな…。高速道路じゃほぼ給油場所はねえし高い。本当はどこか下に降りて入れりゃいいんだろうが…」

「ああ…」


 どこで給油するべきかを悩んでいたらしい。

本当は大阪でやっておくべきだったのかもしれないけど、大阪は焦って出て行った。

そのまま兵庫に移動して、なんだかんだバタバタしてたから給油する場所も時間も無かったのだろう。

確かに車の給油メーターは残り少ないと点滅している。

一度降りるのもアリなんだろうけど、朔としては……例の『術士至上主義』というものによほど関わりたくないんだろうなぁ。


「朔、俺は気にしないから朔のやりたいようにしていいよ…?」

「そうか?……うーん、分かった。中心部には必ず術士がいる筈だ。出くわしたくはないから極力離れた所にする」

「分かった」


 朔の次の目的地は決まったらしい。

朔が考えるルート通りに行けたらいいけど、俺が足枷みたいになるのは嫌だなとなんとなく思う。

俺はただ朔の指示に従うだけ。

それが一番楽で、朔にとっても良い方法だと思う。

考えるのも気怠くなっていた俺は、多分既に酔いに負け始めていて、それだけ茗子と別れた時を引き摺ってた。

本当はもっと、良い案があったのかもしれない。

そう思えるのは、きっとそう言いたい過去となったからだ。




 

 それから朔の車は走り続けて。

トンネルをいくつか抜けて、また景色は空と緑だけになって。

ふと先程の会話から疑問が生まれた。


「ところで朔」

「んあ?どうした」

「中心部が嫌な理由って……人が多いから?」

「それもあるし、妖もその分多いだろ」

「そっか…」


 泰希の言う『妖学』というものを、俺だって完全に理解している訳じゃない。

日本全国に術士が居ると言えども、流石に全体に万遍なく居るということはない。

それは妖だって一緒で、でも俺の知ってる妖は……篠崎には必ずやってくる、そのくらいだ。


「妖だって人の感情を糧に生きてるんだ。そりゃ多くの感情を生む人間が多い場所に向かうに決まってる。限界集落に行ったって、吸い切って対象がいなくなれば何処にも行けず死ぬ」

「そうなの?」

「ウチの研究者の一人にな、術士の力は使えんが妖と出会った奴が居る。

 最初は普通の動物だと思って怪我した妖を介抱していたらしい。それからペットのように世話してたんだが…ある日、妖は進化したそうだ。そこで初めて普通の生き物ではないと気付いたらしい。

 だが、妖はそれ以来急に調子を崩し始め、そのまま霧になって消えたんだと」


 そういえば大きな研究施設があるんだっけ。

妖についていろんなことを調べてるみたいだけど、その分沢山の事情を持った人が集まってそうだ。

妖や術士との関わりがないと、そういったものに関わる仕事には就けない。

完全なる無知じゃ理解に繋がらないから成り立たない。

皆が互いを理解して成り立つ仕事だから、少しどこかがずれただけで大貴貫さんみたいになってしまう。

ある意味信用問題だな。

それこそ櫨倉命のように、師隼から追い出しを受けて結局妖に殺されてしまう場合もある。

ただあの場合は……金詰日和という娘に危害を加えた、それこそ弥生の中に居た父親の怒りも混じっている気もするけど。


「妖が死んだ原因は、成長したことにより今まで村人や主から回収していた感情では足りなくなってしまった…所謂"栄養失調"のような状態だと考えている。

 妖にとって感情を吸い取ることは食事と同義。感情から生まれた生物は感情によってその腹を満たす。

 つまり妖自身も感情が無ければその生命維持すら難しいんだろう」

「それも朔の研究施設で調べたの?」

「ああ。元々金詰蛍が遺した研究資料を基に俺達は研究を続けているが、一時期妖を捕獲し何もせずただ黒い箱に閉じ込めたことがあった。

 すると妖は3日程で大きく暴れ始め、急に静かになった後霧散していった。人間が飲み食いせず死ぬ時と同じくらいの期間だな」


 なんというか、本格的な研究だ。

その様子を容易に想像することは出来るけど、少しだけ残酷なようにも思う。


「そう、なんだ…。なんで黒い箱?」

「正也は妖が人間から感情を抜き取る時の姿を見たことがあるか?」

「何度か見たことはあるけど、直接見た覚え…ないかも」

「そうか。妖は人間から直接感情を食う時。視覚を使うんだ」

「視覚?目ってこと?」

「ああ。あいつらは人間に疑われぬようにそこらの動物に擬態をすることでその感情を奪う。

 勿論同じく人間から気付かれないようにする為にもその擬態を使うが、それでもやはり動物と妖は明らかに違う。

 あいつらが一番に発達しているのは、目と脳だ」


 気付けば朔は今までに知らない顔をしていた。

真面目に運転して話しているけど、その顔を知っている。

日和の父親や俺の父上と同じ、研究者の顔だ。


「目と…脳……」

「口や手足は武器でしかない。牙で相手を嚙み千切り、爪で裂き、角があればそいつで相手を蹴散らし、足を使って篠崎へ向かう。

 耳で術士()を感知することもあるだろうが、殆どは気配で察している。術士だって感情を使って戦うからな、その微々たる感情が敵だと把握するんだろう。

 その指示は全部脳が起こし、擬態や進化、力を得るのも、何もかもを脳が補っている。そしてどこのどいつが一番感情を出しているか、その感知を行うのが……目だ。妖には、特殊な目がある」


 なんだろう、一瞬背筋が凍った。

この先の話を知りたいような、知りたくないような。

知ってしまえば、苦しい気持ちになる。そんな気がする。

それでもその話を止めたくなかった。

なんでだろう?多分、興味があったからだ。


「その、特殊な目って…」

「俺も偶然拾ったんだがな、ウチの研究者が言うには術士の家系でも千人に一人、それくらいの確率で生まれる存在がある。『妖の目』を持つ、術士になれない術士だ」


 ――やっぱり。


「そいつが言うには、なんでも動物と妖が見分けられるらしい。それから人間から『色』を放っているのが見えて、その濃さがその時強く思っている感情なんだと。

 だからどこに妖が居て、どいつが狙われやすいかが分かるんだ。一見便利なように見えるが、自分自身も妖に狙われやすいらしい。その目は術士の中でも常にマイナスに向いている状態と同等なんだそうだ。残念ながら俺が知ってるそいつは守り切れず、今はこの世に居ないがな……」


 頭の中に、俺を見てにんまりと笑う少女の姿が浮かぶ。

妹、奥村弥生だ。

弥生がそんなものを持っていたのかは分からない。

それでも、和音みこと一緒に行動していたことは何か理由があったんだろうと思っていた。

自分も置野家の血筋だから?でも弥生だって置野家の事を知っていた。

家の事情を知りながら家に来て、外は危険だと知りながら色んなところを彷徨っていた。

妖は危険だと知りながら、和音みこと共に妖を探していた。

みこはよく妖を探し、討伐していたと思う。

どうしてそんなに見つけられるんだろう、と疑問に思ったことはないけれど……妖の目を持つ弥生が隣に居たのならば、造作もないだろう。


「……朔」

「んあ?」

「……やっぱりなんでもない」

「そうか」


 言えない。

言えるものか。

そんな憶測。

例え本物だったとしても、全部知らなかったことにしよう。

ここで弥生のことを言ったって、多分きっと朔を余計に苦しめるだけだから……。

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― 新着の感想 ―
[一言] 弥生ちゃん、それだけ正也にとっても、術士としての彼にとっても大きかったんだと、思わされますね…。竜牙の死ほどの衝撃はないようですが、やはり正也には大切な一人だったのだなと思わされます。 それ…
2023/02/20 21:07 退会済み
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