417.踏み込む
三人を連れて巡回に出た先、ふらりと姿を現したのは犬の姿をした妖だった。
「柴犬っぽい!」
「瑛士、見た目で判断するなよ!」
「分かってるって!」
瑛士と漣で何やら言い合いながらも妖を追いかけていく。
何度も息を止めて姿を消しては詰め寄る瑛士、妖が通る先に手持ちの鋏や道端のカラーコーンを飛ばしてコースを変えさせる漣。
その行先には啓太のデコイが待ち伏せて、案内通りに走ってきた妖を殴る。
ごっ、と鈍い音を立てて妖は仰け反り、電柱の影から現れた本物の啓太によって斬られた。
「キャン!」
「やった、パターン増えた!」
妖は一瞬の悲鳴を上げながら霧散し、消えていく。
今回の動きを提案していたのは瑛士だ。
自分の想定通りに上手くいったことに大きく喜んでいる。
「皆で何かしら倒す方法があった方が便利だね。やり様はともかく」
「でも体力増えたらできる事も増えた。悪くない」
出会った直後はひとつしか連携方法が無かった三人もこの5日間で少しずつ成長が見えている。
それが手に取って分かるように、三人の表情はどこか誇らしげだ。
「やり方が増えていくだけでも十分違うと思う。これからも頑張って鍛えたらきっとやれることが増えて、もっと改良したり仮に二匹同時に現れたとしてもなんとかできるかもしれない」
「……確かに。今までは一匹ごとしか見なかったけど、同時に現れる可能性もあるんですね…」
「経験者の視野」
「ほんとそれ!うわぁ、二匹一緒に現れたらどうしよう…」
三人も目で見える強さと同時に、少しずつ今までに見なかった可能性も浮かべられるようになった。
勿論経験値はまだまだ少ないし何かあれば直ぐに動けないと思うけど、考える思考があるだけでも全然違うと思う。
このまま自分達みたいに互いに成長し合ってくれたらいいなと感じた。
「でも今はまだ正也さんがいるし!」
「すみませんが、もう暫くだけ頼らせてください」
「よろしくお願いします」
三人の意思は固い。
俺と違って簡単に人を頼ることができる、いい子達だな。
「俺で良ければ」
ここで本当は斗真のことを聞きたかったけど…やめた。
話したくないことだったら聞きたくないし、答えにくいかもしれない。
今一生懸命頑張ろうとしてる姿を邪魔したくないとも思う。
ここでふと、竜牙もそんな気持ちがあっただろうかと気になった。
でも今は、今更そんなこと気にしても仕方ないんだろうな…。
「……そろそろ寒いし帰ろう」
「正也さん、コンビニ行きましょう!なんか温かいの食べたい!」
「僕もついて行く。最近妙にお腹が空くんだよね…」
「俺もなんか食べたい」
瑛士を先頭にぞろぞろと近所のコンビニに行くことになった。
俺が手に取ったのは温かい緑茶だけ。
続いてレジカウンターに来たのは漣で、肉まんを購入する。
残りの二人はまだ店内をじっくり彷徨っていた。
「二人共時間がかかりそうですね。先に出ましょう」
「うん」
店の前、「いただきます」と小さく呟いて肉まんを頬張る漣。
その隣、購入したペットボトルで暖をとっていると啓太が出てきた。
手には小さい袋、中から出てきたのはおにぎりだ。
「啓太、結構買った?」
「全部おにぎり。5個。最近腹減るようになったから…。家の飯だけじゃ足りない」
「体力もそうだけど、術士の力も増えてる証拠。多分これからも頑張ってたら増えると思う」
更に成長期も被ってきているだろう、啓太と漣は驚いた表情で顔を見合わせた。
そして二人で声を揃えて唸る。
「食費が…」
「足りない…」
「どしたどしたー?」
その後啓太が3個のおにぎりを平らげて、瑛士はやっとレジ袋に食べ物をパンパンに詰めて現れた。
脳天気な声は買い物が楽しかったのだろうか、袋の中には弁当におにぎり、パン、お菓子、ありとあらゆる食べ物が入っている。
「瑛士…これ全部は食べられないでしょ?」「買いすぎ…」と呆れる二人の前で、瑛士は「お菓子くらいならいつものとこに置いとけるだろ?みんなで腹減ったら食おうぜ」と輝かしい笑顔を見せていた。
なんというか、冷静な漣と物静かな啓太と違って瑛士は真逆な存在だなと思う。
ついでに一番メンバーを気にかけてる気がする。
グループを纏める存在は明るいものなのだろうか。
その姿に少しだけ羨ましさを感じながら、俺は滋賀のメンバーと別れた。
歩いていると途中で朔と合流し、適当なチェーン店で食事を済ませる。
そのまま真っ直ぐにホテルに戻って、いつもなら少し筋力トレーニングをしておくんだけど…なんとなくやりづらい。
いつもは纏う空気が柔らかい朔だけど、今日だけはなんだか重いというかなんというか。
一緒に居るこっちがそわそわとしたくなる。
だから部屋に戻って一息ついた時、俺は自然と言葉を発してしまった。
「……朔さん、今日の事だけど…」
「正也、妖がどこから湧いてくるかとか、あいつらに話したか?」
返事を待つ間もなく、朔は話を遮るように質問を投げてきた。
あまりにも唐突で驚きながらも俺は正直に首を横に振る。
「いや、何も…。三人もあまり気にしないようにしてたし……。
あ、瑛士がさり気なくペットボトルを使って肺活量を鍛えてるらしい話を聞いた。だから落ち着いて動けばいつもより少し長く隠れられるって。漣は何も教えて貰ってないけど、啓太は少しだけデコイが同じ動きをしてくれるようになったって見せてくれた」
「……そうか。皆頑張ってるみたいだな」
答える朔の返事はやっぱり重たい。
固いというか、多分自分が離れた後に何かあったんだろうなと思う。
踏み込んで良いのだろうか。
いや、ここで踏み込んだから日和は夏樹達を助けられたのかな。
あの姿を見たから、なんとなくここで退いたら駄目な気がした。
「……朔さん、斗真さんと知り合いなんでしょ。何話してたの?」
「そんなに重要な事は何も話してねえよ。安心しろ」
「何の安心?」
ふと出た疑問に朔は目を見開く。
そして漏らすように笑った声が出て、頭を抱えた。
ここ数日ずっといるけど初めて見る姿だ。
「力を失ったとは言っていたが、あいつがいつ暴れても可笑しくねえよな……正也には話しておくか」
はあ、と大きなため息を溢して缶コーヒー喉に流した朔は胸ポケットから何かを口に入れてまたコーヒーを飲む。
多分飲んだのは薬だと思う。
でも牛乳成分が入った飲み物で薬を飲むのはいかがかと思いつつも口には出ない。
「……」
「久木斗真。あいつは俺達が育てた登録術士だ」
「登録術士?」
「ああ、東京では術士の力を扱う子供を保護し、育てる活動をしている。子供達は術士として登録され、お前達が行う"巡回"の真似事をさせて町を見回る仕事や、たまに遠方に出向いて妖討伐をさせる出張…これらを仕事として動いてもらっている…それが登録術士だ」
「じゃあ、斗真さんも元々は東京の人?」
「おう、そうだな。俺が拾って、本部に登録させた」
そうなんだ、と思う反面、じゃあ滋賀ではどうしてたのかが気になる。
斗真も三人が安定してこの地で動けるようになったら東京に戻るのだろうか。
「そもそも斗真が名乗る"久木"は元々この地域で術士をしていた男の苗字なんだ。あいつに姓は無い。一応あるにはあるが、俺以外誰も知らねえ」
「知らない?」
朔は深く頷く。
「もう15年くらい前だ。俺が経営している警備会社の警報機が鳴った。場所は少し金のある一般邸宅、鳴った警報は侵入者アリの警告で誰かに襲われた…ってのが順当だろうな。
親父から術士を纏める研究本部と警備会社、同時に引き受けてまだ1年も満たない俺には初めての経験で焦りがあった。そんな中で向かった家はすごかったよ。周囲から様子を探りつつ、正面から中に入るとまず異様な空気と匂いが充満した。分かりやすいほどの鉄の匂い…血だ。
その時点で事件性がある。警察と共に奥へと侵入すると、広いリビングは…床も壁も天井も真っ赤に染まっていた。転がってるのはどれも肉の部品、その中で一人だけ…五体満足で転がっている奴が居た。それが斗真…当時は確か8歳だな」
「……っ」
俺には朔の言葉から風景を想像することは出来なかった。
確実に悍ましい。
まるで金詰蛍を彷彿とさせるような、だけどそれを思い出したら…和音みこが浮かぶ。
ついでに妹が笑ってる姿が浮かんで、少しだけ吐き気がした。
「一家惨殺、一時はテレビで連日放送される程の大きな事件になった。だが、調べると人が侵入した形跡はなく犯人は一向に浮かんでこない。消去法で斗真が犯人になる。俺もそんな訳ねーだろと思っていたが、回復しても身寄りもなく家族を失って呆然とする斗真は…ある日突然笑い出したんだ」
「笑い…出す?」
「あいつは『愉しさ』を覚えると自身の力が強くなる。まるで鎌鼬のような…周囲には見えない刃を出すんだが、それが暴走すると自身でも扱いきれなくなるらしい」
昔、夏樹が似た力で最前線に立って戦っていた気がする。
それはまだ小学校の頃だけど、『風の力を集約して刃の形にして飛ばしてるんだ』って言っていたような。
それと似たものだろうか。
そんなものが扱いきれなくなったのなら……
「斗真さん自身の足も、それで…?」
「あいつの言葉を聞くに、そういうことらしいな。
あいつは自身の力に『恐怖』していたし、同時に術士の力を扱って戦い続けると…感情が振り切って『愉しく』なるらしい。元々感受性が高く流されやすい性格でもある。まだこっちの登録術士をしていた頃だってよく感情を暴走させていた。
あいつは術士も妖も住んでる場所、周りだって嫌っていた。この場所に移る決意をしたきっかけだって、この地を守る久木という男が住むここへ出張に来た時だった。元々後継者となりえる術士も居なかった。感情を強く揺さぶらせない、人が多くなく静かに住める場所を求めていた。あいつがここに居るのは…だからこそ、だろうな」
感情は難儀だ。
意識するつもりが無くても自然とそれが漏れてしまう。
強い意志が無ければそれこそ感情に呑まれてしまうだろう。
斗真もそうして足を失ってしまったのだろうか。
「でも結局…」
「ああ、怪我したな。同時に力も失った。でもあいつからすれば、それでやっと術士も力も関係ない"人としての日常"を手に入れた事になる。勿論後継者のあいつらがいるんだから全く関係ないとは言えねえが、少しは楽になるだろ。
…悪いな、話に付き合って貰っちまった」
「俺は別に。……寧ろ俺は篠崎以外での術士とか妖とか、篠崎以外の人たちが何をどう思ってるかは知らない。
俺の式神が言ってた。『色々な物を見て吸収してこい』って。だから…知れるなら、もっと知りたい」
ずっと落ち込んでるような様子の朔は「そうか」と一言だけど、弱々しくも小さく笑う。
きっと色んなことで大変なのは篠崎だけじゃないんだろうな。
皆が沢山の事情を抱えながら生きてるんだ。
その全部を見て知りたい…って訳じゃないけど、少なくともこうして外に出てる間は色々なものを見て知っておきたい。
そう思った。
夢さんお誕生日おめでとうございます!!




