413.指名
「お待たせしました」
「…ども」
10時半、朝起きてから1時間程。
この地の術士を捕まえて直ぐ、大きな腹の音が鳴ってしまったので大型ショッピングモールにあったハンバーガー店に来た。
そもそも何故ショッピングモールなのか。
しばらくホテルに泊まる事になるので日々の食事準備の為の下見も含めてるという。
確かにそういうのも大切かも。
何を食べようかと考えつつ注文を済ませると一度腹が鳴った。
店員に呼ばれてご飯を回収…朔と術士が待機してるテーブルに向かう。
「…お待たせ」
「おう、食え食え」
「……えっ、そんなに食うの…?」
机にトレーを置けばにかっと笑う朔と、驚いて真っ青にしてる術士。
注文したのは肉が2枚重なったハンバーガーとポテトと飲み物のセット、それからレタスと肉が挟まったハンバーガーとサラダと飲み物のセット、それから店で一番普通のハンバーガー1個。
店員からすれば人数分と思うかもしれないけど、全部自分用だ。
「……少し食べる?」
「い、芋だけ…」
興味があるのか引いてるのか、見た目では分からなかったけど誘ってみれば恐る恐る手を伸ばしてポテトを回収してつまむ。
あまりにも小さい一口に、つい真っ白なウサギが脳内でぴょこんと跳ねた。
しかし相手術士は明らかに男子、口に出せば怒られそうだ。
噤んでおこう。
「…さて、こいつの朝食だし空気は少し和んだだろ。そろそろ名前を教えて貰おうか?」
「……倉ヶ谷瑛士」
不貞腐れたような言い方で術士の名前が聞こえた。
ついでに自分の自己紹介も軽くしておく。
「置野正也。篠崎から来た」
「篠崎って最凶の最果ての地じゃん。そりゃ勝てねーわ…。んで何?俺らの仕事潰しに来たの?領地拡大?」
「うちってそんな悪名高いの?」
そもそも地名に反応が来ると思わなかったけど、瑛士は「はー、無理無理」と頬をふくらませる。
初めて町の外の人間からの意見を聞いたけど、その言葉は衝撃でしかない。
地元の評判は他所に行かないと分からないなと思った。
「まあ妖の終着点だからな。そこの術士であるのだから大体は想像つくだろ?ま、反応は様々だけども」
「そう、なんだ…」
倉ヶ谷瑛士に視線を戻すとなんだか不貞腐れている。
とりあえず腹は減ったので注文したハンバーガーを口に入れた。
美味しい。お腹に響く。美味しい。
俺が少しの幸せに浸りながら、次に口を開いたのは朔だ。
「俺は分倍河原朔、東京で術士の世話役をしてるんだ。この辺りの地域で妖が増えてるって聞いてな、応援にこの正也を篠崎から借りたんだよ。君はここの術士なんだろ?何があった?」
「じゅ、術士…つっても、俺まだ1ヶ月のなりたてなんだよ。啓太と漣の三人でやってはいるけど、久木さんが倒れてから俺らがやるしかなくて…」
「久木斗真…あいつまだ現役でやってたのか?しかも倒れちまったって…じゃあまずはその漣と啓太ってやつに会いたいな」
朔はこの地と術士に詳しいらしい。
それでも新人だというこの瑛士、他二人の術士は知らないようだ。
瑛士は吃驚した顔をして首を傾げる。
「まじで?」
「術士ならまずは挨拶だろ!」
「お、おう…!?」
まるで朔に気圧されるように瑛士はこくこくと頷いた。
師隼は重圧や風格といった、王というか神に近い(実際そうなんだろうけど)雰囲気があるけど、朔は見た目はびっくりするような服を着てるのに仁義や男らしさを感じる。
師隼は圧倒的な上下関係だけど、朔はなんだか友達感覚だ。
それでいいのだろうか、と思いつつ、朔はなんとなく堅苦しいの苦手そうだな。
とりあえずもそもそと食べ続けて最後の一口を口に突っ込むと朔と目が合った。
「正也はそれで足りたか?」
「…うん、食べた。わりと満足」
「わりと…!?」
「おし、じゃあ行くぞ」
久しぶりにハンバーガー食べたな…美味しかった。
トレーを片付けて、俺と朔は何故か少し表情が引き攣っていた瑛士の案内で次の場所へ向かう事になった。
それから歩くこと数十分、瑛士の案内で向かったのは小さな公民館だった。
どうやらここでいつも漣・啓太という術士と落ち合っているらしい。
「漣ー、啓太ぁー、いるかー?」
瑛士が館内に響き渡りそうなほど大きな声を上げる。
しばらくするとゆらりと空気が揺れて、術士が近づいてくる気配がした。
「一応来てるけど…そこの人は?」
「……」
一番手前の扉から姿を出したのは物静かなストレートの髪を切りそろえた、冷静に居る時の夏樹のような少年と顔だけしか出さずじっと睨んだように見てくる少年。
後者の警戒しやすい性格なのだろうか、それとも自分と同じ物事には口を出さないタイプなのか、どっちだろう。
「えっと、篠崎から来た分倍河原…って人と、置野って人…?」
会ったばかりの人間を知人のように説明するのは難しいだろうな。
瑛士の答え方はたどたどしい。
当然二人の視線は厳しいままだ。
そんな中で朔がにんまりと笑って口を開く。
「どうも、俺は分倍河原朔、東京から来た世話人だ。こっちは俺が応援に呼び出した篠崎の術士で置野正也。お前たちが今、この地の妖を倒してる術士か?」
「……はい、そうです。僕は鳩目漣、こっちは習志野啓太です」
「……東京と篠崎が何の用だ?」
「ああ、そう警戒はしないでくれ。ここの術士である久木斗真が倒れたってのはこいつから聞いたよ。俺達はこの地域の妖の数が増えてるってもんで調査と応援に来ただけなんだ」
簡潔に自己紹介をする漣という少年と、敵意むき出しで聞いてくる啓太。
しかし当然物怖じすることもなく朔は素直に答える。
こんな少ない言葉で二人は納得するのだろうか、そう思っていたら…更に後ろから20代後半ほどの青年が姿を現した。
「熊みたいな声がすると思ったら…朔じゃないか。悪いね、こんな時に来てもらって」
翠色の鮮やかな髪を靡かせて微笑む姿は、なんだか今にも折れてしまいそうな儚そうな雰囲気がある。
杖をついているし体が悪いのだろうか。殆ど術士の気配はしないけど、目の前の三人と比べて色々な物を乗り越えてきた人間のような気もした。
「斗真さんが来てる!お体大丈夫なんですか!?」
「斗真さん、寝ててください。また壊れますよ」
「その為に俺達がいるんでしょ。何やってんすか」
瑛士、漣、啓太が揃って声を上げる。
どうやら今はこの久木斗真という男術士の代わりに三人がこの地で術士をしているようだ。
だいぶ体が悪いのだろう、久木斗真は「ごほっ、ごほっ」と唐突に咽始めた。
「おい斗真、前々から無理をするなって言っただろう。いつでも応援出してやるって言ったのにスルーしてたな?」
「そうは言うけど朔、僕も術士の端くれだからね。特にここはしっかりしておかなきゃ、そこの子達に迷惑がかかるだろう?」
にこりと柔らかく微笑む斗真と目が合った。
俺達に迷惑がかかる…篠崎に迷惑がかかるって事?
「えっと…朔さん、どういうこと?」
「おう、分かりやすく説明するとだな…妖はほぼ決まったルートを通って篠崎へ流れ着くんだ。九州から中国地方を通って関西へ、中部の東海側を通って東京、北上して仙台や青森辺りを折り返して北陸、それから篠崎へ。
…だが、たまに例外が発生することがある。それが…――」
「――ここから篠崎へ向かう、特別なルート。理由は詳しく知らないけれど、"何かに引き付けられて"妖はここを通過していくことがあるんだ。この地域の術士はその"特別なルート"を通って妖が篠崎へ行かないよう塞き止めるのが仕事なんだ」
朔の説明を切って斗真から更なる説明を受けた。
そもそも妖が決まった順路を通って自分達の所にやってくるとは知らなかった。
況してやまるで意思を持ったように動く妖は驚きでしかないし、併せて昨日朔が言っていた『裏道』にも納得ができた。
いや、最終的に女王に成り得るというのだから最低限の何かしらの知識を持って移動するものなのかもしれない…?
「どれも初めて知ったって顔だな。ま、お前のとこにやってくる妖はどいつもこいつも女王になる可能性を持った妖だ。やつらの生態を気にする余裕も無いだろ?」
にっと笑う朔。
でも確かにそうだったかもしれない。
出て来る妖はどれもどんな自分よりも体格は大きくて、女王も強かった。
それこそ自分の妹を食べた妖は……いや、あれは日和の父親も混じっていた、今だって『処刑台』の名に相応しい奴だと思ってる。
「篠崎…か。朔が珍客を連れてきたとは思ったけど、まさかそんな所から連れて来るとは思わなかったよ」
そう言ってごほ、ごほ、と咳き込む斗真は本当に体調が悪いのかもしれない。
いつの間にか真っ白な顔は蒼白になって、またここの三人の術士が揃って心配そうな顔を浮かべて駆け寄った。
「斗真さん、そろそろ休んでください」
「斗真さんが居なくなったら困る」
「……っ」
声を掛ける漣と啓太という術士は彼を慕っているのだろう。
その中で、心配の顔を浮かべてるのに声を掛けない瑛士は…何故か思いつめた顔でこっちを見た。
「……分倍河原さん、置野さん、お願いがあるんですけど…いいですか?」
「ん?なんだ?」
「俺…いや、漣も啓太も合わせて。三人で、ここの術士をしたいんです。もっと強い術士になる為に、稽古つけて下さい」
「えっ…」
斗真・漣・啓太が土下座をする勢いで深々と頭を下げる瑛士を見つめる。
瑛士はそれこそ懇願といった感じで…俺は驚いて、朔を見てしまった。
でも朔は俺を見て「どうする?」とやけにニヤニヤとした表情をしている。
そんな朔はまるで、俺を品定めしているような雰囲気だ。
「……えっと…師隼との契約に反しない?」
「そこは気にすんな。正也の気持ちを聞きたい」
任せろ、と言わんばかりににっと笑う朔。
今まで憑依換装ばかりで自分自身ではあまり戦った経験が少ない自分なのに、いいのだろうか。
「……俺で良いなら、いいです、けど…」
「決まりだな」
俺はいいけど、残りの二人は大丈夫なのだろうか。
そう思って視線を向ければ、斗真は蒼白ながらもにこりとどこか嬉しそうな表情を見せていた。
「それは助かる。彼らはまだまだ希望ばかりの術士だからね…動けない僕の代わりに育ててやってくれ」
「斗真さん!」
「……」
漣と啓太はまだまだ困惑していそうな雰囲気だ。
それでも…俺がここの問題を少しでも解決してやれるなら、それはしてあげた方が良いんだろうなと思う。
竜牙がそうだったように、日和もやってのけたように。
二人の真似…できるだろうか。
「心配そうな顔だな。大丈夫、少しずつやっていこうぜ」
朔に背中を強く叩かれた。
少し痛いけど、頑張ろうと思う。
……ちなみに俺は知らなかった。
分倍河原朔が、どういう人間かってことを。
この旅が、どこまで続くか、どんな旅かも知ることもない。
それでも…今はただ、頑張れることを頑張るだけだ。




