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神命迷宮  作者: 雪鐘
間章・紫苑と華月

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399.私が変わる場所

 日和様と坊ちゃんは今日も術士の事で忙しくしている。

それだけではない、そろそろ文化祭の準備に入る頃だろう。

そんな中、先日日和様は特にご友人とも喧嘩をしたようで、何度も心苦しい表情をしていた。

 紫苑様も9月に入って術士として復帰する事になり、巡回という町を見回る仕事もするようになった。

何かが変わろうとしているのか、それとも私の知らない時に戻ろうとしているのか。

神宮寺家に行けばこちらはこちらで忙しくなり始め、比較的静かだった声や気配が大きくなった。

 そんな中、神宮寺家(こんな場所)に居て何もしない私は存在としてどうなのだろう?

そんな疑問を持った時『私だって誰かのために動きたい。それが紫苑様の横に立てるような人間になれるなら』……そう思った。

そこで私が門戸を叩いたのは、門から玄関までの道を逸れた小さな庵だった。




「御免下さい」

「む…?君は……」


 華月がノックをして中を覗けば、新聞を広げた中年男性が部屋の奥で佇んでいた。

ワイシャツに白衣を羽織り、如何にもといった風貌をしている。


「初めまして、置野家の女中をしている廣元華月と申します」

「置野家の……初めて見たな。本来こんなところに居る訳ではあるまいに」

「はい。現在は紫苑様のお付きをしていて、その上で神宮寺家に訪問させていただいております。…でも今回こちらには、相談があって訪問させて頂きました」

「相談?」


 相手は自分の存在に不思議がってはいるが、多少の威圧感がある。

だが、気圧される訳にもいかない。

華月は意を決して自分の胸の内を吐いた。


「神宮寺家には何度も足を運ばせていただいております。しかし私にできることはせいぜい掃除くらいで…でもそうじゃなくて、私は術士様をお支えしたいんです。

 お願いします。この場所で、私も働きたいんです。あの…ここは怪我を治療する場所だとお聞きしました。私をここで…お雇いして下さいませんか…?」


 男性は「ふむ…」と呟くと一つ頷く。

しばらく悩んだように唸り、キョロキョロと辺りを見回すと小さく頷いた。


「なるほどな。ここはもうしばらくすると特に忙しい場所になる、丁度良いのかもしれん」


 独り言を溢しながら立ち上がると新聞を畳み、目の前までゆっくりと近付いてきた。

医師は細い体躯だが、体つきはしっかりとしている。

眼光は強いが理知的で、術士達とは違う強さを感じさせる姿だ。


「私の名前は高峰数馬、医師だ。ちゃんと免許もある。

 ここには私と臨時の看護師が一人いるくらいだから、正直に言って助かる。華月殿は看護資格を持っていないだろう?なので応急処置の手法を叩きこむが、覚悟は?」

「私にできることなら何でもやります、よろしくお願いします!」





 高峰医師に頭を下げた華月だが、最初の指示は学校区の外れにある『井口内科』という小さなクリニックに行くことだった。

女中の姿ではご迷惑をかけるだろうということで、一度置野家に戻り動きやすいシャツとパンツに着替る。

そして高峰数馬が作った簡単な地図を頼りに、現地へと向かった。


「えーっと…あ、あった」


 スマホアプリの地図と建物を交互に二度見する。

目の前に立つのはこじんまりとしながらも桜色の可愛らしい建物。

見た目からして診療所ではない、と言いたい。

保育所のほうが明らかに似合っている。

小さな看板には『井口内科クリニック』と、これまたやはり可愛らしい文字で書かれている。

何だか行くのが楽しくなるような見た目の診療所だった。


「御免下さい…」


 新しい場所へ行く時は毎度酷く緊張してしまう。

しかし神宮寺家ならともかく、神宮寺家の庵も今回も自分が決めた事だ。

震えそうになる体をなんとか抑え、華月は扉を開いて中を覗く。


「はーい!……患者さん?あ、違うわね、数馬からの電話の子かしら?」


 中から出てきたのは黒く長い髪を一つにまとめる女性だった。

年齢にすると35…いや、40ほどだろうか。


「あ、はい、そうです。廣元華月と申します。突然押し掛ける形になって申し訳ありません…」

「いえいえ、手伝いが来てくれるなら問題ないわ。数馬がやっとお手伝いを増やす気になって、こっちの荷も少しは下りるしね」


 臨時の看護師、とは彼女の事だろうか?

でも首には聴診器を下げているし、白衣を身に纏って胸ポケットにはペンも刺している。

なんとも見た目から分かりやすい医師だ。

そんな彼女は高峰医師を数馬と呼び捨てするあたり、仲は良いらしい。


「…ああ私ばかり話しても悪いわね。中におあがりなさい。制服も貸すから、まずはお話をしましょうか」

「あ、はい…よろしくお願いします」


 中に案内されると薬品や消毒液の匂いが充満している。庵と同じだ。

診察の備品が沢山置かれた机、背面にはクリアファイルが所狭しと棚に詰められているけど、これはカルテだろうか。

診察の椅子にベッド、身長計や体重計も置かれている、まさしく診療所だ。


「ごめんなさいねー、いつも私と看護師二人でやってるの。だから適当に時間を潰す備品とか少なくて…とりあえずそこの患者用の椅子にでも腰かけてくれる?」

「分かりました」


 言われた通りに華月は患者が座る丸椅子に腰掛ける。

女性は忙しそうにパタパタと動いては華月の姿をちらちらと見て、棚から服を出してきた。


「これ…入るかなぁ?苦しかったら言ってね?…あ、ごめん!自己紹介まだだったわね、私は井口小織(いぐちさおり)、ここの医師です。よろしくね」

「はい、よろしくお願いします…。こちらに着替えてきたらいいですか?」

「ええ、お願い」


 洋服店の試着室とも言いたいくらいの小さな着替えのスペースで私服から頂いた看護師服に着替える。

すっきりとしたラインの空色シャツに一切の邪魔がなく伸縮素材で機能を重視した白パンツ、青空のような色合いは清潔感のある仕事服だ。

タオルなどでよく潰している邪魔な胸も潰す必要がないほどに苦しくなく、着ていられるのは小織さんの目利きが良いのだろうか。


「あの…着替えましたが、どうでしょうか?」

「ああよかった、どこもきつくない?問題ないなら早速簡単な処置から覚えていきましょうか」

「はい、よろしくお願いします」


 私は正式な看護師にはなれない。

いつか勉強して免許を取れたらいいが、今はすぐには無理な話だ。

だから話を聞くのは怪我の消毒などの処置や包帯の巻き方、健康観察の方法となる。

狐面の方々もその程度は定期的にいらっしゃるのだと高峰医師から聞いた。

これで少しでもお役に立てばいいのだが。


「あの人たちが一番よくやらかしてくるのは捻挫や打撲、骨折ね。

 その処置には安静・冷却・圧迫・挙上の四つが基本よ。患部を安静に保つ、氷嚢(ひょうのう)などで冷やす、内出血や腫れを起こさないようにスポンジを挟んで圧迫をしたり、患部は心臓より上に保つようにね」


 小織さんの身振り手振りを加えた説明をメモしていく。

流石医師、とても分かりやすく丁寧に教えてくれる。


「次に擦り傷や切り傷が多いわね。その場合はまず水で傷口に付着した汚れを取り除いてからの絆創膏ね。ガーゼは繊維が入り込みやすいから極力使わないこと。いい?」

「そうなんですか?ではガーゼの役割って…」

「あれはほぼ止血用。血が止まるまではガーゼで押さえて、血が止まれば消毒して絆創膏に替えればいいわ。深い傷であれば清潔なガーゼを傷口に当て、強く押さえたまま傷のある所を心臓より高く保つのよ」

「先ほど言っていた安静と圧迫、それから挙上ですね」

「ふふふ、正解よ」


 メモをしていてふと思う。

治療の方法は分かるが、基本的に庵に(かか)ってくるのは狐面ばかりだ。


「……術士の方はあまり来られないんですか?」

「ああ、術士相手には基本保護観察だけで問題ないの。妖が原因で受けた傷は今はどこかに行ってるらしいけど、数馬の子供君と夏樹君が治してくれるから」

「高峰医師の…それと夏樹様が?」

「あの子達は術士の中でも傷を癒す力があるのよ。といっても先ほどの通り、妖が原因の傷限定だけどね。物理的なものは治せないわ」

「そうなんですね…」


 癒しの力があるというのも驚きだが、限定されるのもなんだか歯がゆい。

術士の力は特別便利な物という訳ではないらしい。

それが残念な気もするし、何より自分は本当に術士について何も知らないんだなと感じた。


「でも彼らも力を使ってるのだから当然休ませなきゃいけないわ。その時の処置は…知ってるの?」

「基本はベッドで休ませて…すぐにお食事の準備をしたりしています。勿論体調に変化がないかはよく見ますが…」

「そうね。一番気を付けてあげてほしいのは発熱だったり、(うな)されること。疲労が溜まってくるとよくある現象よ」

「魘されるんですか?えっと…夢に?」


 身の回りで魘されるなど、日和様しか記憶にないのだが大丈夫なのだろうか。

それとも紫苑様と坊ちゃんはあまり疲労が溜まってないのだろうか?


「術士皆が平気な顔で戦っている訳じゃないから。私は特に詳しくないけれど、数馬は時々そんな術士達の姿を見て気が滅入っていたわね。あとはやけに睡眠時間が長かったりとか」


 明らかに日和様と坊ちゃんじゃないか、と口に出そうになった。

やはり術士は体力的にも精神的にも疲労が溜まりやすいのかもしれない。


「えっと…よく、分かりました。ところで高峰医師はどうしてお一人で庵の医師をしているのでしょう…」

「元々あそこは水の術士である高峰家の診療所だからね。ただし数馬は…術士家系の人間なのにその力には恵まれなかったの。それでも診療所を無くす訳にはいかないから、医師をしているのよ」

「そうなんですね。では小織さんは…?」


 小織さんは目線が少し外れて薄っすらと笑みを溢す。

もしかして聞いたらいけない事だっただろうか。


「私とあの人、一時期は恋人関係だったの。結婚も考えたのよ?でもすぐに別れちゃった。お互い医師を目指す目標を掲げて切磋琢磨してたんだけどね…」


 どうして別れたのか聞きたくなったけど、聞いてはいけない気がして問うのをやめた。

だけど小織さんはにこりと笑顔になって更に言葉を続ける。


「でも…今はちょっと後悔してるんだ。数馬の子供…玲って言うんだけど、あの子を見てると私が母親になってあげれば良かったなって思うの。数馬の父親は厳しい人だと聞いているから、少しでも玲君の苦しみを受け止めてあげればって…そしたら玲君、居なくならなかったのかな」


 その笑みがとても寂しいものに感じて、胸が締め付けられる。

同じような後悔はしちゃだめだ。

戦っているのは術士、私たちはその手伝いだ。

出来ることなら彼らの苦しみを、自分達が受け止めてあげなきゃいけない。


「あの…差し出がましい事を言うかもしれませんが、今でも間に合うと思います。私はそのつもりで術士様達のお手伝いができるようになりたくて、ここにいるんです。気持ちが伝わるだけでも…気は晴れないでしょうか…」


 小織さんは驚いた表情をして、すぐに柔らかな笑みを溢した。


「……ふふふ、とても良いことを言ってると思うわ。そうね、その為にもできることは沢山吸収してしまいましょう」

「はい…っ!」

重俊様お誕生日おめでとうございます!まだまだ稲椥お爺ちゃんと仲良くしてくださいませーっ

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