2.金詰日和
最古の記憶は3歳の時。
父と一緒に駅前の公園で散歩をしていたら、何かに襲われた。
それが何かは覚えていないけど父は目の前で死んだ。
身体を真っ赤に染めて、私に手を伸ばして、何かを叫んでいた気がする。
襲っていた何かと目が合って、私の記憶は途切れた。
薄らとぼやけてしまった記憶なのに、悪夢のようにやけに脳裏にこびりついた記憶だった。
父の葬儀の中、母が波風を立てた憶えがある。
顔も知らない人達が叫び、酷い顔をしていた。
母が暴れ倒して、悲鳴が上がって、もっとひどい状況になって。
その姿に私は怖くなった。
ただ一人、私だけは死んだ父を悲しんだ。
その後から今の、祖父の家にずっと住んでいる。
母も一応住んでいたが年齢が上がる前には逃げるように海外に仕事だと言って出ていくようになった。
最初こそは何度か会っていたが、いつの間にか何年も会ってないような人になって、今や「母」と呼び方だけが残ったような人と認識している。
祖父だけはずっと味方だった。
優しくしてくれたし、いろいろな事を教えてくれた。
最も、父が居なくなってから祖父とそうして過ごすまで私は引き籠り、心を閉ざしていたのだが。
そんな私を外に出してくれたのは高峰玲と名乗る一つ上の男の子。
群青色の綺麗な髪に水色の目が珍しくて綺麗で、だけど初めて会った時は仲良くなれる気はしなかった。
それでも毎日会いに来て、差し伸べられる手を私は掴んでしまった。
そんな彼を私は兄と呼んでいる。
一人っ子の私には世間ではどういうものか分からないけど、私にとっての兄同然。
何度も遊んでもらい、助けてもらい、守ってもらい、様々な事を教えてもらってここにいる。
ここまで生きられたのは完全にこの二人のおかげだ。
私の気持ちとしては正直いつ死んでも良いのだけど、流石におじいちゃんや兄さんの前ではそんな事は言えない。
ただ、生きてる。それだけ。
それ以上でもそれ以下でもない。
最低限に生きて、生活して、何事もないまま死んでいきたい。
こう思うのは、私の心が父を失った悲しさに浸り続けているからだろうか。
***
「ご馳走様。やっぱり日和ちゃんのハンバーグは美味しいね」
ふいに話しかけられた祖父の表情はとても朗らかだ。
私が作った夕食のハンバーグを食べ終えて幸せそうにしている。
「そんな事ないよ。おじいちゃんの方が、料理上手じゃない」
「そうかな?でも、日和ちゃんも何でも作れるようになってきたね。私が居なくなっても、ちゃんと生きていけそうだ」
「縁起でもない事言わないで。病気が見つかった訳でもないし、まだまだ元気でしょう?」
祖父は、目を伏せる。
「そうだね。でも、たとえ病気でなくとも人は死ぬさ。蛍さんのようになる事もある。そうだろう?」
私に向き直って、清々しいほどの笑顔で、祖父は私を見ている。
蛍は、私の父。
この人の娘の、婿さん。
私は言葉を口に出せなかった。
ただこの人が、祖父が死ぬ姿は想像できない。
「それでも…おじいちゃんが死ぬなんて…」
「…もう二人か三人くらいかな」
「え?」
「日和ちゃんにお友達ができたら安心だね。日和ちゃんが一人である程度生活できても、人間孤独で元気には居られないよ。だからあと数人お友達がいて、日和ちゃんがちゃんと頼れるようになったら、私も安心だよ」
にっこりと。
祖父は笑顔で言う。
「……できたら、ね」
私は人に興味が持てない。
周りの人なんて正直知った事ではない。
私はつい、俯きがちに答えてしまった。
「大丈夫だよ、危ないなと思ったら咄嗟にできるものさ。ただ一瞬だけ浮かんだその人に、頼ればいい。その人はきっと日和ちゃんが安心してお願いできると思った人だ。お友達になってくれているよ」
この祖父の言う事は難しい。
何の確信があってそういう事を言えるのだろうか。
これはきっと、年の功、というやつなのだろう。
そう思う事にする。
「……その時になったら、ね。ほどほどに頑張ってみる」
「玲君だけだと重荷になっちゃうからね。だけど頑張りすぎると彼は多分気にすると思うから、気負っちゃだめだよ」
「…大丈夫だよ、兄さんとは最近たまに登下校してるだけになったから」
「彼だけに全て任せてしまっているのは、私も少し責任を感じているんだ。日和ちゃんと仲良くしてもらえるようお願いしたのは、私だからね…」
祖父は眉をハの字にして小さな溜息をつく。
「…分かってるよ。じゃあ私、宿題してくるね」
「ああ、おやすみなさい」
「うん、おやすみなさい」
机に並んだ食器を積み重ねてシンクに置き、祖父の返事を聞いて日和は2階に上がった。
部屋に入り、勉強椅子にもたれ掛る。
「はぁ……」
一つ息を吐く。それだけで全身の力が抜けたようにため息が漏れた。
時刻は20時。
鞄から教科書とノートを取り出し、宿題を始めた。
様々な公式や数式が脳内に飛んで計算されていく中で、関係無いことが浮かんで混じる。
今日一日あったこと、今日一日会った人、今日一日通った道、覚えたこと、会話の内容…
ノートにシャープペンシルを走らせながら思考のどこかで様々な事を思い出していた。
特筆するなら玲と登校したことや弥生にまた髪を結んで貰ったことだろうか。
それとも挽肉が100g85円で買えたこと?そんなのはどうでも良いか。
「……あぁ、あの子…」
そういえば珍しく駅の奥にある男子校の生徒に会った。
暗緑色の綺麗な髪をした、男の子にしては少し小柄な男の子。
左側の髪は肩に触れるかどうか、右側は耳元までの個性的な髪型がやけに似合っていた、可愛らしい少年…だった気がする。
買い物袋を提げて歩いていたら、そんな男子生徒に後ろから話しかけられたのが、買い物中の出来事だった。
『あの…落としましたよ、これ』
声をかけられ振り向くと、自分の生徒手帳を持って立っていた。
どうやら落とし物を拾ってくれたらしい、律儀な子だ。
「あ…ごめんね、ありがとう」
『いえ。それでは…僕はこれで』
そう言って立ち去って行った、たったそれだけ。
だけど、どこか不思議な男の子だった…と感じたのは覚えている。
「…あ、宿題、進めないと…」
思考が進み過ぎて思わずペンが止まっていたようだ。
残りの分を速度を上げて問題を解き、終わらせる。
宿題を片付けようと鞄を広げた所で、生徒手帳が視界に入った。
どうしてこんなものを落としてしまったのだろう。
多分財布を出すときに落としたんだろうな、と思いながら手帳を開く。
すると、はらりと音も立てず何かがゆっくりと振れながら落ちた。
「ん……?」
あの男の子の髪の色のような、綺麗な暗緑色の鳥の羽根。
ふわりと音も無く落ちるのを拾い上げる。
部屋の電灯に翳すと鮮やかな青磁色に変わった。
「へぇ……綺麗……」
明らかに珍しそうで、自然物ではない中々見ないもの。
もしかして、あの少年が挟んだのだろうか?
捨てるのもなんだか勿体ないように感じて、手帳のポケットに羽根を戻した。
なんとなくだが、お守り代わりになってくれる。
そんな気がした。
水鏡波音
3月18日・女・15歳
身長:150cm
髪:赤茶色
目:緋色
家族構成:祖母・父・母・猫
好きなもの:猫(グッズ込み)
気にしてる事:ついつい言葉を強くいってしまうこと。よく口が軽いって怒られること。
身長の事について触れてはいけない。劫火に焼かれるぞ☆
見た目も中身も猫。小柄で比較的軽い。(但し日和よりは上)
暴言ツンデレお嬢様。属性ぶっこめばいいってもんじゃないんだ。
猫が好きなのに猫に嫌われてるのがちょっと悲しい。