379.2年目の文化祭
まるで雪が降ったのは嘘だと言わんばかりだ。
文化祭を迎えた学校は特になんの問題もなく、日付だけが一週間近くずれて無事当日を迎えることができた。
時間は午前10時から午後3時までの5時間、そして1時間の片付け時間を挟んで4時から6時までの2時間が後夜祭だ。
「なんか緊急事態があったけど、何だかんだで無事に文化祭が始まります!今日は沢山おもてなしをして、全力で楽しみましょう!」
「「はいっ!」」
部長・樋口祐香の声に準備を終えた全員が声を合わせる。
販売とカフェ、或いは後の交代要員として一部の部員は教室を出ていった。
ちなみに日和は前半にカフェ、波音は中盤に販売を担当することになっている。
「じゃあ日和、しっかり楽しみなさいよ?あいつ後半に屋台担当らしいから、先に連れてきてあげるわ」
「べっ!別に無理しなくていいですから…っ!」
にこりと笑う波音に日和はたじたじになって返事をする。
波音の言うあいつとは言わずもがな、正也の事だろう。
「えっ、何?日和さんってば恋?……あー、そっか、そうだよね。そっかぁーーー」
日和と同じく前半を担当する部長がにやにやと日和に笑いかける。
誰もがするその表情を日和はついに覚えた。
「かっ、からかわないで下さいっ!」
むっ、と恥ずかしくなっていると波音は「じゃ、後でね」と別れ、室内に残った全員も持ち場へと移動していく。
料理、飲み物、すぐに動ける準備をしているとタイミングよく校内放送が流れた。
朝の挨拶と校長の挨拶、開会宣言、注意事項が流れて、アナウンスは最後の言葉をかける。
「それでは第38回篠崎高校文化祭スタートです!」
***
「始まりましたけど…行かないんですか?」
前半に屋台を担当する夏樹は始まっても側にいる俺に顔を覗かせてきた。
「暇だし」
「日和さんって前半ですよね?」
「うん、交代は1時間半後くらいだって」
「じゃあその辺りに行くんですか?」
「うーん…そう、かな…」
そんなにここに居るのが気になるかな。
別にここで時間を潰してのんびり顔を見ればいいかなって思ったけど。
「ぐずぐずしてないでさっさと行っちゃえばいいじゃない」
「いや、邪魔になるし……って、……なんでいるの?」
夏樹との会話に、気づけば波音が混じっていた。
いつの間に。
「あとで紫苑が来るらしいわよ。それから招明が弟達を連れてくるんですって。先日のアレを労うつもりらしいわよ」
「それは沢山おもてなしをしないといけませんね。こっちは兄さんが来たがってたので夢さんと来ると思います」
次から次へと到来予定が舞い込んでくる。
どうやら皆で文化祭に遊びに来るつもりらしい。
弥生の時は波音と夏樹すらも大怪我で大変だったのに、今年は随分と余裕だ。
それはまあ良かったと言える…かな。
波音は参加してたけど。
「お…っ、置野…君…、ちょっと、いいですか?」
話をしていたら女子生徒に話しかけられた。
この人は…んー…確か、同じクラスだった……気がする。
寧ろ何で俺…?
「…んと、何…?」
「あ、の、その…良かったら、今日一緒に回りませんか…?」
「……夏樹じゃなくて?」
まさか自分が誘われるとも思ってなくて、つい失礼な返しをしてしまった。
多分何かの間違いだろう。
女子生徒は焦ったように首を横に振る。
「小鳥遊君じゃないの!お、置野君と…歩いてみたくて…!」
「えっ、やだ、まさか坊っちゃん学校でも人気なんですか?」
「……」
いつの間にか、真横に華月が笑顔で立っていた。
しかも女中服に少しお洒落な帯と羽織。
……紫苑とデート?それより表情が波音より怖い。
「…華月、なんでいるの?」
「やだー、後で紫苑様と来るって私申しましたよぉー?ふふふ、初めまして。正也の姉です。弟がいつもお世話になってますーっ」
まるで溶け込んだように華月が女子生徒に挨拶をしたけど…言葉に少し含みがある気がする。
生徒の方は一歩引いた。
「あっ、えっ、えっと…す、すみません!お、置野君ごめんね、また…!」
寧ろそのまま何処かへ行ってしまった。
……別にいいなら、あんまり気にする必要はないか。
「だめですよ、坊っちゃん。日和様という最高に素敵なお嬢様が居るんですからしっかりお断りして下さい」
「えっ…?いや、そもそも俺、そんな誘われる人間じゃ…――」
「――お、置野が美女を連れて…和装美女…!」
声を遮られて顔を向ける。
とても驚いた顔をして、華月を西辺に見られた。
西辺は色んな女子を気にしてるし色々言われるの嫌だな。
「西辺、この人は…――」
「――初めまして。正也の姉の華月です。いつも弟がお世話になってます」
「あ、姉…!」
「姉じゃないから」
華月の挨拶がまず面倒くさい。なにこれ。
というか華月がいるなら紫苑がいるはずなのに、見当たらない。
「…華月、紫苑は?」
「紫苑様ですかぁ?どうせ入って早々…あ、ほら、あれ」
華月が指差した先を見ると女子生徒にもみくちゃにされる男がいた。
いつものポニーテールではなく横にまとめて降ろしていて、服も軽い着流しだけど十分に目立つ。
そのせいなのか、それとも元々女性を引き寄せる体質なのか、すごく囲まれてる。
「いや、助けてあげよう?」
「私は早く可愛らしい日和様にお会いしたいです」
「……」
おい、アレが主の従者じゃないのか。
ひとまずポケットに入れていた地図に丸印をして紫苑の元へ向かう。
「…はい、これ」
「うおー…正也、華月知らない?真っ先にはぐれたんだけど。これは?」
「地図。日和のいる場所にサインしといた。華月なら真っ先にこっちきたよ」
「あんがとー。…あの、ちょっと、どいて――」
「――あの、良かったらうちに…」「こっちのクラスにも…!」「お写真いいですか…!?」
一応助けてるつもりなんだけど、全く意味がなかった。
寧ろこっちの会話も気にせず女子生徒は一箇所しか見ないし会話は一切聞き入れていない。
女子、怖い。
「あー、はいはい、皆さんごめんなさいね。今から妹のところに行きたいので失礼します。ほら紫苑様、行きますよ」
「あー、華月!今までどこに…もうなんか食べてる!いいなぁ!僕もほしい!」
うちの焼きそばを持った華月が紫苑の手を引いて校舎に消えていく。
華月、強いな…。
いや最初から離れないでやってほしい。何してるんだ。
「あんたたち元気すぎでしょ。ほら、私達も一緒に行くわよ!」
「あっ、ええ?」
その背を追うように、俺も波音に引っ張られた。
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さて、私は今調理の係なのですが…教室を覗くと思っていたよりも早く、皆が来ました。
(わあ…何これ、緊張する…っ!)
基本表に出ないので作るだけなんだけど、極度に緊張してしまう。
そもそも一応着替えてもいるのだけど、どうせ調理担当なら着替えなくても良かったのでは?
ああでもそうなると皆が作ってくれた衣装が勿体ない…かな…。
「注文、日和さん特製パンケーキ4人前」
接客担当の部員さんがにんまりと笑って戻ってきた。
「私指定なんですか!?」
「お届けも日和さんです」
「そ、れは別に私じゃなくても…!」
「えー?だって…ねぇ?」
今の時間は自分を含めて5人居るはずなのだが、自分以外の皆がにんまりと笑う。
図られた。
そう言わざるを得ない展開だ。
「あの…お待たせしました。皆さんパンケーキのアイスティーで良かったんですか…?」
トレーに乗せて隣の教室に向かうと、既に波音と正也、紫苑と華月がいる。
ずっと待っていたように正也以外、似た表情をしていた。
「わぁー、メイドさん可愛いねぇ」
「日和さん、とても似合いますぅ!」
主に紫苑と華月からは好評で、衣装担当をしていた波音はふふん、と胸を張っている。
正也と視線が合うと心臓が跳ねて並べ終えたトレーでつい顔を隠してしまった。
「ああああの、ごっ、ごゆっくり、どうぞ…」
「照れた日和様…なんと可愛らしい…!!」
「華月!様は禁止ですっ!」
「あーあ、日和が真っ赤だわ。面白いわね、今からもっと大変なのに」
「パンケーキも美味しいねぇ。今度また作ってよ」
「日和様、あとで沢山お写真撮らせてください!寧ろその服私が買い取りますっ!」
「も、もう…!皆で好き勝手言わないで下さいっ!」
なんだか好き勝手言われまくってる気がする。
恥ずかしさで顔がすごく熱い。
「ごめんねー、日和さん借りるね。忙しくなってきちゃったし日和さんは接客お願いね」
「えっ?」
突然後ろから3年の部員が来たと思ったら本来の仕事である調理担当とは違う仕事を押し付けられた。
なんで?と思ったら違う席には媛芽と美南、別の席には夕貴が妹と一緒にいる。
「あーらら、人気者は大変ね。今が一番の稼ぎ時かしら。ちゃんとついでの販売物を買ってくれるよう、上手にお願いしなきゃね!」
次の交代である波音はにっこりと楽しそうな笑みを溢していた。
中身は聖華なのに、波音ではないのに、つい口に出てしまう。
「むぐぐぐ…波音、酷いですっ!」
正也みたいに静かにいてくれた方がとても助かる。
……いや、でも、そんなにじっと見られるのは困る、かな……。




